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百ニャン一首 ―まこと継ぎし猫たち―  作者: くろのぼっち


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第二章 第十一話:待ち受けるは、残響の門

――国防隊独立特殊機動部:麻布機密駐屯地


「大佐、東雲殿がお見えになっておりますが、いかがいたしましょうか」


「!?……。やれやれ、私の足取りは国家機密級なんだがねぇ。

ははは!まだ衰えてはいないみたいだね……。丁重にお通ししたまえ」


「Yes Sir!」


しばらくすると、下士官と共に東雲京花が案内されてきた。


「ご無沙汰しております……南条大佐。

いきなり押し掛けることになり申し訳ございません。

先日は危ない橋にもかかわらず、ご協力いただきありがとうございました」


国防隊独立特殊機動部:首都方面第3・第4群連隊長:南条栄騎 大佐


「こうやって実際に会って話をするのは……四年ぶりになるかな。

まったく……相変わらずのキレ具合だね、東雲元少佐。どうぞ、掛けたまえ」


「失礼いたします」


「ああ、君は下がっていいよ」


南条が指示をすると、同行してきた下士官は部屋を退室した。


『国防隊独立特殊機動部』

主に国内において、特殊な類の治安維持活動における実働部隊である。

特に対テロ、対スパイ活動への実力行使は、

「独立」の名の通り、鎮圧・制圧における現場裁量が大きく認められており、

設立以来、国内有数の制圧実績を積み重ねてきた。


これに連動する組織として、国防隊独立諜報機動部も存在する。

法律上は、あくまで対テロ、対スパイに対してのみであり、

諜報機動部:略して“諜機”が情報を収集、精査等行い、

特殊機動部:略して“特機”が実力行使を行う体系になっている。


南条は椅子に深く腰を預け、目の前の京花へ静かに視線を向けた。

かつて同じ任務に身を置いていた頃の空気が、わずかに二人の間をよぎる。


「懐かしいねぇ……我々と袂を分かつことになったとは言え、

君は君で、毅旺君というゼネコン業界の傑物と一緒になり、

民間側から彼と、彼を慕う者たちと一緒に、

関東方面の裏社会勢力の一掃を本当に成し遂げてしまうとは……。

諜機の連中も真っ青だよ。ははは!

まっ、彼だけであれば公安の観察対象になりかねないが、

君がいるからね、私としては何にも心配してないよ」


「お恥ずかしい限りです。大佐もお変わりないようで何よりです」


「それで?君ほどの人物が“アポなし”で訪ねて来たんだ。

何か……相当な厄介事なのかな?」


京花は一瞬だけ目を閉じ、静かに覚悟を決めるように息を整えた。


「恐縮です……実は、“紫呉閣下”の所在が判明しました」


「なッ!!!……」


穏やかであった南条の表情は、一瞬で引き締まる。

……しばし黙り込み、何かを思い当たったように目を細めた。


「最近、諜機の動きがどうにも妙でね。

どうやら五大財閥に目をつけているらしいんだが、関係あるのかな?」


「ご推測の通りです。

閣下は現在、五大財閥の一つ、彩音家にて執事を務めております」


紫呉の名に続き、“彩音家”という言葉が出た瞬間、

南条の表情から、わずかに残っていた余裕すら消えた。


「ッ!!!!……東雲君、これは……偶然なのか?いや!違うだろうな……。

十五年前の悪夢……。

まさか!?本当の意味での“落とし前”でもつけるつもりなのか?」


「現時点では何とも……。

先日、私の娘に接触したとのことで発覚しましたが、それ以外は何も」


「彩音家……よりにもよって、そこか」


南条の眉間に深く皺が寄った。

十五年前のあの日――硝煙の匂いと、負傷者の名を呼ぶ声が、

今も耳の奥に残っている。

隊の崩壊、仲間の死、前代未聞の決断……。

あの悪夢のような作戦の記憶が、瞬時に脳裏を駆け巡る。

そして今また、あの因縁の場所に紫呉が姿を現し、

同時に“諜機”が五大財閥に照準を合わせている……。


「東雲君……、ご存じの通り独立を謳ってはいるが、

こちらから諜機への介入はできない。

それどころか、あちらの出方次第では、うちの部隊投入もありえる。

そんなことになってみろ!十五年前の再現になってしまう!

