表と裏
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オリンピック選手の居場所というのは、普段の人探しに比べて断然探し易い。
まず、拠点となる場所を公にしている選手も多いし、公にしていなくても、出身地や所属している会社やチームは試合開始時等に普通にテロップで流れる。
そうでなくとも、SNS等を駆使してあれこれ情報を探れば、田頭慎吾の詳細は面白いくらいに掴む事が出来た。
つくづく、ネットいうものは恐ろしい。
田頭慎吾の拠点は日本、東京だった。
手紙を届ける相手が、県外在住であることはよくある話である。
田頭慎吾の居場所を掴んですぐ、桃馬は東京行きの飛行機とホテルを押さえ、翌日には店のシャッターに“出張の為臨時休業”の貼り紙をして発った。
前夜、桃馬は動画サイトで田頭慎吾の試合を見てみた。
テニスの事はあまりよく分からないが、攻撃的で常に強気、かと思えば粘り強く時にアクロバットなショットで相手を翻弄したりするプレーは見ていて素直に凄いなと思わされた。
しかしたまに調子が悪いのか、ミスショットを打ってしまってポイントを逃した際には、ラケットを地面に思い切り幾度も叩き付けながら叫ぶシーンもあったりして、どちらかというと気性が荒いという印象も受けた。
飛行機の中では、購入したいくつかのテニス雑誌に掲載されている彼のインタビュー記事や特集記事を読み漁った。
当然の事ながら、そこに田頭を揶揄したり欠点をどうこう言う内容は書かれていない。
田頭自身、インタビュアーに対し常に謙虚な姿勢と言葉で受け答えをしている。多少の脚色はあるにしても、実際の記者会見の様子から見ても、そこまで醜い裏の顔があるなんて、誰も想像すらしないだろう。
更には大手服飾業界とも提携しているらしく、その会社がデザインした服でファッション雑誌にもたまにモデルとして載っていたりするから、もはや正に、スーパースターだった。
一つ溜息を零して、桃馬は窓の外の何処までも続く空を見遣った。
人は所詮、相手の人生の一部の時間しか関わらない。切り取ったその僅かな時、確かに自分にとって“良い人”であったのだとしても、かつては違ったかもしれないし、これから変わるかもしれない。
けれど――たとえ相手がどう変わっても。過去と違っていても。
関わった方の人間からすればずっと相手は“そういう人”で在り続けるのだ。
坂川和花のように。
どれ程田頭が立派な功績を上げても、彼女にとって彼は、犯罪者でしかない。
それをどうこう言うつもりもないし、それが正しいか正しくないかと不毛な事を考えるつもりもないけれど。
こういう時、桃馬は思ってしまう。
行き場のない想いを届ける、なんて、一見素敵な仕事をしている癖に。
人間って、マジで糞めんどくせえな、と。
夕方遅くに到着する便しか取れなかったので、田頭探しは明日にすることにして、桃馬は早々にホテルにチェックインして、夕食は近くのファミレスで摂ることにした。
流石は都会。平日の夜だというのに店内は満席に近かった。
適当に定食を注文して、ソファ席に凭れ掛かる。
以前にも、何度か東京に手紙を届けに来たことがあるが、どうにも都会は騒がしくていけない。
かといって田舎ののんびりし過ぎな感じとか、閉鎖的な空気から脱し切れない感じとかも馴染めないが、少なくとも東京には住めないな、と常々思う。
料理はさほど待たずに運ばれて来た。
脳に直接木霊する程の騒がしい人々の話し声に囲まれて、桃馬は半ば掻き込むように食事を口に運ぶ。
「ねえねえ、そういえば昨日ね、田頭慎吾見掛けちゃった!」
「え!? うっそマジで!?」
不意に、隣の席からそんな会話が聞こえて来る。
ちらりと横目で見遣れば、女子高生と思われる三人組がパフェやらケーキやら囲んで談笑していた。
「何処!? 何処で見掛けたの!?」
「渋谷! テレビで見るより超格好良かった!」
「えぇ~いいなぁ~! 私も見たかったぁ!」
「ほんと凄いよね、あの人。あの人のお陰で、全国のテニススクールとか入会者激増してるらしいよ」
「部活でもテニス部入る生徒増えてるらしいね。あー、私も始めよっかな~。ダイエットにも向いてるらしいし!」
パフェやケーキをこんな時間に食べている時点で、ダイエットへの意識低過ぎだろ、と桃馬は思わず内心でツッコミを入れる。
「それでね、思い切って握手して下さいって突撃したの! 超イケメンなあの笑顔で“勿論、いいですよ”って! もう思わず強く握り締めちゃった!」
「うっわ、何それ超最高じゃん! よし、間接握手させろ~!」
多少声は大きいが、まあ、あれくらいの年頃ならかなり微笑ましい光景である。
女子高生達は互いに、間接握手とやらをするべく、或いは阻止すべく、互いに手を伸ばしたり引っ込めたりと大いに盛り上がっている。
こんな所でも田頭の話題を耳にして、桃馬は思わず苦笑した。
あのルックスと実力と人柄、加えて功績である。やはり日本全国に多大な影響を与えているらしい。
良い部分しか見ていない人間からすれば、彼はスーパースターである。
一瞬、桃馬は、坂川和花の話は何かの間違いなんじゃないかという思いに駆られそうになった。
「田頭選手って彼女居るのかなぁ」
「あのルックスなんだから、居ない訳ないっしょ」
「そうだよねぇ……」
「え、ちょっと何マジで切なそうな顔してんの。あんたまさか、田頭選手にガチ恋?」
「そ、そんなんじゃないって!」
「やだ、むきになってる! これはマジでガチですね~?」
話は次第に、女子高生の鉄板のネタへ。
まあ、よくある話である。
「ファンレターとか書いちゃえば? 彼、Twitterで宛先公開してるし、たまに内容に触れて一言お返事ツイートしてるし! 運が良かったら何か返してくれるかもよ!」
「い、いいよぉ! そんな恥ずかしいし……!」
「何言ってんの! どうせ顔も知られなきゃこの先直接関わる事もないんだから、手紙くらい出して気持ち伝えなきゃ!」
……さらりと上げて落とすなよ。
「善は急げよ! 皆で文面考えよ!」
「あ、いいね!」
そうして、当の本人は半ば置いてけぼりにされつつ、女子高生達はスマホやらノートやらを取り出して、手紙の文面を考え始めた。
最終的に、三人のうちの一人から、ではなく、三人で一つのファンレター、という形になりそうな雰囲気だが、まあ、それもまたよくある話だろう。
ふと、桃馬は自身の内ポケットに入れてある坂川和花の手紙にそっと触れた。
隣の三人とは全く真逆の内容が綴られたこの手紙。
人間誰しもが持つ、裏と表の顔。
それぞれに宛てられた、それぞれの女の子からの手紙。
何故だか桃馬は、不意に、心細いような申し訳ないような気持ちになって。
お冷を飲み干して、席を立った。




