第三章 第一話:導くは白き影
陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに
乱れそめにし われならなくに
――彩音家の門をくぐると、広い敷地に静寂だけが満ちていた。
「ようこそお越しくださいました。
神楽坂様、東雲様、葵生様。
先ずは母屋の客間へご案内いたします」
出迎えに来た紫呉はそう言うと、三人を引き連れ母屋へ向かう。
前回は送迎車で来たうえに夕刻だったので気に留めなかったが、
姉達が瞬時に気付いた事に、やっとみことも気が付く。
「こ……これは、誰もいない?人の気配が不自然なくらいしませんわ」
「おいおい!昼間だっつうのに薄気味悪くねぇか?
誰もいねぇみてーだぞ、ここ。夜は完全にオカルトハウスだな~こりゃ」
「あ、あんまり変なこと、言うんじゃないわよ!
そ、それにしても昼間だって言うのに、何か不気味ね……」
「あ?お前、そういうのダメなくちだったか?
ガハハ!少しは可愛げがあんじゃねぇかよ!」
「そ、そんなの全然大丈夫よ!
ここはリンちゃんの家なんでしょ?平気、平気……」
そう言いながら燈の顔は引きつっている。
「おいおい……顔が笑ってねぇぞ。
んなことより、みこと。さっきからボケっとして、大丈夫なのかよ?
怖いんだったら、俺たちだけでもいいんだぜ」
「な!何を仰ってますの!怖いだなんてことあるわけないですわ!
ちょっと考え事をしていただけです。
わたくしのことは、お気になさらないで結構です」
「へいへい…お~こわ」
三人は不自然さを感じながらも母屋に到着し足を踏み入れた。
屋敷に入っても、廊下を歩く足音以外の音が聞こえない。
使用人が行き交う気配もなければ、生活の匂いすら感じられなかった。
まるで、最初から誰も住んでいない屋敷へ迷い込んだかのようだった。
「先ずはお茶をご用意いたしますので、客間にてお待ちくださいませ」
紫呉の案内で客間に通されたものの、
相変わらずの静寂さに、三人の顔は、徐々に引きつり始めた。
「これって……うん!誰も……いないわよね!」
何とか場を温めようとする燈。
「おい、みこと。財閥のお屋敷ってのは、みんなこんな感じなのか?
普通はメイドのニ、三人、そこらへんにいるもんじゃねえのかよ」
「わ、わたくしに聞かれましても……ちょ、ちょっと不自然ですわね」
三人が話し込むより先に、紫呉が段取りよくお茶出しを始めた。
「粗茶でございます。どうぞお召し上がりください」
みことは湯呑に目を向けるも、 気になる事が多すぎて、
紫呉がお茶出しを終えるのを待ちきれず、先に問いかけた。
「紫呉さん……ここは紫呉さんお一人で賄ってらっしゃるんですか?」
「はい。めいあ様、まいあ様にも申しましたが、わたくし一人でございます」
「リン……は、どちらに?」
「この後、ご説明させていただく場所にて待機していただいております」
前回の事もあり、みことは慎重に言葉を選んでいた。
「みことちゃん……」
(リンちゃんの事、本当に大切に想ってるのね)
燈はみことの心配そうな顔を見て、自然と背筋が伸びた。
自分だって何も分かっていない。
それでも、ここに来た以上は話を聞かなければならない。
そんな責任感にも似た感情が、燈の胸に芽生え始めていた。
屋敷の不気味な静けさと、紫呉の存在感で、
場の雰囲気に飲まれそうになっていた燈とみこと。
それを見かねた閃花は舌打ちすると、
重苦しい空気を吹き飛ばすように声を張り上げた。
「ちッ!おらおら!辛気臭ぇのはやめろやぁ~!
よお、ばあさん!この前の件からして、今日は全部話してくれるんだろうな?」
「ちょッ、閃花!失礼じゃないの!ちゃんと名前で呼びなさいったら」
「東雲先輩!無礼が過ぎましてよ!いくら脳筋とは言え許されませんわ!」
「だから、お前は俺のおかんか!
――みこと……お前、良い度胸してんじゃねぇか」
「あら、ごめんあそばせ。先輩に比べたら可愛いものだと思いますけど?」
「かーッ!このなんちゃって悪役令嬢が!今日は穏便にと思ったが、
そっちがその気なら!受けて立ってもいいんだぜ?」
「上等ですわ!誇り高き葵生家の娘として、礼儀を叩き込んで差し上げますわ!」
ヒートアップする二人を横目に、燈は頭を抱え込む。
「あーまた始まったわー(棒)。この二人、とことん相性が悪いのね……」
「燈ッ!!聞いてんのかよ!」
「燈先輩ッ!!!お聞きになりまして?」
三人の喧騒を静かに見守る紫呉は、珍しく顔持ちが穏やかになり、
遠い眼差しで優しく微笑んだ。
「ふふ……お話の途中に失礼します。
大変、仲がよろしいようで、年甲斐もなく少々、感慨に耽ってしまいました。
ご説明を始めてもよろしいでしょうか?」
「ほら!閃花もみことちゃんも、紫呉さんの話をちゃんと聞くわよ!」
二人はお互いに顔を背けたまま、それでも紫呉の言葉に耳を傾ける。
「先ずは先日の件に関しまして、燈様には唐突になってしまったこと、
彩音家当主に代わり、謝罪申し上げます。申し訳ございませんでした」
紫呉は深々と頭を下げた。
「紫呉さん……。もう済んだ事よ。謝罪より納得のいく説明を聞きたいわ」
「ありがとうございます。
単刀直入に申しますと、あの件に関しましては燈様への
“試験”と“試練”になります」
「え?……それって、どういうこと?」
困惑する燈。
顔を背けていた二人も、紫呉の語る言葉にいやが応にも
耳を傾けざるを得なくなった。
「その前に、前提をお話しさせていただきます。
彩音家には、古来より伝わる“伝承”がございます。
当家はその言い伝えを代々“研究”し、“解明”することを使命としてまいりました。
研究を重ねた結果、ある仮説に至っております。
それは、“特異な危機”が近づいたとき、必ず“ある存在”が現れる、というもの。
その存在は“特有の力”を持ち、
やがて“別系統”の“担い手”と共鳴しあうということです。
そして現在、“疑似SDT”による予測演算により、
“適応者”として、燈様のお名前が浮上いたしました。」
「……」
燈は話を聞いていたが、うまく意味がつかめずにいた。
どこかのお伽噺を聞かされている感覚で、とても自分のこととは思えず、
一人だけ時が止まったかのように、茫然としていた。
「“疑似SDT”と仰いまして!?