それだけは絶対に避けなければならない!」


南条の声には、怒りだけではなく、明らかな焦りが滲んでいた。

十五年前の悪夢を知る者として、その再現だけは看過できない。

と、その時、専用ディスプレイに呼び出しコールが入る。


「私だ、何か」


「大佐、豊神副司令が到着いたしました」


「了解した。直ぐに行く」


南条は直ちに身支度を整え始めた。


「東雲君、すまない……こちらでもできる限りの働きかけはしておこう。

君にも頼る事になると思うが、その時は任せても良いだろうか?」


「今日来たのはその為でもありますので、日頃のご恩を返させていただきます」


「うむ。公にはできないので心苦しいが……

そうだ、今後は白井大尉と連携してくれたまえ。

彼なら信用できる人物だ。では、よろしく頼んだよ」


京花は静かに一礼し、部屋を後にした。

十五年前の因縁が、再び動き始めている。

その気配だけが、胸の奥に重く残っていた。


――翌日、東雲建設、専務室にて


『ドン、ドン!!』


ノックのつもりなのだろう。

しかし、扉を叩く音は控えめとは程遠かった。


「おふくろ、入るぜ」


「……来たわね閃花。そこに掛けなさい」


「夏休みはまだ先だぜ?何の用だよ」


閃花は椅子に腰を下ろしながら眉をひそめた。


「閃花……先日の“紫呉”という人物に会った時の状況を詳細に話しなさい」


「はぁ?な、何だよ藪から棒に。

俺“ごとき”には関係ねぇ~話じゃなかったのかよ」


京花は片手で眼鏡を掛け直すと、閃花を静かに睨みつけた。

その瞬間、ただならぬ気配が部屋に漂い始める。


「だぁーッ!!わかったから威圧すんじゃねぇ!たくッしゃぁねぇなぁ……」


閃花はあの日、起きたことをあるがまま京花に話した。

紫呉の名、不可解な結界、霧のような獣。

そのどれにも京花は表情を崩さなかった。

しかし、先日の態度とは全く違い、

今の京花は、閃花の話を一字一句漏らすまいとするかのように聞き入っていた。

その緊迫した様子に、閃花の野生の勘が、ただ事ではないと訴えかけてくる。


「それで……あなたたちは明日、

説明を受けに彩音家に呼ばれているということね」


「ああ……そうだよ。な、何かそんなにやばいのか?何か知ってんのかよ?」


京花はしばらく考え込み、口を開いた。


「閃花、明日、彩音家で起きた事、受けた説明、全て詳細に報告しなさい。

ない頭を振り絞って、可能な限り記憶してきなさい。いいわね!」


「お、おう……ない頭は余計だっつうの!」


予想外の京花の焦りに、先日までの母に対するわだかまりは自然と消え、

仁義に厚い閃花らしく、体の奥底から再び闘志がみなぎってくるのを感じていた。


「ま、任せときな!俺も彩音家ともあろうもんが、燈に絡んできたことに、

少々納得がいってね~からよ。

徹底的にやってやんよ!……で、夏休みの件だが~」


「それはそれです。変更ありません!」


「なぁーーーッ!!!マジ、か……」


――彩音家訪問の当日


やさしい朝の光が、神楽坂家の中庭に差し込み、露に反射し輝いている。

屋敷の縁側に、燈は静かに腰掛けていた。

手には愛用の木刀。

無言で磨くその所作に、迷いはない。

すると、背後からほのかに茶の香りが漂った。


「……ありがとう、父さん」


振り返らなくても、そこにいるのが誰かは分かる。

定宗は一言も発さず、お茶を置くと静かに立ち去っていった。


――風が頬をそっと撫でた。


「……風が、変わったかもね」


それは誰に向けたでもない独り言だった。

“奥伝の道”という言葉が、ふと胸をよぎる。

心は白く、深く。

あの瞬間、自分の中に確実に何かが生まれた。

燈はそっと息を吸い込み、木刀の柄を握り直した。

その視線は、庭の彼方──まだ見ぬ“境地”へ向いていた。


「さて!行くとしますか!」


――彩音家、正門前


「……な、何ですの?この大きな穴は……」


一足先に到着していたみことであったが、

正門の悲惨な状況を前に、これから何が起きるのか不安に駆られていた。

しかし、その破壊の痕には、どこか見覚えがあった。


「はっ!この斬痕は……まさか!姉様?」


みことには確信があった。

中学二年生の頃、自宅の蔵に宝探し感覚で潜入し、

時間を忘れて探索していたところ、

みことが閉じ込められたと勘違いした姉二人は、

今回と同じように、二人の薙刀術で、蔵の扉を破壊した。

その時の斬痕が、みことの脳裏に強烈に焼き付いていたのだ。

その後、姉二人はお仕置きとして、一晩、蔵の中で反省させられていたが……。


「爺!あなた、何かご存じではなくて?」


爺は当たり前だが知っている。その場にいたのだから……。


「あいやっ!……こ、これはこれは、み、見事な大穴でございますなぁ……

どこぞの達人クラスの仕業に違いありません!」


分かりやすく目が泳いでいる爺。


「……はぁ……爺、このわたくしがその程度の妄言に、

騙されるとでも思いまして?

まったく!姉様たちときたら!わたくしに黙って勝手なことを!!!

……でも、らしいですわね。

いつもそう、わたくしの知らない所で必ず守ってくださる。

ずるいですわ……」


「あっちゃ~!何だこれ!ひっでぇ~なぁおい!」


次に到着したのは閃花であった。


「あら?ごきげんよう東雲先輩。お時間にはシビアでいらっしゃるのね」


「お前……一言多いな。今日はお前と絡んでる暇はねぇからな。

こちとら気合十分入れてんだ!っと!あれ?何だ燈はまだかよ」


「ごめ~ん!待った?みんな早いね~」


道着姿で颯爽と現れる燈の姿に、心なしか二人は、深い安心感を覚えていた。


「ごきげんよう。燈先輩」


「おう!来た来た!こっちだぜ!」


「あっちゃ~!何よこれ!何でこんな大穴、開いてんの?」


しばらく三人で話していると、正門の中から紫呉がこちらへ向かってきた。

軽口を交わしていても、三人とも理解している。

今日ここへ来た理由は、ただの謝罪や説明では済まないということを。


「おはようございます。

本日はわざわざお越しいただきありがとうございます。

先日申しました通り、屋敷内にてご説明させていただきますので、

どうぞお入りください」


三人の表情が引き締まる。

紫呉は静かに一礼し、重々しい門の向こう――

屋敷の奥へと三人を招き入れた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


いざ、彩音家へ。


次回、第三章――「導くは白き影」


毎週火曜日:19時に投稿中。

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