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百ニャン一首 ―まこと継ぎし猫たち―  作者: くろのぼっち


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第二章 第十話:己が真なる儘なるべし

――彩音家へ訪問の二日前。

定宗と燈は神楽坂家本家の門前に立っていた。


燈はあの不思議な事件の後、父には大まかな話をしたが、

本人が思っている以上に、心の揺れは意識と乖離しており、

燈の太刀筋を狂わせていた。

それを見抜いた定宗は、急遽予定を繰り上げ本家に出向くことにした。


「燈姉さま!」


出迎えてくれたのは神楽坂ひろみ、燈の従妹である。

妹の詩織同様、ひろみも燈に対し“強い”憧れを持っており、

歳も十一歳と妹世代と変わらず、実の姉妹のように接している。


「ひろみちゃん!久しぶり!お正月以来ね!元気だった?」


燈が挨拶するや否や、ひろみは一目散に近寄り、

燈の両手を持ち上げ、自分の頬に当ててきた。


「姉さま!お久しぶりです!

あぁ……忘れもしないこの感触と麗しい香り……私の姉さまだわ!」


相変わらずの拗らせ具合にドン引きする燈だが、

何時もの如く、サラリと受け流す。


「はいはい……わかったわかった。

今日は稽古に来たんだから、そういうのはなしね」


「はい!もちろん聞いてますよ。でもちょっとだけなら……」


「ひろみ様ッ!!!当主様がお待ちですので、お戯れはその辺で……」


傍にいた女中頭が、見かねた様子でひろみを叱りつける。


「もう!なかなか会えないんだし、ちょっとぐらいいいじゃない!」


「うッわぁ~……相変わらずヨネさんの気迫はすごいわぁ~」


しぶしぶ燈の手を放すひろみ。


「定宗様、燈様、ご無沙汰しております。どうぞ、中へお入りくださいませ」


――神楽坂家本家の屋敷は派手さこそないが、

長く受け継がれてきた家の重みが、柱や廊下の隅々にまで静かに染み込んでいる。


客室へ通されると、そこには神楽坂家本家、第四十三代当主:神楽坂沙千江の姿があった。

当主の前に正座し、挨拶する二人。


「母上……ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです」


「お久しぶりです、おばあちゃん。今日はよろしくお願いします」


優しく微笑む沙千江。


「定宗、燈、元気そうで何よりです。

正月以来だけど、燈はまた少し大きくなったかしら?

なんでも今日は燈の事で相談があると聞きましたが?」


「はい……その事ですが、燈に“奥伝の道”を開かせたく、

つきましては、当主様にご許可とご裁可を賜るべく、参りました」


定宗の“その一言”で、客間の空気は一変した。

燈は全身に鳥肌がたち、あまりの想定外な出来事に混乱してしまう。


「えッ!?……と、父さん?どういうこと?

そんな大事なこと、何で黙ってたのよ。あたしにだって心の準備が……」


「甘えるな、燈。

お前は腕は立つが、弱点はその弱い心だ。

ま、年相応ではあるが、早いに越したことはない。

それに……これは当主様から説明いただいた方がよかろう」


定宗はそう言うと、沙千江へ頭を下げた。


「ふぅ……定宗、相変わらずですね。

燈、勘違いしてはいけません。

神楽坂一真流においてはまず、“奥伝の道”を開く事。

即ち、その資格があるかどうかを判断します。


その先には“奥伝”そして……

秘中の秘――『極伝』へと至らしむ。

しかし、未だ『極伝』へ至った者はおりません。

今日はその“資格”があるかどうか、判断させてもらいます」


当主の眼差しは、優しさの中に凛とした厳しいものがあり、

受け継がれてきたものの“重み”を感じさせるには十分であった。


燈は震えていた……

ただの出稽古だと、油断していた未熟さに加え、

いきなり目の前に現れた“頂”へ至る扉に対する焦り。

様々な感情が脳裏を駆け巡り、平常心を保つことが難しかった。

しかし、こうなった以上、既に言葉は無意味なことも理解している。


(そもそも、あたしが父さんに“心の隙”を見透かされていたという、

自身の弱さから来たこと。 

無心……無心になるんだ。

そう……あの時、敵に囲まれながらも、

刀を持つことで、体の内側から冷静さを取り戻していった時のように)


