第二章 第三話:静かなる胎動
「……以上が、先ほどまでの顛末ですわ」
みことは入学式でのリンとの出会い、
それから起こった彼女の不可思議な異変。
居ても立っても居られずに、ばあやに直接問いただそうと、
父の了承を得て、彩音家へ向かい、ばあやの気迫に負けてしまったこと、
しかし、まだ諦めきれない葛藤があること……
包み隠さずに、“全て”を姉二人に話した。
「……」めいあ
「……」まいあ
めいあは目に涙を浮かべ、手を震わせながら聞き入っている。
まいあは目をつむり、厳しい表情で身動き一つせずに、
みことの話に耳を傾ける。
――始めに口を開いたのは、まいあだった。
「みこ……わたくしは常々、“葵生家の娘たるもの、誇り高くありなさい”と、
貴女に言い聞かせていましたね?」
「はい……まい姉さま。
申し訳ございません、わたくしが不甲斐ないばかりに、
威勢よく決意したにもかかわらず、
負けを認めるが如く、おめおめと帰ってきてしまいました。
そして、あろうことか負け惜しみのような一言を残すのが精一杯で、
葵生家に泥を塗るような真似をしてしまい、恥じるばかりですわ」
うつむくみことに、厳しい表情から一転、
穏やかな微笑を浮かべ、やさしく諭し出すまいあ。
「顔をお上げなさい。みこは勘違いをしています。
わたくしは、“誇り高くあれ”と言いましたが、
“勝ち負けにこだわれ”とは一言も言っていませんわ」
己の心に囚われていたみことは顔を上げ、まいあの目を見つめた。
「いいですこと?みこ。
今回、貴女が取った行動、優先順位、全てが正しかったと言えるでしょう。
何も恥じることはありません。むしろお父様にきちんと筋を通し、
正々堂々、彩音家に伺いましたこと、さすがわたくしの妹ですわ!
めい?違いまして?」
めいあは既に目から涙が溢れ、号泣状態であった。
「ぐすん……そうよ~み~ちゃん。そんな可愛い子だったら~、
めいちゃん、連れて帰ってきちゃいますわ~」
「めい!そういうことではありませんわ!
ごほんッ!……みこ、
葛藤があることまで打ち明けてくれたこと、その素直さを大事になさい。
それはあなたの武器ですわ。
あなたの志が変わらない限り、そのリンと言う子にも、その執事にも、
貴女の想いが伝わる日が、必ずや来ます。
その日まで、決してめげずに誇り高くありなさい……いいですわね」
まいあの言葉は常に前向きで、心地よい力強さがあり、
今日ほど励まされた日はない。
つい先ほどまで胸を塞いでいた重苦しさが、少しずつほどけていく。
まだ悔しさが消えたわけではない。
けれど、折れかけていた心に、
もう一度まっすぐ立ち向かうだけの力が戻ってくるのを感じ、
みことは目に涙を溜めながら、
吹っ切れたかのような笑顔を、まいあに向けた。
「ありがとう……まい姉さま。きっかけをくださって。
学園生活はまだ始まったばかりでした。
明日からまた、頑張って行けますわ!
めい姉さまも、ありがとう……お話を聞いてくださって」
めいあは耐え切れず、テーブルにひれ伏していた。
「え~ん……!み~ちゃんが元に戻ってくれましたわ~」
笑顔が戻ったみことに、安どの表情を浮かべるまいあ。
「さぁ、みこ、もう遅い時間ですから、早くおやすみなさい」
「はい!姉さま!ありがとうございました。おやすみなさい!」
二人の姉のおかげで、立ち向かう強さを取り戻したみことは、
晴々とした表情で寝室へ戻って行った。
――しばらくして、いまだ団欒室に残る二人の姉。
みことの気配がなくなるのを確認すると、
めいあはテーブルにひれ伏していた上体を「すくッ」と持ち上げ、
何事もなかったように無表情に変わり、まいあと無言で向き合う。
先ほどまでと違い、二人の間には緊張感が漂い始めた。
みことを安心させるために纏っていた柔らかな空気はもうそこにはなく、
双子の姉妹はただ静かに、同じ怒りを同じ温度で共有し、
まるで感性まで一つになったかのように、同じ方向を見据えていた。
「……許せないね、“まいあ”」
「ええ……、流石に気が合いますわね。
みこには、ああ言いましたが、
“威嚇”する必要がどこにあるというのです?
