また会える、その日まで
智菜が施設を出て行く日。
桃馬は小さな紙袋と智哉から託された手紙を持って、施設へと足を運んだ。
すっかり桃馬に懐いていた智菜は、桃馬の姿を目にするや否や、桃馬に飛び付いて来る。
「しのちゃん! 来てくれたんだ!」
「ああ。いよいよだね、智菜ちゃん」
「うん!」
桃馬が到着して五分程で、智菜の新しい両親となる夫婦も到着する。
片桐を始め、施設の職員達、共に育った子供達と別れの挨拶を交わしていくうちに、智菜の目に少しずつ涙が溜まり始めた。
「智菜ちゃん、新しいお母さんとお父さんと仲良くね?」
「うん……」
「元気でね」
「お手紙書くね!」
職員や子供達が口々に智菜に言葉を掛ける。
施設で友達を作ろうともしなかった、と智哉は言っていたけれど、兄が居なくなってから智菜は、ちゃんと周りに溶け込んでいたのだ。
その証拠に今、皆、智菜との別れを惜しみ、智菜が元気で居続けてくれる事を願ってくれている。
智哉が思う程、智菜は弱虫ではなかったし、泣き虫なだけでもなかった、という事だろう。
そして、誰かに縋って居なくては生きていられないままでもないのだ。
桃馬は、この小さな少女の小さな強さを前にして、無意識に、小さく微笑んだ。
「――智菜ちゃん」
心に広がる安堵を感じながら、桃馬は智菜の名を呼び、彼女と目線を合わせるべく屈んだ。
「これ、俺からのお祝い。良かったら使って」
「わぁ! 有難う!」
「それから……これを」
「……なぁに?」
「君のお兄さん……智哉君から預かった。君が書いた手紙の返事だよ」
「え! お兄ちゃん、お返事書いてくれたの!?」
智菜の後ろで、片桐が僅かに困惑したように息を呑んだ。
智菜はそんな片桐には気付く様子もなく、心底嬉しそうに、桃馬に差し出された手紙を受け取る。
「ねえ、お兄ちゃん何処に居るの? お父さんお母さんと仲良くなれたかな?」
次いで問われた無垢な問いに、桃馬は微かに微笑みに困ったような色を混じらせたけれど。
「元気にしてるよ。智菜ちゃんが大きくなったら、きっとまた会えるから」
そんな言葉ではぐらかした。
後ろで片桐が複雑そうな眼差しを桃馬に向けていたけれど、桃馬はその笑みを片桐にも返す。
――智哉に智菜からの手紙を届けた翌日の事。
片桐と智菜に、ちゃんと手紙を届けられたことを伝える為に、桃馬は施設を訪ねた。
桃馬は、片桐にも智菜にも、詳しい事は話さなかった。
話す義務がないからだ。智哉が分かり易い不良になっていた事など、ただ純粋に彼の身を案じている人間には、伝える必要などないと思った。
片桐は桃馬の言葉に違和感を覚え、本当に元気にしているのか、ちゃんとご家族と上手く行っているのか、と身を乗り出すようにして訊ねて来たけれど、桃馬は知らぬ存ぜぬを通した。
知っていたとしても、無闇に明かせない、個人情報なので、とも。
そう言っている時点で何か知ってる、と言っているようなものだが、そこはプライドと法令に則って絶対に言わない。
受取人の居場所を知りたがる心境と同じだろう。
居所が分からないから、居所を探す事からやってくれる人に縋る、突き止めなくては届けられないから突き止める、突き止めたのなら教えてくれる。
何故かそういうものだと思い込み、そういうものでなくてはおかしいと思う。
――だが決して、嘘は言っていない。
今は会えないけれど、いつかは……智菜が智哉の事を知り、それをきちんと考え、受け止められるようになれば。
「だからそれまで、智菜ちゃんも元気でな?」
「うん! しのちゃん、有難う!!」
――そうして智菜は、新しい両親の車に乗り込み、施設を離れた。
彼女は皆が見えなくなるまで手を振り続け、施設の皆も、車が見えなくなるまで「さよなら」「元気でね」と叫び続けた。
これを以って、今回の依頼は完了した。
この後、あの兄妹が無事再会出来る日が来るのか、全てを知った妹が何を思うか、は、無論桃馬には知る由もないけれど。
あの無垢な少女が、その時も兄の唯一の味方で居続けてくれたらいい、と。
桃馬は祈るように思った。
「妹から兄へ」完