沙千江は手を叩き、ヨネを呼んだ。


「“奥伝への儀”を執り行います。ひろみを此処に。

さあ、燈も着替えて準備なさい」


――風に揺れる木々の葉音だけが、かすかに耳へ届く。

慣れ親しんだ本家の中庭であるはずなのに、

今日だけはまるで別の場所のように感じられた。


道着に着替えた燈とひろみが居合刀を携え、

当主と定宗に向かい正座している。

沙千江が口を開いた。


「これより神楽坂一真流、奥伝への儀を執り行います。

先ずは中伝、神楽坂燈。初段、神楽坂ひろみ。

両名にて神楽坂一真流、十二の型を披露せよ」


「はいッ」

「はいッ!」


神楽坂一真流:十二の型


睦の型 :見切り優先の霞中段

如月の型:虚を誘う突き技

弥生の型:あらゆる状況に対応する上段八相

卯の型 :相手の先を封じる下段構え

皐の型 :白光の居合

水無の型:気合わせ、後の先特化

文の型 :器量察知、陽の構え

葉の型 :受け身受け流し特化

長の型 :二手目以降の攻勢

神無の型:鍔迫り合い誘導技

霜の型 :軌道を察知させない隠剣の構え

師走の型:移動の所作から放たれる一閃


「やめ!……次に立ち合いを行います。

木刀に変え、二人、相対し構え!……始め!」


先に動いたのは、ひろみだった。

小柄な身体が静かに滑り込み、燈の間合いへと入ってくる。

通常、相手の間合いに易々と入り込むことは、即、“死”を意味する。

中伝の技量を持つ燈であればなおさらだ。


しかし、ひろみは“葉の型”を得意としており、

相手の攻撃を受け流すことには光るものを持っていた。

間合いに入るや否や、燈の“虚”を掻い潜り、

接近戦に持ち込む――それが狙いだった。


ひろみの思惑を察知した燈は、一度大きく後ろへ退き、

一呼吸おいて体勢を整える。


ひろみとの立ち合いは、幼いころから何度も行っていた。

得意とする型、軌道の癖、踏み込みの癖……

今まではすべてを見切った上での指導的な手合いだった。


だが、今回は意味合いも、その重みもまったく違う。


今の燈には余裕などまったくない。

認めさせる……などという邪念の如き、承認欲求すら湧いてこない。

あくまで無心……。


再び、ひろみが燈の間合いを潰さんと、

迫りくる気配を察知したと同時だった……


心は白く……深く、奥底にしまっていたものへ触れる感覚……。


――今、この刹那

おのが真なる儘なるべし”