リンと言う子が心配で、お父様に筋を通してまで行ったというのに……。
本人に会わせないどころか、いきなり話を打ち切り、
“わたくしのみこ”に脅しをかけた?
葵生家もなめられたものですわね……
彩音家の執事長、たしか“紫呉”でしたか……」
めいあは不気味な薄ら笑いを浮かべ、
まるで別人格であるかのように、語る口調と態度も変わっていた。
座っていた椅子を傾け、足を放り投げ、ぶらぶらと揺らしている。
「その名前、聞いたことがあるなぁ~。
結構長く勤めてるみたいだけどねぇ~、業界内じゃあ有名らしいけど……
関係ないよねぇ~、喧嘩売ってきたのは向こうなんだしぃ~w
“めい”のみ~ちゃんをあんな風にさせるなんて……
“ケジメ”つけてもらわないとだねぇ~w……ね?ま・い・あ♡」
「めい……“わたくしのみこ”です」
「……ぶぅ~“めいちゃんの”!」
二人は真剣に、数秒にらみ合う……
「ふふ……まぁ、いずれ“決着”をつけるとして、
明日、みこの登校後、動きますわよ、いいですこと?めい」
「そだねぇ~色々準備しなきゃだねぇ~
ひとまず、彩音家の当主はマストかなぁ~」
「そうですね……爺やに探らせておきましょう、
行ってみて、居ないでは腰砕けもいいところですからね。
わたくしは一通り、使いそうな物をそろえておきます。
めいは段取り等任せます」
「了解~♪どんな声で鳴いてくれるか楽しみ~♪
あ~そうそう、パパには話さなくてもいいかなぁ~
ど・う・せ、知ってるだろうしねぇ~」
めいあがそう言うと、団欒室の天井のある一点を見つめた。
「めい、ダメですよ、知らぬふりをして差し上げなくてはなりませんわ……」
――姉二人が映っているディスプレイの部屋
「あなた……これは一体、どういうことですの?
わたくしは聞いていませんわよ!
昨晩、あなたにお話しされたみたいじゃありませんか!
みことはもう大丈夫として、明日あの二人にもしものことがあったら、
どう責任を取るおつもりでいらっしゃるのかしら!」
かなりヒステリックに咆えているのは、
葵生総鳴の妻、葵生香苗である。
団欒室に取り付けられた隠しカメラの映像を通して、
三姉妹のやり取りを見聞きした香苗は、動揺を隠せずにいた。
ちなみにこの隠しカメラであるが、団欒室にのみ設置されている。
社交の場や極秘会談等、数多のゲストを迎え入れるので、
情報戦を制する意味でも設置している。
そして、それは当主の書斎へとつながっていた。
その存在を知るのは葵生夫妻のみであるが、
実は、めいあとまいあも気付いており、その上で“意図的”に団欒室へ誘導した。
父母に当てつけるように……。
あえて両親の耳に届く場所を選んだのは、偶然ではない。
みことを直接巻き込まず、それでいて事態を見過ごさせもしない。
それが、めいあとまいあなりのやり方だった。
二人は昔からみことに関することだけは、絶妙に息が合うのである。
「……やれやれ、流石と言ったところか。
香苗、心配しなくても、あの二人なら任せても大丈夫だ。
それにわたしも、みことの扱われようには、
引っかかるものを感じているのは確かだ。
まずは、彩音家の出方を見てみようじゃないか」
納得いかない様子の妻をなだめながら、
ディスプレイを眺める総鳴であった……。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
大切な妹への理不尽な仕打ちに、我慢ならず動き出す姉二人。
葵生家VS彩音家……勃発か?
次回――「姉妹の誇り、咲き乱れん」
毎週火曜日:19時に投稿中。