……ッ、そんな物がなぜ彩音家にあるというのです」
「ん?みことはその~……ジジイえすでぃてぃ?つ~もん知ってんのかよ?」
みことは頭を抱え、震え始めた。
「これだから脳筋は……『ぎじ』えす・でぃ・てぃ、です!
現在、中央政府のメインシステムに採用されている、
“シンギュラリティ・ディメンション・トライアングル”の略ですわ。
疑似……という事は、同等性能のシステムを彩音家が
保有しているという事ですの?」
閃花は、みことの一言多い発言に噛みついている。
「お前はいちいち……」
「何ですの?……」
二人のガヤを気にせず、眉一つ動かさずに冷然とその話題を切り捨てる紫呉。
「そのことに関しましては、機密事項とさせていただきます」
その一言で、みことはぴたりと口を閉ざす。
紫呉に対する“苦手意識”が、確かに芽生え始めていたのだ。
「あの~そういう難しい話はよくわかんないんだけど、
別の担い手?適応者?予測演算?で……何であたしなの?
それに、その“力”を持つ存在って……何なの?」
燈の言葉を遮るように、興奮が抑えきれない様子の閃花が、
目をキラめかせながら割って入ってきた。
「お~お~!何かスゲー話になって来たじゃねぇかよ。
“力”を持ったヤツがいて、別の担い手と共鳴し合う?
それが燈ってか!はッ~~!オカルト臭プンプンすんぜ!」
いつものように茶々を入れてくる閃花へツッコミを返すことすら忘れ、
燈はただただ困惑していた。
「ちょ!ちょっと待ってよ!あたしそんなの知らないし!」
騒がしさが収まりきらぬ中、紫呉は静かに口を開く。。
さっきまでのやり取りが嘘のように、
その声は場の空気を一変させるほどの重さを持っていた。
「燈様。
彩音家において長年続けてまいりました研究の結果、
神楽坂家にも、当家と同様の“隠された伝承”が存在するとの結論に
至っております。
簡潔に申しますと、“源流”を同じくし、
やがて別たれた“文”と“武”――“文”は彩音家へ、
“武”は神楽坂家へと受け継がれている。
という構図でございます。」
追い打ちをかける紫呉の言葉に、燈はさらに混乱する。
「はッ!?……な、何を言ってるのか、よくわかんないんですけど……」
あまりに突拍子もない話だった。
神楽坂家に彩音家とつながる伝承がある?
自分の知る日常と、紫呉の語る話がまるで結びつかない。
動揺するものの、頭の中で高速で駆け巡る思考。
それを遮るように、閃花が再び茶々を入れ始める。
「あ~あれだなぁ~、お前とリンは実は親戚だったってことか?」
「東雲先輩……発言されると混乱するので、しばらく黙っていてくださいます?」
「んだとッ!てめぇ……いい加減、俺も……」
「二人ともちょっと黙ってッ!!!」
気迫のこもった燈の制止に、閃花もみことも言葉を呑み込み、沈黙してしまう。
「紫呉さん……その話、本当なの?あたし、
父さんやお婆ちゃんから何も聞いてないんだけど」
「混乱してしまうのも無理ないかと。
彩音家におきましても、その解析が飛躍的に進んだのは三年前からでございますので」
「!?……三年前というと、量子コンピューターシステムから、
“SDT”に切り替わった時期ですわ。それにより飛躍的に検証が進みましたのね?」
「はい。みこと様の仰る通りでございます。
しかし、“立証”という面において、いささか確証には至っておりませんでした。
“白い影”の導きがあるまでは……」
その言葉を聞いた瞬間、燈の身体がびくりと震えた。
背筋に冷たいものが走り、全身に鳥肌が立つ。
まるで、ずっと忘れていた記憶の底に触れられたような感覚。
脳の奥が、じんわりと揺さぶられていた。
「なッ!!!!……ぇ?」――震えが止まらない燈。
(知ってる!?……でもあれは“夢の中”だったはず!)
――燈の心がざわつく。
「おい!燈ッ!」
「燈先輩!大丈夫ですの?」
紫呉は表情ひとつ変えず、冷静に話を続けた。
「おそらく、燈様もご存じではないのでしょうか?」
「……うん。知ってる……気がする。名前とかは知らないけど」
――そのときだった。
どこからともなく、何者かの“声”が響いた。
「その“存在”の名前は……《陵》って言うのよ」
その名は……誰のものともわからないのに、
なぜか“やさしく”まっすぐに燈の中へと届いた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
現実離れした話に、思考が追い付かない燈。
白き影――とは一体なんなのか?
次回――「黒の守手」
毎週火曜日:19時に投稿中。




