負うべき責任、与えられるべき救済
そうして智哉は唾を吐く。
その姿に、桃馬は小さく切なげに息を零して――
「――甘ったれてんじゃねえよ、クソガキ」
次の瞬間、その辺の不良よりも低いどすの効いた声で智哉を一喝した。
智哉は声と共に一気に変わった桃馬の雰囲気に、堪らずびくりと肩を震わせて、桃馬を見上げる。
「そう思うんなら、とっとと自分で死ねよ。人と喧嘩するより、人を殴るより簡単だぜ。自分で自分を殺すってのは。その辺のビルから飛び降りりゃいいし、走る車の前に飛び出しゃいいし、首吊ればいいんだからよ」
次々と流暢に自殺の方法を告げる桃馬に、智哉は腹の底が冷えていくのを感じた。
彼の目は、手紙の配達人とは思えない程冷たく、それこそ、その辺の不良さえ目を合わせた瞬間逃げ出しそうな凄みがある。
「自分で死ぬ度胸もねえ癖に、無関係な人間勝手に巻き込んで傷付けて、どう考えても加害者でしかねえ分際で、被害者ぶってんじゃねえよ」
「っ、んだとこの野郎!!」
しかし桃馬の今の一言は流石に聞き捨てならなかったのか、智哉は一瞬でかっとなって桃馬の胸倉を掴み、そのまま殴り掛かった。
が、智哉が振り下ろした拳は、いとも容易く桃馬に止められ、胸倉を掴む手も簡単に外されて、先程同様、赤子の手を捻るかのようにあっさりとその場に押さえ付けられる。
「離せくそオヤジ!!」
「誰がオヤジだ」
「てめえなんかに何が分かるんだよ!! やっと家族が出来たと思ったら邪魔者扱いされて、挙句疫病神なんて言われる俺の気持ちが、てめえみてえな裕福なおっさんに分かるのかよ!!」
多感な時期に深い傷を負った少年には、桃馬は自分を見下して尤もらしい説教を垂れる目障りなおじさんでしかないだろう。
そう思われるのは、別にいい。
けれど桃馬は裕福な訳ではないし、智哉の気持ちが分からない訳でも、分かりたくない訳でも、ましてや、分かる必要などないと思っている訳でも、なかった。
「……ああ、分からなかったよ」
「っ!」
「分からなかったから……俺も、お前と同じ傷を“あの子”に背負わせてしまったんだ……」
唐突な独白は懺悔のようだった。
無論、智哉には、何の事を言っているのかなんて分からなかった、けれど。
「けどな、智哉」
何の話だ、と問う前に、桃馬は智哉の手首を掴む手に、僅かに力を込めた。
「自分が傷付いて死ぬ程痛いからって、誰かを傷付けて痛みを植え付けてもそれは、お前が与えた傷であって、お前が受けた痛みとは何の関係もない。そんなんで、お前の痛みを分かって貰える訳がねえんだよ」
「……っ、」
「確かにお前は、自分勝手な大人達の犠牲者だ。けど、腹いせに誰かを傷付けた時点で、お前はその誰かにとっての加害者でしかねえんだ。加害者がどんだけ傷の痛みを訴えても、周りは味方なんてしてくれねえよ」
掴んだ手が、悔しそうに力の限り握り締められる。
行き場のない痛みと怒りを抱えた心は、桃馬の言葉で余計に傷を付けられたのかもしれないけれど。
それでも、智哉にはまだ救済があることを、桃馬は知っている。
桃馬はそれを、届けに来たのだから。
「……そんなに思い詰めるな。少なくとも俺は、お前の事を心から想っている人を知ってる」
そうして、桃馬は上着の内ポケットから便箋を取り出した。
智哉の目の前に差し出して、誰からのものかをしっかりと確認させる。
「――……っ!!」
「……言ったろ。想いを届けるのが俺の仕事だって」
解放された手で、智哉は震えながらも智菜からの手紙を受け取る。
すると桃馬は、智哉のもう片方の手も解放してやった。
「智菜……が……?」
「智菜ちゃんも今度の春、新しい両親の元に引き取られる事が決まった。その前に、どうしても兄さんに手紙を出したいって、俺の所に来たんだ。施設を抜け出して、たった一人でな」
「っ……嘘だろ……だって俺……ほんとはあいつの事……ちょっと鬱陶しいって、思ってたんだぜ……? 引き取られる時も、心の何処かで、やっとあいつから解放された、って……」
智哉の瞳から敵意が消えて、困惑と僅かな恐怖が不安と共に揺らめく。
「それでも、智菜ちゃんにとっては“優しくて大好きなお兄ちゃん”だよ」
桃馬は屈んで、智哉と目線を合わせる。
「智菜ちゃんが施設を出て新しい土地に行くのは、小学校の入学式の前日、ちょうど一週間後だそうだ」
「……、」
「手紙の内容は知らない。けど智哉、これからの事は自分で決めろ。その手紙を読んで、尚も妹とは関わりたくないならその手紙は捨てればいいし、やっぱり誰かを傷付けて自分を慰めなくちゃ生きていけないならそれもいいだろう。だが忘れるな。どう転ぼうと智哉が抱える痛みをどうにかするのも智哉だし、智哉が与えた痛みの責任を負うのもまた、智哉だ」
そう言って、桃馬は立ち上がる。
呆然を妹からの手紙を見下ろす智哉の表情は分からなかったけれど、先程よりずっと背中が小さく見えて。
そのまま、桃馬は歩き出した。
智哉が桃馬の言葉をどう受け止めて、智菜からの手紙をどう受け止めるかは分からないけれど。
智哉が誰かを傷付けるのも、誰かに傷付けられるのも、もう無くなればいいな、と思った。




