こたつとミカンとかつお出汁 1
馴染んでいる……しっくりきすぎている…。
「ホリゴタツ」という暖房器具で暖をとりながら「ミカン」を器用にきれいに剥いて食べているアリサを横目に見て、エリオットはそう思った。
アリサのその様子は、まるでいつもそうしているかのように自然だった。
入れ替わり立ち代わりにアリサとエリオットを覗きに来るこの集落の住民は、加齢による白髪をのぞき、みな一様に黒髪と黒い眼を持ち、小柄な体つきをしている。
そう、二人はアリサの念願だったシャルダント共和国の稲作集落・オオハシ村へとやって来ているのだ。
「もうっ、エリオットったらどうして教えてくれなかったの?前にも来たことがあるだなんて、わたし知らなかった。ずるい」
留学していたルデルリーを離れる前に、エリオットはアリサのためにコメを定期的に送ってくれないかと、人を遣ってこの集落に打診したことがあった。
しかし「お金をいくら積まれても売ってやらない。イネの苗?譲るはずがない。素人に育てられるはずがない。頭おかしいのか」と、取り付く島もない最悪の状況で、居てもたってもいられずにとうとうエリオット本人が交渉のためにこの集落を訪れたのだった。
それをずっとアリサに黙っていたのは、間違いなく「ずるい、わたしも行きたい!明日行こう!」と言い出すだろうと思っていたから。
そして、ここへ来てしまったら「もう帰りたくない」と言い出されるのが怖かったから――。
一度訪問したことがあるのだと、いつどのようにアリサに伝えようか考えあぐねているうちに、結婚式を終えて二人は正式に夫婦となった。
「二人でどこか旅行にでも行こうか」と言うと「シャルダント共和国の稲作集落!」と即答された。
「それ、旅行じゃなくて仕事だよね?」
と言うと
「雪が積もり始めたら行きにくくなるから今のうちに行っておきたいの。ね、おねがい」
と、じーっと見つめながら懇願されて、渋々ながら承諾したのだ。
手土産と交渉の材料として持ってきたカツオブシやニボシをはじめとする、アリサいわく「ニホンジンの心に刺さる、とっておきの食材」は別便の荷馬車で送り、我々はルデルリーまでは魔法陣で飛んで、留学中のフィリスを訪問した後こちらへと向かった。
集落の入り口に到着して馬車を降りると、いち早く気づいた子供たちがわーっと寄ってきて、足にまとわりつきながら口々に何かを言ってきた。
アリサの母国語だろうか、何を言っているのかさっぱりわからなかったが、横にいるアリサにはしっかりわかったらしい。
2度目の訪問であることがあっさりバレて、アリサはようやく念願の集落へ来ることができた喜びよりも、夫の隠し事を知ってしまった驚きとショックでしばらく固まっていた。
「ごめん、きっと怒られるだろうと思ったら言えなかった」
アリサのようにミカンをきれいに剥くことができずに奮闘しながら謝ると、アリサは「ふふっ、下手ね」と笑ってエリオットの手からそのミカンを取り上げ、残りの皮をきれいに剥いてくれた。
ここは村長の屋敷で、前回の訪問のときもこの屋敷に案内されてコメの提供の交渉をしたわけだが、あのときも春が近づいているとはいえ、まだ積雪の残る寒い季節で、ということはおそらく、このホリゴタツがあったはずなのだが、エリオットはこの部屋へ通された記憶はない。
普通のソファとテーブルの応接間だったはずだ。
同郷と思われるアリサを連れてきて、「結婚しました」と言ったら、このアットホームな待遇となったのだ。
夫の隠し事がバレて不機嫌な様子だったアリサは、ホリゴタツを見た瞬間に機嫌を直し、かごに山盛りにされたミカンを持ってきてもらったときは、そんな嬉しそうな顔見たことないぞというぐらいの喜びようだった。
最初の訪問のときに「なぜそこまで米にこだわるのです?」と聞かれ、自分の想い人は異界人で、どうやらこの集落のみなさんと同郷のようなのだと正直に話した。