《さあ、解き放ちなさい!!》


声とも、記憶ともつかぬ“何か”が、胸の奥に響いた。


「皐の型!――白閃びゃくせん!!!」


――「それまでッ!!!」


沙千江の声が響き渡り、我に返る燈。

ひろみは、葉の型を得意としていたことが功を奏し、

後方へ吹き飛ばされていたが、何とか一刀をいなすことができ、

受け身も取ることができたので、事なきを得ていた。


しかし、斬撃を受けた木刀は真っ二つに割れており、

体の何処かに直撃していたら、間違いなく大怪我を負っていた。


「ひろみちゃんッ!!!大丈夫!」


無意識であったとは言え、ここまで自身の技を解放したことがなかった燈は、

ひろみの状況に動揺してしまう。


「……さ、流石です。これが……燈姉さまの本気……『血脈』ですか……。

次元が違いますね……ますます魅入ってしまうじゃないですか♪」


そう言い放ってしまうひろみも……ある意味、天才である。

これが実の妹の詩織であったならば……

考えるに恐ろしい結果になっていたに違いない。


「二人とも!!!所作を忘れるな!!立ち合いに対し、礼を尽くせ!」


厳しい定宗の怒号が飛び、二人は急くように元の位置に戻り、

お互いと、立会人に礼を行う。

一間おいて、沙千江は神妙な面持ちで口を開いた。


「定宗、判断は任せてもらいますが良いですね?」


「はい、異存はありません」


「ありがとう……。二人とも、ご苦労様でした。

ひろみは日々の研鑽がよく現れていましたね。

貴女がいてくれて本当に助かりました。


そして……燈。

ひろみの天性の“葉の型”を打ち破るとは天晴です。

よってここに、神楽坂家本家、第四十三代当主:神楽坂沙千江の名において、

“奥伝の道”資格者として認めます。


……ただし、技は洗練されていますが、魂の在りようが不十分であると感じます。

まだ十六歳で多感な時期であるとはいえ、武の道に甘えは許されません。

資格者として、より一層の精進をしなければなりませんよ」


「はいッ!ありがとうございました。」


それは到達ではなく、

ようやく入口に立つことを許されたという意味でしかなかったが、

燈は夢見心地であった。

本家への出稽古のつもりが、まさかの“奥伝の道”へ踏み入る資格を得たこと。

生まれて初めての、無意識ではあったが現状での全身全霊による一刀。

ついこの前の出来事……彩音家による不可思議な戦闘のことなど、

一気に吹き飛ぶほどの達成感に浸っていた。


そして、燈とひろみは興奮冷めやらぬまま、

再び、稽古に打ち込み始めた。

そんな二人の姿を嬉しそうに眺める沙千江。


しかしその眼差しは、目の前の二人ではなく、

どこか遠い過去へ向けられているようでもあった。


定真ていま……あの子が亡くなって、もう十五年が経ちました。

そろそろ考えてもらえないかしら」


「……そうですね。ただ、もうしばらくはうちの三人の面倒を見てやりたいと、

親バカで恥ずかしい限りですが」


「ふふ……気持ちはよくわかります。特に今の燈には、貴方が必要です。

気づいているのでしょう?……あれだけの才、

『血脈』が誰よりも濃く出ていることを」


「はは……まぁ、そうなんでしょうな。

しかしまだまだ未熟。兄上に比べれば足元にも及ばない……

まっ、自分も、でありますが」


「あなたはあなた、燈は燈ですよ。そして……定真は定真……でした」


――やがて夕暮れに近づき、定宗と燈は本家を後にした。

帰り際……


「ねえ父さん、最後の一刀だけど、あたし確かに無心だったの。

でもね……誰かの声が聞こえた気がして。

『解き放ちなさい』って……何か~変な話よね!気にしないで!」


「……燈。浮かれるなよ、お前の一刀などまだまだ未熟だ。

精進あるのみ……忘れるなよ」


「わ!わかってるってばぁー!もう。浸るのは今日だけにしとくわ」


「……それでいい」


――神楽坂家本家

日も暮れ、中庭にたった一人、佇む沙千江の姿があった。


「兵どもが夢の跡……

やはりちゃんといらしてたんですね。首尾はいかがでしたか?」


《あなたの答えと同じです。

素質は十分、ですがあれでは赤ん坊と変わりません。

定真……惜しい限りです》


「あらまぁ、白銀殿に名指しでお褒め頂けるなんて、

あの子もきっと喜んでくれていますね。

母としても、こんなにうれしいことはありません」


《事は急ぎ、既に気配も感じています。

荒療治になりますが、今は“あの子”に託すとしましょう》


そう言い残すと、白い影は闇夜に溶けるように、音もなく消えていった。


「定宗、ちゃんと燈を導くのですよ。

燈……あの子の分まで……どうか頼みます」

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


定宗の導きにより、揺らぎを払拭する燈。

それぞれの想いを胸に、彩音家へと向かう。


次回、第二章終話――「待ち受けるは、残響の門」


毎週火曜日:19時に投稿中。

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