目からビームのドラゴン 1
本編終了からふたりの結婚式までのお話です
すごい夢を見てしまった……。どうしよう…。
嫌な夢を見て、夜中にハッと目が覚めた。
隣でぐっすり眠るエリオットを起こさないように、自分に回された腕をそーっとほどいてベッドから離れた。
そのまま部屋を出て、1階の厨房で水を飲む。
「はあっ」と息をついて、両手のひらを見つめた。
いつも通りの自分の手…自分の足…。
でも、足に夢で見たヘンな感触が残っている気がするのは、エリオットと体をくっつけて寝ていたせいだろうか…。
いや、あれはただの夢よ。大丈夫。
そのはずなのに、胸がざわつくのはなぜだろうか…。
再びエリオットの部屋に戻ってベッドに入ろうとしたところで、エリオットが身を起こした。
「アリィ?」
「ごめんなさい、起こしちゃったね。下でお水飲んできただけ」
「うん、おやすみ」
エリオットはわたしを抱き寄せて、再び目を閉じた。
「…………ねえ、アリィ」
「なに?」
エリオットが、わたしから手を放して身を起こす。
「どうして震えているんだ?」
「は?魔女の様子がおかしい?」
王太子の執務室で、ランドールは目の前に立つ弟の冴えない表情を見つめていた。
「昨日の魔石の注入のせいか?そんなに無理させていないはずだが」
ランドールが昨日のアリサの様子を思い出しながら言う。
「あのあと、花嫁衣裳の仮縫いが出来上がったとか言ってた気がするんだが、そこで何かあったのか?」
「昨日、仮縫いが終わったドレスを試着して、最終調整をして…その場に一緒にいたんですが、とても嬉しそうにずっとにこにこ笑っていたのに…今朝『結婚式を延期してほしい』と言い出して、何が何だか」
エリオットは顔を両手で覆ってしまった。
先ほどまでの気づかわしげな表情とは打って変わり、ランドールはニヤニヤし始めた。
「ははーん、わかった。結婚前の女にたまに起こるやつだな」
兄のその言葉にエリオットはガバッと顔を上げた。
「なんですかそれ、教えてください!」
「どこかで聞いたことがあるんだが、結婚前の幸せの絶頂でなぜかふと、このままこの人と結婚して上手くやっていけるだろうか、本当に自分の人生をこの人に預けていいんだろうか、と立ち止まってしまう女がいるらしい。中にはそのせいで結婚をやめて別れる男女もいるらしい。
魔女の故郷では18歳で結婚は適齢期よりもずいぶん早いのだろう?…ままごとではなくて現実だってことを実感して怖気づいたか?魔女らしくもない」
そう言って笑うランドールの話を最後まで聞かずに、エリオットはヨロヨロと執務室の扉へと向かった。
扉の前で振り返り、小さな声で
「申し訳ありません、私用でしばらく休暇をいただきます」
と言って退室する弟を、ランドールは「ゆっくり休め」と笑いをこらえながら見送った。
昨日、仮縫いの花嫁衣裳を着たアリサはとても嬉しそうにはしゃいで「ねえ、エリオットどう?」と笑いながらくるりと回ってみせた。
花のモチーフをあしらった純白のドレス姿のアリサがたまらなく愛おしくて、「素敵だよ、とってもよく似合ってる」と言うのが精いっぱいだった。
この姿を見るのが式当日ではなくてよかった、当日初めてこれを見たら興奮して鼻血を出していたかもしれない、とまで思うほどにアリサの笑顔がまぶしかった。
花嫁衣裳の破壊力に圧倒されて誉め言葉が少なすぎたか?
それで機嫌が悪くなったとか……。
いやいやいやいや、それはない。
そんなことではない。じゃあ、なんだ?
昨晩もいつものようにおやすみのキスをしてアリサを抱きしめながら寝て…まさか、眠りながら無意識のうちにアリサに手を出してしまったとか!?
いやいやいやいや、それはない。
ここまで我慢に我慢を重ね、その努力があと少しで報われるのだ。
無理矢理に、とかアリサを傷つけるようなことを今更するはずがない。
じゃあ、なんだ?
