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百ニャン一首 ―まこと継ぎし猫たち―  作者: くろのぼっち


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第二章 第九話:受け止める器

――一夜明けた早朝、葵生家


まだ薄暗く、うすら寒い空気の中、

一人、黙々と弓を射ち続けるみことの姿があった。

習い事以外で、弓を引くことはなかったが、

入学当初からの、己の心の揺れに疑問が湧き上がり、

邪念を消し去る思いを込めながら、一矢を放っていった。


(立て続けに起きる、リンをめぐっての不可思議な出来事。

それに対し、彼女は至って冷静ですわ。

なのに、まるで……わたくしだけが心を揺さぶられているかのよう……。


いけないッ!!みこと!!……まい姉様に言われたばかりではありませんか。

わたくしは誇り高い葵生家の娘として、

この程度のことで、心に波風を立てるわけにはまいりませんわ!


――冷静に、一矢、一矢、……的を射抜いてまいりますわ)


早朝から、一心に矢を放つみことの様子を、陰から姉二人が見守り続けていた。


「……ねえ、まいちゃん?めいちゃん、もう一度彩音家に行こうかしら?」


「おやめなさいな、めい。

みこも今は辛いでしょうが、自身で乗り越え、答えを出さなくてはなりません。

わたくしたちはあくまで、見守ることに徹するのみですわ」


「え~ん……そう言いますけど~。あんなみ~ちゃん見てられない~」


「あーもう!みこはわたくしが見ていますから、めいはあっち行ってなさいな!」


「ぶぅ~、独り占めはだめなの~。

これが終わったら、み~ちゃんと朝食にするんですからね~」


「朝食はわたくしとです。だいたい、めいはダイエットとかぬかして、

ほとんど食べないでしょ?」


「あ~ん……まいちゃんがお姉ちゃんをいじるよ~」


みことはそんな姉二人の気持ちなどつゆ知らず、

ただ一矢、また一矢と、静寂の中で放ち続けていた。


昨晩――東雲家の会社にて


「お嬢ッ!!おかえりなさいましッ!!

会社にお顔をお出しになるなんて珍しいですね」


閃花は思うところがあり、

それを確かめるため、“ある人物”に会いに実家の会社へと顔を出した。


「おいヤス……」


「へいッ!何でやしょう?」


「“おふくろ”は今、何処にいる?」


ヤスはいつもの雰囲気と違う閃花の様子に戸惑いを隠せない。


「へ、へぇ……現在、事業推進部の若いもんを集め、

修練場にて面倒を見ているところでございやす……お嬢?」


「……おう!わりぃ。わかった、そっち顔出すわ」


心配そうに閃花を見つめるヤス。


「あ……あの……お嬢!何かあったんでしたら、このヤス!

及ばずながらではありやすが、身命を賭して助太刀させていただきたく!

社員全員!同じ気持ちでおりますんで!お忘れなきよう!」


閃花はしばし沈黙した後、ふっと表情を緩めた。


「あぁ?……ふッ、わりぃ~……ちょいとしけた面してたかよ?

何もねぇ~から心配すんな。気持ちだけありがたく受け取っておくぜ」


そう言うと閃花は、会社の地下にある修練場に向かった。


――テニスコート四面分はあろうかという広さの地下施設に、

事業推進部に配属された新入社員約二十人を相手に、

東雲京花専務、自らが指揮を執り、

体力増強を目的としたカリキュラムを実施していた。


「そこーッ!腑抜けているなら“幹部ヒモ付き”に回すぞ!

現場は体力こそが正義だ!!!甘ったれた学生気分から脱却しろ!」


――ちなみに、“幹部ヒモ付き”とは、

毅旺社長を“崇める”側近幹部の世話係である。

幹部組織は精鋭中の精鋭集団であり、その意識の高さは、

人外集団と名高い国防隊の第一空挺団にも引けを取らないと噂されるほどである。

幹部一人一人が修羅の如く狂人、もとい……強靭じみた人材であることからも、

……地獄のような配属先である。


京花の怒声がこだます中、閃花は悠々と修練場の中へ入り込み、

周りをキョロキョロ見渡す。


「おッ!やってんなぁ~、しかしまぁうちの会社も物好きが集まりやがるよなぁ。

え~と……おう!おふくろ!ちょっと話があんだ!いいか?」


新入社員は閃花の大声に反応し、一同動きを止めてしまう。

全体を見下ろせる壇上には、京花が腕組みをして仁王立ちしており、

遠目から見ても、閃花の振る舞いにいら立ちを隠せずにいる様子がうかがえた。


「……まったくあの子ときたら。――全員ッ!!三分休憩!!その場で待機!」


張り詰めた雰囲気にもお構いなしに、閃花は京花のもとへ向かう。


「おう、おふくろ!わりぃな!ちょっと話があんだよ、時間いいか?」


舐め切った閃花の発言に、黙り込む京花であったが、

逆にその沈黙が、圧倒的な気配を際立たせてしまい、

その場にいた新入社員たちは固唾を飲んで見守っていた。


(あ……あれが専務のお嬢さんか)

(だ、大丈夫なのか?あ、あれ……)

(な、何か……専務やばいぞ……いや、お嬢さんの方か?)


――今にもブチ切れそうになるのを、京花はグッとこらえた。


「閃花……会社で私に用事の時は、アポ取りしなさいと言ったはずでは?

