見合いしろ攻撃
その日、新月堂は異様な雰囲気に包まれていた。
「ね、私を助けると思って受けて貰えないかしら?」
「いいじゃん、しのちゃん。もう良い歳なんだし、そういうの一回受けといたら?」
何がどうなったからこうなった……。
お茶飲み友達二人からの攻撃に、桃馬はもう頭を抱えたくて堪らない。
老婦人こと、山倉絹子が今日店にやって来たのは、今から約一時間程前の事。
退屈だし、久し振りに桃馬とゆっくりお話がしたくて来たの、と穏やかに言う彼女を店内に招き入れ、いつものようにお茶を淹れて雑談が始まった。
その二十分後くらいに、友理奈もやって来た。
今日は大学が早く終わったので、帰りに寄ったらしい。
すっかり二人にとっては憩いの場として使われている新月堂だったが、開店休業状態の方が多いのでこれはこれで差して珍しくもない。
勿論絹子と友理奈も顔見知りであり、三人揃ってお茶飲み友達であるので、その場はすぐさま和やかな雰囲気に包まれた。
――そこまでは、良かった。至って普段通り。
しかし、絹子が差し入れにと持って来てくれた菓子を、三人で食べ切った時。
「ねえ、東雲さん。この間のお話なんだけれど」
唐突に。
絹子はとても優し気な、それでいてにっこり笑顔でそう切り出した。
「この間の話?」
「ほら、お見合いの話よ。美夜さんていう病院の受付をなさっている」
「え、なになに? しのちゃん、お見合いするの?」
「い、いやいやちょっと待って下さい。あのお話はお断りした筈ですが……」
嫌な予感に、半ば慌てて両手を振って言えば、絹子は笑みをより深くして、身を乗り出して来た。
「それがね、東雲さんにはその気がおありでないって事はお伝えしたんだけれどね、相手の美夜さんがどうしても、一度だけでもお会いしたいと仰ってるそうなの。写真を見て気に入られたのね」
「しのちゃん何だかんだ言って結構格好良いもんね」
「そう。そこまで乗り気なら、あまり無下にするのも可哀想じゃない?」
背中に冷たい汗が伝う。
そんな事言われたって困る。それはもう非常に困る。
「私としてもね、大事な友人の娘さんだから何とかしてあげたいのよ。ここは一つ、私を助けると思って、会うだけでも会って貰えないかしら?」
「いえ、あの……そう仰られても……」
絹子の気持ちも立場もよく分かるが、残念な事に、桃馬にはそんな気は更々ない。
会ったところでその先の結末は変わらず、ただ貴重な時間を互いに割いて終わるだけだ。
「いいじゃんしのちゃん。会うだけならさ。もしかすると、会って話してみたら、しのちゃんも相手の事気に入るかもしれないよ?」
何故か友理奈まで身を乗り出してそんな事を言う。
こちらは単に、面白がっているようにしか見えないが。
「ねえ、その人の写真とかあるの? 絹子おばちゃん」
「あるわよ。美人ではないけれど、実年齢より幼く見える可愛らしい子なの」
言って絹子はスマホを操作して、美夜という女の写真を友理奈に見せる。
「うーん。ちょっと地味だけど、普通に可愛いじゃん。悪い話じゃないかも!」
「あら、友理奈ちゃんもそう思う?」
「うん! ねえしのちゃん、しのちゃんももう良い歳なんだし、いい加減お嫁さん貰って落ち着かないと」
若い癖に昭和な物言いをするなよ……。
「いや、しかし、ですね……別に嫁とか居なくても大して困らないというか……」
「それじゃあ何!? せっかく会ってお話してみたいという美夜さんのお気持ちを、無下にするつもり!?」
どうにも首を縦に振らない桃馬に、ついに絹子が痺れを切らして、半ば声を荒げた。
「いえそういう訳では……」
――困った。
友理奈はまあともかく、絹子はこの縁談、本気で良い話だと思っている。
上手く行けば若い二人が晴れて夫婦になって、幸せになれると強く確信している。
それもこれも、絹子が双方の事をとても気に掛けてくれているからであり、幸せを願ってくれているからこそだと分かるから、余計に困ってしまう。
いっそ、正直に話してしまおうか。
忘れられない人が居る、事を。
そう思って、けれど桃馬はすぐさま顔と目を伏せた。
――言ったところで、理解は得られないだろう。
忘れられず、かと言って会いに行く事も出来ず、想いを伝える事も出来ず。
だがどうしても……この気持ちだけは捨て切れず。
そんな女々しい想いなど、話せば余計に「だったら尚更」とこの見合いをごり押しされるに違いない。
「東雲さん。こう言っては何だけれど、会わずに突っ撥ねるなんて私にも美夜さんにも失礼だと思わない? 一度会ってくれるだけでいいのよ。会って話してみて、それでも気が乗らないなら断ってくれて全然構わないんだから。ね? お願いよ」
息子を叱るような口調でそう言いながら、最後には絹子は頭まで下げた。
「しのちゃん……」
友理奈も、面白がるような笑みから、何処か懇願するような瞳で見つめて来る。
絹子の必死さを見て、ちょっと気の毒になって来たのだろう。
絹子の言い分にも、確かに一理ある。
いい加減、前を向かなくてはいけない、と、自分でも思う。
――でも……だけど。
無意識に拳を握った、その時。
からん、と店の釣鐘が鳴り響く。
三人共がそちらを振り向けば、桃馬より少し年上といった感じの男性が立っていた。