名前を問われて「スズキアリサさんです」と答えると、村長は何度も頷きながら
「なるほど、鈴木ありささんね、たしかに同郷ですね」
と微笑んだのだ。
このオオハシ村は、集落ごと異世界召喚されたのだという。
そんなこともあるのかと話を聞いて驚いた。
しかし、気候は似ているものの、満足なコメを収穫できるようになるには相当な苦労があったことや、異界から持ち込んだ作物をこの世界でバラまくことにも抵抗があり、稲の苗は門外不出にしていることや、少量のコメを流通させているのは、路頭に迷う同郷の異界人がいたら、そのコメを見てこの集落に来れば面倒を見るからおいで、という無言のサインなのだという説明を聞いた。
そのコメでアリサも救われたのだ。
アリサとの出会いと、アリサが初めて作ってくれたおにぎりのこと、料理人と共同で作るコメ料理のことを話して、感謝した。
「それで、ありささんというそのお嬢さんは今どちらに?」
「彼女はいまルデルリー王国にいます。彼女には内緒でここへ来ました。僕は彼女に求婚中で、良い返事がもらえたらそのまま母国のローリンエッジ王国に連れて行く予定です。僕の求婚が成功するか否かは別として、異世界で頑張ろうとしている彼女にコメを提供していただけませんか」
あちこちに留学して、いろんな言語が話せるようになっていたおかげで、互いに意思疎通できる共通の言語が見つかってよかった。
村長は迷っている様子だったが、最後には折れてアリサへのコメの提供を了承してくれたのだった。
遠い目であの時のことを思い出しながらミカンを食べ終え、アリサに視線を戻すと、コタツの天板に突っ伏して、すやすや眠っていた。
アリサの横では、アリサの黒猫もまた丸まって気持ちよさそうに眠っている。
このホリゴタツという暖房器具は、たしかに眠気がやばい。
起こすのも忍びなくて、どうしようかと考えているところへ、雑務を終えて戻ってきた村長が、
「おや、長旅でお疲れですかな。客間を用意しました。今日はもう遅いのでゆっくりお休みください」
と、アリサのその様子に目を細めながら言ってくれたから、それに甘えることにした。
アリサを抱きかかえて客間に入ると、タタミの上に寝具が二人分敷いてあった。
いつも同じベッドで一緒に寝ているからどうってことはない…はずなのに、そのふたつの寝具がぴったりくっつけられていることに妙な気恥しさを感じてソワソワしてしまうのはなぜだろうか。
寝具の片方にアリサを下ろし、置いてきた黒猫も連れてきてアリサの隣に寝かせた。
そしてエリオットにとっては、己の忍耐力を試されているかのような、この妙なソワソワとモヤモヤに葛藤し続ける一夜となったのだった。
翌朝、もぞもぞとこちらへ寄ってくる気配で目を覚ますと、アリサがこちらへ入ってくるところだった。
「アリィ、おはよう」
そのやわらかくてあたたかい体を抱きしめる。
アリサはしばらくエリオットの胸に顔を押し付けて甘えていたが、どこからかカツオブシの香りが漂ってくると、突然ガバッと起き上がり、そのまま部屋を飛び出して行ってしまった。
ああ、カツオブシにも負けたか…。まあ負けるだろうとは思っていたけれど。
と軽く落ち込んでいるところへ、バタバタとアリサが戻ってきて
「きちんと身支度を整えてから来なさいって奥様に叱られちゃった」
と言って、えへへと笑った。
身支度を整えると、アリサは器用に寝具を三つ折りに畳んでみせた。
「なに今の、魔法?」
と聞くと、アリサは「何言ってるの」と笑いながら二枚目も簡単に三つ折りにした。
エリオットは、この集落に来てから生き生きとしている新妻の様子を、ちょっぴり複雑に思いながらも愛おしそうに眺め続けた。
(つづく)
いつも読んでいただいてありがとうございます。
1回で終わらせようと思ったら長くなってしまったので前後編に分けることにしました。
明日も更新します。