……あなた最近、学園に合格したことに付け込んで、たるんでるんじゃないの?」


京花は壇上から下り、一歩ずつゆっくりと閃花に歩み寄り、

今にもねじ伏せんばかりの凄まじい気迫を放つ。


「ま、待て待てって、時間!話す時間くれよ!」


たじろぐ閃花を前に、呆れた様子で京花はひとつため息をつく。


「ふぅ……三十分後、専務室に来なさい。以上。

休憩終了!!!再開するので各班、再度所定の位置につけ!」


閃花は不満げに頭をかきながらも、京花の言葉に従うしかなかった。

周囲の新入社員たちは、明らかに事情を聞きたそうにしていたが、

京花の怒気を前に、誰一人として口を開く者はいなかった。


――三十分後、専務室にて


「入るぜぇ~おふくろ~」


閃花はノックもせずドアを開け、ズカズカと我が物顔で部屋に入ってきた。

それを良しとしない京花は、静かに……そして冷徹に閃花の顔を睨みつける。


「……閃花、あなた本当に毅旺さんに甘やかされ過ぎたわね。

ドアをノックしないで入ってくるわ、アポ取りもせずに会社に来るわ。

まぁ、そういう私も仕事にかまけて、

あなたの躾をしきれていなかったことも反省しています。


――よって!夏休み、私が一般社会における礼儀というものを、

骨の髄まで叩き込んであげるから覚悟しときなさい」


「ちょッ!ま、待てって!何でそうなるんだよ!

今日はちゃんと話があって来たんだって!」


「でッ!!!あるならば、なおさらのこと。

家族と言えど、会社の中で私の立場は専務取締役です。

周りの士気への影響もあります。この際、徹底的に……」


「おふくろッーー!!!……ちょっと待てや……話があるって言ったろ……」


閃花はうつむきながら京花に怒鳴り、

頼むから聞いてくれと言わんばかりに、めずらしく真面目に訴えかけた。


「……いいでしょう。話してみなさい」


いつもと雰囲気が違う閃花の様子を感じ取る京花。

普段なら勢い任せに言葉を吐き出す閃花が、

この時ばかりは言葉を選ぶように間を取り、らしくもなく慎重に口を開いた。


「ついさっきのことだ。学園である人物と会ったんだ。

尋常ならざる気迫、その存在感……俺はその気配を知ってる。

あぁそうさ、ガキの頃から嫌と言う程に思い知らされ続けてきた存在……。

……あんただよ!!!おふくろッ!!!」


確信と苛立ちが入り混じった視線で京花を睨みつけ、

閃花は握りしめた拳を震わせた。


「……そいつの名前は『紫呉』……五大財閥の一つ、彩音家の執事だそうだ。

間違いねぇ……先の先、後の先……拳、蹴り、どんな技を繰り出そうが、

何を想像しても、届く気なんぞ微塵もしねぇくらいの『強者』。

あんたのヤバさを一番知ってるこの俺が、

“同じ匂い”のするやつを見間違うはずがねぇんだよ!

あいつのこと、知ってんだろ?いったい何もんなんだよ、あいつは!」


閃花が本心を、母親に向かって吐き出したのは、

生まれて初めてかもしれない。


京花は閃花が発した“その名前”を聞いた瞬間、

わずかに反応してしまい、一瞬だけ、悲しげに視線を外した。


(そう、“そうだった”の……)


しかし、その揺らぎをすぐさま押し隠し、

意外なほどあっさりと、閃花へ言葉を返した。


「今のあなたが考えても仕方ないこと、

悔しいと思うのなら自らの高みを目指し、鍛錬に励みなさい。

閃花……あなたは自分が思っているほど、強くはないわ。

私から言わせればただの駄々っ子……井の中の蛙。

上には上がいるわ……世界を知りなさい。強き者ほど謙虚でなくてはなりません」


心の中で認めたくない“逃げていた”現実を、

一刀両断、見事なほどバッサリ切られた閃花であったが、

不思議とあまり悔しさは感じていなかった。


それほどまでに京花という存在は、

閃花にとって遠く、超えられない壁であった。


「……はッ、ははは!んなこと、改めて言われなくてもわかってるッつ~の。

ただまぁ……その答えぶりじゃ、知ってんだな?あいつのことを」


閃花の冷静な切り返しは、京花にとって少々予想外であった。

ある程度“キレ”させてからの、完膚なきまでに叩き落とす。

それが京花の狙いであった。


「あら?……随分と冷静じゃないの。

答えは同じ。今の“雑魚のごとき”あなたには関係のない話です。

話は以上かしら?ないならもう帰りなさい」


追い打ちをかけてきた京花の言葉に、さすがにこみあげてくるものがあり、

閃花は歯を食いしばり、拳を握りしめ——それで精一杯であった。


「アドバイス……ありがとよ。……じゃ」


閃花はただ、悔しさを滲ませながら退室するしかなく、

己の不甲斐なさを、沸き上がる激情で無理やりねじ伏せる。


「このまま……このまま何もしないで終わらせてたまるかよ……」


閃花は振り返らず、ただ前だけを見て歩き続けた。


――扉が閉まる音が、専務室に静かに残る。

しばらくして、京花はひとり立ち上がり、

窓の外を眺め、何ともやりきれない表情を浮かべた。

手は震え、顔はこわばり、目頭がうっすら湿り出す。


「そう……そうだったんですか。……“准将”。

おそらくは……あまりこの手の手法は好きではないけど、

探りを入れてみようかしら」


京花は目を閉じ、静かに拳を握りしめた。

止まっていた時間を、もう一度動かすために。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


冷静に自分と向き合おうとするみこと。

這い上がろうとあがく閃花。

そして、燈は……。


次回――「おのが真なる儘なるべし」


毎週火曜日:19時に投稿中。

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