エリオットはアリサが眠っている隙に王宮へ赴き、休暇の申し出と、急ぎで片づけなければならない案件だけセバスチャンに指示を出して任せたらすぐに自宅に戻るつもりだったが、その前に王宮付きの医師の元へと向かった。
話を聞いた年配の医務室長は、何度も頷きながら
「王太子殿下のおっしゃる通りです。そういう心の病気があるのですよ」
と言った。
「発症は男性よりも女性のほうが割合が高く、症状のバリエーションは様々ですが、共通していることは『結婚をやめたくなる』という点です。特効薬も治療法もない非常に厄介な病気です。
原因も様々ですが、心の奥底にあった小さな不安やわだかまりが増幅してしまうようですね。
きっかけ?たいていの場合、ある日突然です。例えば、道端の石ころにつまずいたのと同じような感じです。明確なきっかけがある場合もあれば、ないことも多い。それだけに、予防も難しいんです。
きっかけを探すよりも、原因を突き止めて、その不安が取り除けるように二人で話し合ってみてください。解決せずとも妥協点を見出せれば症状は緩和していくと思われます。ただ、口で言うよりも実際はなかなか上手くはいかないものですので、なんとも…」
エリオットは頭の中で医務室長の説明を何度も反芻しながら、アリサが抱えている不安は何か考えてみた。
もしもその原因が、自分に関することだったら…もちろんそれは聞き入れて解決できるよう努力は惜しまない。しかしアリサはそのことを素直に話してくれるだろうか?
黙って考えていると
「エリアス殿下?」
と、顔を覗き込むようにして医務室長に名前を呼ばれた。
「どうぞお気を確かに。この病気は、相手にも感染することがあるのです。これは申し上げにくいのですが…もしも男女二人とも重症になった場合は、結婚が無期延期か破談になる可能性が極めて高くなります」
医務室長のその言葉にハッとして顔を引き締めた。
先ほど考え込んでいた自分は、さぞ暗い顔をしていたのだろう。
そうだ、アリサの不安に引きずられて自分までそうなってはならない。彼女をしっかり支えて労わらなければ!
もしも夜に眠れない場合には薬を出すと言う医務室長にお礼だけ言って王宮を後にした。
帰宅して、メイドのレイラから「お嬢様はずっとお部屋に籠っておいでです」という報告を受けたエリオットは、さきほどの医務室長の説明をレイラにも話した。
「結婚式目前で突然結婚したくなくなる病があるらしい」
「まあっ、お嬢様がそんな病気に!?」
おろおろするレイラに、とりあえずアリサの様子を見てくると告げて2階へと向かった。
自室に入ると、ベッドにアリサの姿はなく
「…両目から光線を出しながら大暴れして、最後にはあなたを踏み潰すような嫁と結婚式を挙げる覚悟はあるかって聞けってこと?」
壁を隔てた隣の部屋からアリサの声が聞こえてきた。
夫婦になる予定の二人の寝室を隔てる壁はもともと薄いのだが、アリサの話し声が独り言よりも大きいということは、黒猫に向かって話しかけているのだろう。
にしても『両目から光線』だの『踏み潰す』だの、一体何の話なんだ!?
聞き耳を立てるつもりはなかったが、自分の帰宅にも気づかずに話に夢中になっているのなら、ひと段落ついたところで声をかけようと決めたエリオットだった。
―――エリオットの帰宅からさかのぼること1時間ほど前。
昨晩は結局あれから一睡もできず、そんなわたしをエリオットも心配して寝ずに抱きしめ続けてくれた。
そのまま朝を迎えて、エリオットに
「アリィ、何があったの?大丈夫?」
と聞かれたときに、ついに涙があふれだし、混乱した頭のまま出てきた言葉が
「…結婚式を延期してほしいの……」
だった。
自分でもどうしてそんなことを言ってしまったのか、よくわからない。
目の前のエリオットはとても驚いた様子で固まっているし、勝手なことを言ってしまったことを謝りたいのに、出てくるのは嗚咽だけで、気持ちの整理がつかないままわたしは子供みたいに声をあげて泣き続けた。
そして、泣き疲れて眠ってしまったらしい。
目が覚めた時には、エリオットのベッドにひとり……エリオットは仕事に行ったのかな?
