第一章 第十話:尊き燈 凛なる花ぞ 果てにつぐ
――仁王立ちしている閃花は、燈を見下ろし、意気揚々と挑発する。
「ガハハハッ!!さぁ来いよ!決着をつけようじゃねぇか!!!」
一首目、しかも得意の“一字決まり”を取れたことで、
閃花のテンションは一気に跳ね上がった。
(しかし……実際には“敵陣”ではなく“自陣の札”で、
自分が最も取りやすい位置に配置した札をとれただけである。
本気モードの燈から一枚とれたことが、ただただ嬉しかったのだ。)
燈は挑発を受けるも、全く反応せずにただ札を見つめていた。
「あ、あの~……そ、その~私語は慎んでもらえないかと……」(びくびく)
青ざめた表情の樫木部長が、細々と声をひねり出す。
「ああっ!いいから早く先を読めや!」
「ヒッ!」
部長は眼鏡を掛け直し、汗を拭きながら息を整えた。
周りの部員たちは苦笑いしつつも、いつもの事だと言わんばかりに、
気にすることなく対戦に集中している。
再び静まり返る部室――
既に次の読札を手にしていた部長は、正面に構え直し読み始めた。
「せをはやみ いはにせかるる たきがはの」
二回続けての“一字決まり”!
最初の一音が発せられたその刹那、閃花の野生本能スキル『一点突破』が発動!
“渾身”の一撃を叩きだし――
『しゅッ!!!』
「ッ!?」
必要最低限の波形だけが響くような……刹那を感じさせる音がかすかに走り、
一枚の札が消えた。
その直後!
『どォーン!!!!』
という破壊音が響き渡った!
まさに“神速の居合”のごとく、先に札を払ったのは燈であった。
しかも燈から見て敵陣の一番左奥!
その直後、札が払われた畳に、閃花の“拳”が叩きつけられた。
「ま……じ、かよ……」
自陣の“一字決まり”、しかも閃花から見て一番手前の右端に配置した札。
燈からは左奥で一番遠く、一番取りづらい配置。
野生本能スキル『なめられたら三倍返し!』と『一点突破』、
二つのバフを掛け合わせても、燈の反応速度と払うスピードには敵わなかった。
絶対の自信が崩される感覚……。
一度目は、母・京花への空手技がかすりもしなかったこと。
そして二度目がたった今、目の前で目撃した“神速”の払い。
燈に対して甘く見ていたつもりは、決してなかった。
助けられたあの日、おぼろげながら見た“あの剣さばき”は、
寒気がするほどの“達人”の領域だと、実感していた。
しかし、あれから時間が空きすぎていたのかもしれない。
今年の正月に見た対戦ですら“遊戯の範疇”だったのだろう。
今回は、まさしくガチ中のガチだ。
背中に痺れるような衝撃が走るとともに、
さらなる高みを目指せる――
その歓喜と渇望が、閃花の全身を駆け巡った。
(へ……へへへ……さすがだよ。
ちぃ~と忘れてたぜ、
お前が俺の想像なんか軽く越えてくる“達人”だったってことをなぁ。
もう舐めた真似は一切しねぇ。
俺の目の前にいるのは、目指すべき頂の一つ!
胸を借りるぜ!神楽坂燈ぃーッ!!!)
燈は何事もなかったように、飛ばされた札を取りに行き、
再び座り直し集中しなおした。
表情は眉一つ動かさず、平然と札の配置を俯瞰する。
しばらく考慮した末、左手を上げながら、
閃花の苦手な“六字決まり”の札を一枚、敵陣へ送る……。
(競技かるたは、敵陣・自陣各二十五枚から始まる。
敵陣の札を取った場合、自陣の札を一枚選んで敵陣へ送ることができる。
これを“送り札”という。
自陣の札を取った場合は、送り札はできない。
先に自陣の札がすべてなくなった時点で勝利となる)
――その後の勝負は、一気に燈のペースで進んだ。
「ありがとうございましたッ!」
「……ありがとうございました」
結局、閃花が取れたのは最初の一枚だけで、
その後は一枚たりとも届かなかった。
「終わっ……た~~ッ!!!う~~ん!!!いい勝負だったわねッ!」
燈は一気に重荷を下ろしたような安堵の表情を浮かべ、満面の笑みを見せた。
「……ったく。ほぼ完封してんのに嫌味かよ。
……その~~な、なんだ……す、すまなかった……な」
閃花は潔く負けを認め、燈に恥ずかしがりながらも謝罪した。
「ん?何のこと?……いい勝負だったじゃない!
