第二章 第四話:姉妹の誇り、咲き乱れん
「おはようリン!」
朝の通例行事、学園の校門前に葵生家と彩音家の送迎車が並んでいる。
みことの表情は、昨日までの落ち込みが嘘のように晴れており、
満開の笑みとともに、リンと手を繋ぎ登校して行く。
一方、その姿を見送っていた葵生家の側仕えである爺が、
彩音家の車に近づいた。
「紫呉殿……わたくしごときが申しますのも、大変恐縮なのでございますが……
此度の件、個人的に誠に遺憾であります。
昨晩は守るべき方を守れなかった……一生の不覚、痛恨の極みにございます」
爺の眼が鋭く光り、ばあやを捉える。
「主君のためでしたら、この命など惜しくはございません。
……申し訳ございません。ただの老いぼれの戯言にございます。
……では、失礼いたします」
「……」ばあや
――今度みことに何かしてみろ、ただでは済まさないから覚悟しろ――
……爺なりの警告であった。
ばあやは無言で車に乗り込み、彩音家に戻るのであった。
――10:00AM
磨き上げられた黒塗りの高級車が一台、また一台と、
列をなし次々に走り去っていく。
その数五十台――いや、それ以上。
通行人はその異様さに立ち止まり、息を吞む。
彩音家、正門前……
威圧感のある高級車は、続々と列をなし駐車し始めた。
まるで彩音家をまるごと包囲するかのように。
全ての車が統率のとれた運転で、所定の配置に駐車したその時、
中から一斉に、黒ずくめのスーツにサングラスをかけた男たちが、
正門前へ駆け足で整列し始め、その数ゆうに100人は超えている。
門前に漂う空気は、もはや“訪問”などという穏やかなものではなく、
完全なる示威そのものであった。
――現場は、すでに尋常ではない張りつめ方を見せていた。
そこへ一台、光沢ある超高級セレブ車
ロールスロイス・ルナフレア塗装のビスポークカーが、
ゆっくり堂々と中央から到着した。
爺ともう一人の執事が、両方のドアを同時に開ける。
優雅に……まるで王族の振る舞いのように降り立ったのは、
めいあとまいあであった。
二人は葵生家の紋付の黒の着物で揃え、
その装いは、祝いの席に臨む華やかさではなく、
覚悟を纏った者だけが放つ張りつめた気迫に満ちていた。
めいあは、金を豪勢にあしらった帯に、虎と扇面の意匠が配された着物、
まいあは、銀を豪勢にあしらった帯に、松竹梅と孔雀の模様が配された着物。
髪はアップスタイルでまとめ上げられ、
睨みを利かせるような目元には、紅の化粧がわずかに浮かぶ。
ゆっくり堂々と、圧倒的な存在感を醸し出しながら
二人並んで正門前へ歩いていく。
背後には爺と執事が、めいあとまいあ愛用の“薙刀”を支え持ち追従する。
周りの黒ずくめの男たちは、全員がお辞儀をして出迎えるという、
極めて異様な雰囲気に包まれていた。
二人が正門の前に到着すると、周囲の男たちは一斉にお辞儀をやめた。
風さえも、その場に立ち止まったかのように、空気が静まり返る。
その場に居合わせた者すべてが、次の一声を固唾を吞んで待っていた。
――まいあは凛々しくも麗しい振る舞いで先頭に立ち、口火を切る。
「彩音家当主!!!彩音斎恩殿!!!
貴殿部下の不手際に対し、葵生家として申すべき義あり!開門せよ!!」
まいあの威厳と張りのある声が響き渡り、一気に緊張感が高まり始める。
ほどなくして、門に設置してあるスピーカーより、
落ち着いた女性の声が響いた。
「ようこそおいでくださいました、めいあ様、まいあ様。
生憎ではございますが、当主不在になりますので、
誠に申し訳ございませんが、アポイントをお取りいただいてから、
再度、お越しいただけますと幸いに存じます」
門前払い……
彩音家にとって、葵生家の人間はただの客人ではない。
五大財閥の中でも、互いに協力関係を築く陣営に属する葵生家、
その当主の息女たる二人は、最重要幹部に等しい存在である。
そのような存在を、使用人すら介さず、
音声のみで応対するとは、いかな理由があれど、あまりに無礼であった。
めいあとまいあは、葵生家の誇りと闘争本能が、
沸き上がらずにはいられなくなっていた。
「……へぇ~いい度胸ねぇ~、
たかが“執事長”ごときが何様のつもりですかぁ~?