きっと呆れられちゃったよね。
また泣きそうになるのを何とかこらえて体を起こした。
そのまま重い体を引きずるように自分の部屋へ入り、自分のベッドへ倒れこむ。
「おい、わーわー泣いてたようだけど、また王子と喧嘩でもしたのか?」
タッタッという軽い足音がして、黒猫のシャールがベッドに上ってきたのがわかった。
「ううん、喧嘩じゃなくて、わたしが一方的に結婚したくなくなっちゃっただけ」
ベッドにうつ伏せに倒れたまま答えると、シャールはものすごく驚いた声で
「えぇぇぇぇ!」
と言ったっきり固まってしまった様子だ。
うん、わかるよ。
驚くよね、昨日まであんなに浮かれていたのに、何があったんだって。
わたし自身も、たかが妙な夢を見たぐらいのことでこんなに情緒不安定になっちゃうだなんて思ってもみなかったもの。
「あのなあ、結婚をやめるってことは、ここを出ていくってことか?オレ、あんたと二人っきりで暮らしていく自信が……あ、いや、それはまあ置いといて、理由ぐらい話してみろよ」
わたしは手を伸ばしてシャールを抱き寄せた。
やわらかくてあったかい。
「あのね、昨日の夜ヘンな夢を見たの」
気持ちをどうにか落ち着かせながら、話し始めた。
夢の内容はこうだ。
巨大化したわたしが目からビームを放ち、ギャオギャオ叫びながら街の建物や王宮を破壊しまくっていて、その姿が、花嫁衣裳を着た二足歩行のドラゴンのような怪獣だったのだ。
簡単に建物が壊れていく様子が楽しくて、その衝動のままに破壊行動を続けていたのだけれど、そこへエリオットが「もうやめてくれ!」と立ちはだかって……わたしは、そんなエリオットのことを大きな足で容赦なく踏み潰した。
そこでハッと我に返り、わたしはもとの人間の姿に戻るのだけれど、足元に倒れるエリオットはすでに……。
いつもならば「ヘンな夢見ちゃったー。わたしが大きなドラゴンになってね、目からビーム出してるの!ビームってわかる?光線のことね」とか言いながら笑ってエリオットに話していただろう。
それなのに、昨晩その夢で目が覚めた時の胸のざわつきと鼓動がひどいし、足の裏にはエリオットを踏み潰したときの感触が残っているような気までして、仮縫いのドレスを試着して浮かれていた気持ちに冷水を浴びせられたような気分になったのだ。
夢の中のわたしは花嫁衣裳を身に着けていた。
ってことは、このまま結婚式を挙げたら、その当日にあの夢が現実になるかもしれない。
そんな悪い妄想が頭から離れてくれず、昨晩は震えが止まらなくてそのまま朝を迎えてしまった。
そして、エリオットに「結婚式を延期してほしい」と言ってしまったのだった。
わたしの話を聞き終えたシャールは「う~ん」と唸って
「でもそれ、夢の中の話であって現実に起こる可能性なんてほぼないだろ?」
と、ごもっともなことを言った。
「シャールは、自分の意志とは関係なくあの黒ヒョウになっちゃうこと、ある?」
「……正直に言うと、若いころは何度かなりそうになったことがある。妙に血に飢えているときとか、ストレスがたまって憂さ晴らししたいときとかに」
「そういうときは、どう対処したの?」
「路地裏でかわいい猫を見つけて夜通しイチャイチャしたらスッキリ…っておい、オレにヘンなこと言わせるなよ、まったく」
「なるほど、じゃあ確実に巨大化を防ぐためには、毎晩、夜通しイチャイチャし続けたらいいのかしらね?」
「いや待て、毎晩だなんてさすがにあの王子の体力が…っておい、なんであんたまで巨大化する前提なんだよ。オレは元がヒョウだから、元の姿に戻りそうなときがあったっていう話であって、あんたは元が目から光線を出すドラゴンなわけじゃないんだろう?」
そこまで聞いて、わたしはシャールを抱いたままガバッと身を起こした。
「わたしがあのとき『シャールは本当はヒョウだったの?』って聞いたら『さあな、忘れた』って言ったくせに!やっぱりヒョウだったのね」
と問い詰めると、シャールはバツが悪そうに眼をそらしながら
「食いつくのがそこ?…オレにだってたまにはカッコつけさせろよな」
と言い、そのあと、ぼつりぼつりとプリシラとの出会いを語って聞かせてくれたのだった。
黒猫シャールと魔女プリシラとの出会いのエピソードをどこかに挟みたいと思って書いたお話だったんですが、またもや予想外に長くなってしまったので前後編です。
明日も更新します。
いつも読んでくださってありがとうございます。




