思わぬ再会
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海沿いの、小さな町だった。
古民家が立ち並び、子供達は砂浜で遊び、押し車を押した老婆がゆったりと海岸沿いの道を歩く。
傷付いた心を癒すには、とても良い環境のように思えた。
丸山隆彦が指定した場所は、そういう場所だった。
あれから、一週間。
桃馬は漸く、ここに来る決意と覚悟を固めることが出来た。
“あの子”から逃げ続けた結果が如何なるものか、“あの子”と会って、どんな言葉を浴びせられるか。
想像出来ないけれど、想像してみただけで恐怖で心が重くなる。
だけどもう、逃げる訳にはいかない。
過去の自分が仕出かした事の結末がそこにあるのなら。
新幹線を降りて、在来線に乗り換えて、目的地に辿り着いたのは、夕方だった。
十八時になると街中を童謡のBGMが鳴り響き、外で遊ぶ子供達に帰宅を促す。
桃馬は、帰路を歩く家族達と擦れ違いながら、丸山に指定された住所を探して、海沿いを歩いていた。
ふと、建物が途切れて視界が開け、海辺の光景が広がる。
水平線の向こうには、夕陽が沈んでいく様子が見えた。
こんな穏やかな場所に“あの子”は居るのだと思うと少しだけ、救われたような気持になる。
小さく笑みを零した瞬間、全身から力が僅かに抜けていくのを感じた。
無意識のうちに大分緊張していた、のかもしれない。
苦笑を浮かべ、止めていた足を動かして、再び歩き出し――
「……ん?」
しかしそこで、桃馬は海辺に、一人の女性の姿を見付けた。
車椅子に乗った女性だった。
ここからは少し遠くて見えないが、彼女はじっと海を真っ直ぐ見つめていて、微動だにしない。
周りには付き添いと思われる人物もおらず、まるで、置き去りにされたか打ち捨てられたようにさえ見える。
何となく。
何となく桃馬は彼女の事が気になって、近くの階段から海辺に下りて、彼女に歩み寄った。
だが、その途中。
「――おい、あいつだぜ! また来てる!」
「ほんとだ!」
後方から、まだ幼い子供達のはしゃいだ声が聞こえた。
反射的に振り向けば、二人の少年が例の車椅子の女性の方へ駆けていく。
入江智菜と同じくらいか、一つか二つ上くらいの年齢だろうか。
桃馬は嬉々として彼女に駆け寄る少年達に小さく微笑んだ、が。
次の瞬間目の当たりにした光景に、思わず絶句する。
「おい木偶人形! 今日も動かねえのか!?」
「木偶! 何とか言えよ!」
あろうことか、げらげらと笑いながら少年達は持っていた野球のバットで車椅子の女性の体を叩き始めたのだ。
「よし、今日はこいつが転んだらどうなるか見てみるぞ!」
「おう! 行くぞ! せーの!」
そうして、二人掛かりで彼女が乗る車椅子を倒し、彼女を地面に転がした。
それだけでなく、二人は更に笑いながら「ほらほらどうした!」「ははは! 蓑虫みてえ!」と更に殴る蹴るなどの暴行を加え始める。
いくら子供と言えど、悪戯などという言葉で片付けて良い範囲を超えていた。
桃馬は考えるより先に駆け出して、二人を後ろから掴み上げた。
「わ、わわわ!」
「な、何だ!?」
「お前達、いい加減にしないか」
言って、半ばぽいと捨てるように二人を女性から離れた場所に放り投げ、冷たい眼差しで見下ろす。
「何だよおっさん!」
「体の不自由な人に、何て酷い事をするんだ」
「うっせえな! 関係ねえだろ!」
これくらいの年齢は良くも悪くも怖いもの知らずなところがあるせいか、彼等は割と身長がある桃馬に怒気を露わに見下ろされても怯まない。
どころか、持っていたバットを構えて攻撃態勢まで取って来る。
「この野郎!」
おまけに血の気が多いらしい。
片方の少年が勢い良くバットを振り下ろしながら向かって来て、もう一人もそれに便乗する形で迫って来る。
が、無論言うまでもなく、子供のそんな攻撃に桃馬がダメージを受ける訳もなく。
桃馬は軽々と振り下ろされたバットを受け止めると、そのままやはり軽々と子供達ごと持ち上げて、彼等の手を振り払う。
二人の少年は尻餅着いて、尚も桃馬に向かうべく立ち上がろうとしたけれど。
『ひ……っ』
寸前、奪われたバットを眼前に突き付けられて、悲鳴を上げる。
「……お前等が振るのと俺が振るの、当たったらどっちが痛いかくらいは、お前等にも分かるよな?」
『……っ!』
「幼児虐待は趣味じゃねえ。とっととママんとこ帰んな」
父が子を叱る以上に冷酷な眼差しを向けながら吐き捨てて、バットを投げ返せば。
今度こそ少年達は完全に怯んで、悲鳴を上げながら逃げて行った。
子供相手にちょっとやり過ぎだったかな、とは思ったが、大人も真っ青な暴力を振るった子供達だ、あれくらいが良い薬だろう。
桃馬は深く一つ溜息を吐いて、慌てて車椅子の女性の元に駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「………」
「手をお貸しします。すぐに車椅子を起こしますからちょっと――……」
ちょっと待って下さい。
そう、言い掛けて。
けれど、最後まで紡げなかった。
ゆっくり、というより、何処か気怠そうに起き上がった彼女の顔を見て、心臓が、呼吸が、一瞬停止した。
きぃん、と耳鳴りがして、まるで、時間が止まったようだった。
側に桃馬が居るのに、桃馬が喋っているのに、何の反応も示さず、振り向きもしない。
「……く……おん……?」
そう、その女性は、まさに。
鳴瀬久遠その人、だった。