いい加減、舐められっぱなしってのも、お肌に悪いんで……
まいあ~やっちゃっていいですわね♪」
「お待ちなさいな、めい。爺や!当主の所在、間違いありませんこと?」
「はい、まいあ様、昨日より専用車両に動きはございません、
葵生ネットワーク配下による調査にも引っかかっておりませんので、
間違いなく、こちらにいらっしゃるかと」
「わかりましたわ……」
まいあとめいあは視線をあわせ、同時に頷いた。
「爺や!ここに!」
双方が右手を差し出すと、爺と執事が、それぞれの愛用薙刀を二人に手渡した。
「めいあ!!!参りますわよ!!!」
「めいちゃんにお任せ~ッ!!!」
薙刀を頭上にて勢いよく回し始める二人。
次の瞬間――二人の薙刀が、申し合わせたように弧を描き、
……しかけるッ!!!
「必殺・合体薙刀術――孔雀斬破ッ!!!やぁーー!!!」まいあ
「必殺・合体薙刀術――虎轟突覇ッ!!!おぉーー!!!」めいあ
『バキッ!!!バキッ!!!ゴぉーーーン!!!』
一糸乱れぬ集中突破で、木製の正門に大きな穴が開き、吹き飛んでいった。
「ひゅ~!!めいちゃん!まいちゃん最強~ッ!!!」
「まッ……こんなところですか。めい!油断せずに参りますわよ!」
二人を先頭に、爺と執事以下、黒スーツが何十人と連なり、
屋敷の母屋を目指し歩いていく。
敷地内に入ったが、抵抗される気配は全くなく、
それどころか不自然なくらいに誰もいない。
広い屋敷の静けさだけが、かえって不気味さを際立たせていた。
「……ねぇ、まいちゃん。これ~ひょっとして……」
「めいも気付きましたか……まぁ、そうですわね、
お父様もご存じだったのではないかしら?」
「まッ!まさかのパパに、めいちゃん一本とられまして~!?」
「爺や、当主専用車両の動きは、ここ数カ月ちゃんとあったのかしら?」
「は!定期観測では間違いなく稼働履歴は残っておりました。
ただ……パターン化されているのではないかとの、
報告が上がってきたばかりでして、
検証までにいたらず、申し訳ございません」
「十分です。……みこは気付かなかったようですわね……
リンという子の存在と重なったのは……偶然でしょうか?
でも、ふふッ♪
やはりわたくしが、ちゃんと傍にいてあげませんといけませんわね」
「だーめーッ!みーちゃんはめいちゃんのなんですの~!」
――しばらく歩き、母屋の玄関にたどり着く。
執事が一人佇んでおり、二人が近づくと一礼してきた。
「めいあ様、まいあ様、先ほどのご無礼、心よりお詫び申し上げます。
昨日における、みこと様への無礼につきましても、
執事長として弁明の余地もなく、わたくしの不徳の致すところでございます。
後日、みこと様へは直接、お詫び申し上げる所存ですので、
どうか、この場はご溜飲をお下げいただけませんでしょうか」
「え~めいちゃん、もっと遊びたいんですけど~?ぶぅぶぅ~」
「めい!話がややこしくなるから少しお黙りなさいな。
……あなたが執事長の“紫呉”さんかしら?」
「はい……彩音家の執事長を務めております、
紫呉冴羅と申します。
みこと様には、日頃からリン様が大変良くしていただき、
心より感謝申し上げます。
立ち話は何ですので、どうぞ中へお入りください。ご案内申し上げます」
既に、誰一人として争う気はなくなっており、
“紫呉”に案内されるがまま、屋敷に入って行くのであった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
葵生家の誇りをかけ、彩音家に突入した姉二人。
待ち受ける紫呉は、意外にもあっさり二人を屋敷へ招き入れる。
そこで二人が目にしたものとは……。
次回――「静寂は澱みて」
毎週火曜日:19時に投稿中。




