接触
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田頭慎吾のトレーニング場は、Twitterの呟きやブログの写真、その他目撃情報等から割と簡単に割り出す事が出来た。
とはいえ、相手は今や日本の誇りとさえ言われているスーパースターである。
トレーニング場には許可を取った取材陣と、純粋にテニスの練習に来ている人達以外は一切立ち入り禁止となっていた。
言うまでもないが“手紙を届けに来た”なんて言って許可が貰える訳がないので、トレーニング場での接触は早々に諦めた。
やろうと思えば出来ない事でもないが、リスクを冒してまでやる必要もないし。
そこで桃馬は、更にあらゆる情報を収集、分析して、田頭慎吾の自宅を突き止めた。
無論、自宅に関しては一切公にされていない。
彼自身、自宅の様子までは取材に応じたことがないので、マスコミもまだ掴めていないだろう。
依頼を完遂すべく上京して三日目。
これまでの経験から四日間の滞在の予定で飛行機もホテルも予約していたので、これ以上長引いたら不味かった。
何とかギリギリに田頭に接触出来るチャンスを掴めたことに安堵しつつ、桃馬はその日、田頭が帰宅する時間帯に、彼の自宅前で待機していた。
ご近所に不審者と間違われて通報されると困るので、物陰に潜んでじっと息を潜めて。
これも、探偵時代に培ったスキルである。
都会の中心街に程近い場所にあって、随分と静かな住宅街の中。
仕事帰りと思われる人々が疲れた様子で歩いていくのを見送って。
そうしているうちに、目的の人物が遠くから歩いて来るのが見えた。
黒い上着に、背中にはその人物の背丈程もあるテニスバッグ。
帽子を被り、ガムか何かを噛んでいるのか、口元をもごもごと動かしながら、堂々とした調子で歩いている男。
間違いない。田頭慎吾だった。
桃馬がここで待ち伏せてから三十分。ほぼ予想通りの時間の帰宅である。
――何故か、少しだけ、緊張した。
綺麗な想いではないから、なのか、はたまた……本来なら自分だって知る事は決してなかった筈の人間の本質を、これから見るかもしれない事に、身構えてしまっているのか。
らしくないな、と思わず桃馬は自分を笑って。
タイミングを計って、歩いて来る田頭慎吾の前に身を出した。
田頭は突然現れた見知らぬ男に、恐怖と警戒と困惑を露わにした。
「な、何だお前!」
登場の仕方が仕方だった為に、田頭は一瞬で桃馬を不審者と認識し、声を上げた。
「驚かせて申し訳ありません。私、想い届け屋という店をやっております、東雲桃馬と申します」
努めて桃馬は柔らかい口調で、名刺を差し出しながら言う。
腰を屈めて、田頭が受け取ってくれるのをじっと待っていると、田頭はおずおずと差し出された名刺を受け取った。
「想い……届け屋? 何、それ?」
「疎遠になってしまった相手に、お手紙をお届けする仕事です。連絡も取らなくなってしまって何処に居るかも分からない方が対象で、その方をお探しする所から承っております」
「……はあ」
「失礼ですが、田頭慎吾さんでお間違いないでしょうか? この前のオリンピックで金メダルをお獲りになった」
「そう、ですけど……手紙って俺に? ファンレターの宛先ならTwitterとかに載せてるけど……」
物腰柔らかな桃馬の説明にも、田頭は警戒を緩めるどころか益々不信感を濃くする。
無理もない。本人の言っている通り、自分に手紙を送りたかったら普通にポストに投函すれば勝手に届くのだ。
わざわざこんな怪しい男に頼む必要などないのに、と思うのが普通である。
「……申し上げ難い事ですが、お預かりしている手紙は、恐らくそのご住所に送られても、田頭さん本人の手元には届かない恐れがあると思われます」
「は? どういう意味です?」
「ファンレターというのは、ご本人に届く前にマネージャー等、第三者の人物が検閲なさいます。ただの手紙であればすぐに田頭さんの元に届くでしょうが……この手紙は多分、貴方に届くことはなく処分されるでしょう。これを書いたご本人様も、それが分かっているから、私の元に来られたのだと思います」
言って、桃馬は内ポケットから坂川和花の手紙を取り出し、田頭に差し出した。
丁度、街燈の真下に立っている為、その宛名の部分ははっきりくっきりと田頭の目に入る。
「ちょ、何すか、この見るからに怖い上に怪しい手紙は!? 脅迫状!?」
真っ赤なペンで“田頭慎吾”と書かれたそれに、田頭はぎょっとして後退る。
「内容は存じません。が、これを書いた方が言うには……どうしても今、貴方にぶつけたい想い、だそうです」
「はあ!?」
怪しい男に怪しい手紙を差し出され、もはや田頭は半ば怒りも湧き始めているようだった。
まあ、無理もない。
無理もないが、是が非でも受け取って貰わなくてはならない。
「お受け取り下さい。その方が想いを込めて綴った手紙です」
「いや、んな事言われても知らねえし! つか誰なんすか、その手紙書いた奴って!?」
近辺の住民が何事かと家の中から出て来そうな程の大声で、田頭は桃馬に詰め寄る。
桃馬は怯むことなく何てことないような調子で、「坂川和花さんです」と答えた。
「坂川和花? 誰だよそれ」
「……中学時代の同級生だった、と仰ってましたが」
「知らねえよ。んな子供騙しの嘘言って人に脅迫状紛いのもん送り付けるとか、どんだけやべえ奴だよ」
「……貴方が当時、強姦した相手、だそうですよ。本当に、憶えてらっしゃいませんか?」
「は? 何言って……」
本気で憶えていないらしい。
桃馬は自身の中にも、酷く気持ち悪いドロドロしたものが渦巻き始めるのを感じた。
『あの卑怯者の事だから、私の名前を言っても分からないと思う。田頭があくまで私の事を知らないと言い張ったら、この写真を見せて下さい』
和花の依頼を引き受けた日、和花は店を出る際にそう言って一枚の写真を桃馬に預けていた。
桃馬は手紙と一緒に内ポケットに入れていたそれを取り出し、田頭に掲げるように見せた。