取った枚数関係なしに、お互いの闘志がぶつかり合って!
全力を出し切って!これだから競技かるたはやめらんないのよねぇ~。
あんたの気迫、全部受け取ったわ!またやりましょッ!」
燈が放った満面の笑みには、一寸の曇りもなかった。
実に晴れやかで、爽やかな風が吹いてくるような、
誰も抗えず、気づけば惹きつけられてしまう。
そんな眩い存在が――そこにはあった。
閃花は呆気にとられつつも、どこか懐かしい感覚に包まれた。
(そう……そうだった……こいつは、こういう奴だったなぁ~。
いつもいつも俺の先を行きやがる。
いつもいつも俺を飽きさせねぇ。
良くも悪くも、とんでもねぇお人好し……何だろうな……
魅入っちまった俺の負けだ……まいったぜ)
「さぁ~て、喉乾いたんで自販機に行ってくらぁ~」
「あ、行ってらっしゃい!後であたしも行くから。
さ~て片付けちゃおッと!」
閃花は入口へ向かって行くと、
樫木部長と“新入生二人”が話をしていたので、ニヤつきながら絡みに行った。
一方、燈は札を収納しているが、他の部員より時間がかかっている。
そこには“こだわり”があり、一から百まで、順番に入れて収納するという、
いわばゲン担ぎみたいなものである。
順番通り収納し終え、燈も自動販売機へ行こうと顔を上げると、
閃花と“新入生二人”が何やら楽しそうに話をしていたので、
ここぞとばかりに、仲間に入れてもらうように近づいた。
「おっ!もう仲良くなってるの?何かいい感じじゃない!
見学の一年生でしょ?初めまして!二年の神楽坂燈よ。よろしくね!
……って、うッ……な、なんなの!この得体の知れない“かわいい生物”は~!!!
おめめがクリっとしちゃって、艶のある薄紫がかった白銀の髪……
あはっ……あははは」
「おい!大丈夫かお前?こういう趣味してんのか?」
「ん!んん……ご、ごめんね!取り乱しちゃって、お名前は~なんていうの?」
「彩音……リンじゃ」
燈(じゃ!!!)
みこと(じゃ!!!……戻った?)
「ななな!なんなのよ~このギャップ萌えは~……く~たまらん!
何年何組になるのかなぁ~……あは、あははは」
「おい!今、お前どこぞの怪しいおっさんみてぇだぞ」
厳しい閃花のツッコミで、上級生としての立場を思い出す燈。
「一年A組……じゃ」
燈(じゃ!!!)
みこと(じゃ!!!)
「ごっほん!ごめんね……あなたは?」
「初めまして、同じく一年A組の葵生みこと、と申します。
よろしくお願いいたします……それと……神楽坂先輩、先輩とは……
共通する何か~(リンの方へ顔を向ける)……ご縁を感じますわ」
「あぁ、下の名前でいいわよ!呼びづらいでしょ?
……でもそうね~(リンの方へ顔を向け、再びみことと視線を合わせる)
お互い……どうやら共通の趣味みたいね♪」
燈「あはははは!」
みこと「おほほほほ!」
燈とみことは、初めて会ったにもかかわらず、
長年の心の友のように、意気投合し微笑み合うのであった。
リン「……」
「二人して卑猥な笑い方しやがって、かしましい。
おい!彩音、何か理不尽なことがあったらすぐに連絡しろ!
俺の眼の黒いうちは、お前に手出しなんざ~させねぇからよ!いいな!」
リン「う……うむ」
――初めての四人の邂逅は、“癖”駄々漏れの何とも締まらないものであった。
学生たちにとってはあまりにも自然な、ありふれた出会いの光景。
しかし、その意味も、この先に待つものも、
彼女たちはまだ知る由もなかった。
(……まったく……こんなんでやっていけるのかしら?
ま、骨のある奴もいるみたいだけど……大丈夫なの?リン!)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
これにて第一章は終了となります。
次回――新章「届かぬ善意」
ここまでが、いわば導入編のようなお話でした。
第二章から、物語は少しずつ本格的に動き始めます。
なお、第二章開始にともない、次回から週一投稿、
毎週火曜日:19時とさせていただきますので、
ご了承くださいませ。




