王子様に求婚されました
「これが、かつお節としそおにぎりで、そっちが、かつおと煮干しの出汁で炊いた炊き込みご飯のおにぎりで、その隣が、ちりめんじゃことわかめおにぎりです」
「カツオブシはもう完成したのか?」
「まだ完成ではないです。これは試作品なんですけど、一回食べてみたくて。硬さとまとまりがイマイチなんですよね。ボロボロ崩れてしまって…」
ランドールの質問に答えながら、おにぎりを頬張った。
「枝豆収穫祭」が無事終了した翌日。
わたしは王宮のエリオットの執務室で、ランドールとエリオットと一緒に、かつお節とちりめんじゃこの試食をしていた。
寒天の材料である天草の採集・乾燥を浜辺周辺の領地にお願いして以来、魚介好きで意気投合していろいろなことを教え合う関係になった。
その中で、かつお節・煮干し・ちりめんじゃこの共同開発を、枝豆事業と並行して進めていたのだ。
きっかけは、おにぎりを気に入ったランドールが
「コメをこの国でも作ることはできないのか」
と言い出したことだ。
それに対して、エリオットは「無理です。北方の稲作集団はイネを門外不出としていますから」と即答したらしい。
その通りだ。
たぶん彼らは、お金をいくら積まれてもその交渉には応じない気がする。
彼らの好意で定期的に送ってもらっているお米は、わたしが同郷の異界人だと向こうも知ってのことだと思う。
さらに、ローリンエッジ王国と北方のシャルダント共和国では気候が違いすぎる。
こっちで稲作を行うには、暑さの耐性をつける品種改良をしなければならず、そのためには苗を譲り受けるだけではダメで、専門的な知識をもった人も派遣してもらわないといけないだろう。
それを実現する一縷の望みは――
「彼らはお金にはなびかなくても、かつお節と煮干しにはなびきそうな気がする!」
わたしのその一言で、とりあえずその「カツオブシ」とやらを作ってみよう、ということになったのだ。
かつお節といっても、いま開発中のものは「荒節」どまりなのだけど。
口に入れたときにぶわっ!とかつおの風味を感じて、その懐かしさにうっとりする。
内陸のシャルダント共和国ではカツオは手に入らないはず。
まして、この大陸でかつお節を作っているのは、おそらくわたしだけだ。
これを持って行って交換条件にすれば上手くいくかもしれない。
もしかすると、あちらではすでに米麹と大豆で味噌を作っているだろうか。
美味しいお味噌汁を作るためには、かつお節や煮干しの出汁が欠かせないはずだ。
「来月あたり稲刈りの時期だと思うので、わたしが直接シャルダント共和国に行って交渉してきてもいいですか?枝豆収穫祭がひと段落して、今なら暇だし」
わたしがランドールに向かってそう言うと
「来月?ダメ!絶対にダメ!」
なぜかエリオットが慌てた様子で猛反対してきた。
「エリオットも一緒に行くでしょう?来月は忙しいの?」
落ち着いたところで一度、魔女の森へこれまでのことを報告しに行こうっていう話はしていたけれど、ほかに何かあったっけ?
反対される理由がよくわからなくて戸惑いながら尋ねても、エリオットは「ダメなものはダメ」としか言ってくれなくて…。
「エリアス…まさかおまえ、まだ言ってなかったのか?」
ランドールが意外そうな顔で言った。
「…落ち着いたらと思っていたんです。だから、今日にでもと……」
なにやらごにょごにょ口ごもるエリオット。
するとランドールはニヤニヤしながらわたしを見て
「おい魔女、オレと結婚するか?」
と言ったのだった。
ああもう、ワケワカリマセン。
返事の代わりに目をそらしてため息をついた。
すると突然エリオットが立ち上がり、わたしも手を引かれるがままに立ち上がった。
「王太子殿下、本日はこれにて早退させていただきます。セバスチャン、あとはよろしく頼む」
エリオットはそのままわたしの肩を抱いて、執務室を出ていこうとした。
「え?はあ?まだ、おにぎり残ってるのに」
振り返ると、ランドールが笑いながら残りのおにぎりに手を伸ばしていて、セバスチャンはなぜかガッツポーズをしてエリオットを見送っていた。
エリオットは、ついて来てとだけ言って、いつもより少し速足でわたしの手を引いて歩いていく。
到着したのは、王宮の敷地の端にある、海が見渡せる岬だった。
ここは、このローリンエッジ王国に来た翌日に海神様の力を借りて海の荒波を鎮めたあの場所だ。
わたしと向かい合って立ったエリオットは、胸のポケットから小さな箱を取り出し、ふたを開けて、わたしのほうへと見せてくれた。
そこには、祝福の石と同系色の青い宝石がはめ込まれた指輪が入っていた。
「アリィ、18歳の誕生日おめでとう」
エリオットが少し照れながらふわりと笑った。
ああ、そうか!
いろいろバタバタしていて忘れてたわ!
こっちの世界と向こうの世界では暦が少し違うし季節がずれていることもあって、ピンとこないのよね。
「ありがとう。この指輪、もらっていいの?」
ちゃんと誕生日プレゼントを用意していてくれていたことが、とても嬉しい。
「この宝石はね、祝福の石と相性がよくて、穏やかな心と一途な愛を象徴しているんだって」
エリオットはそう言いながら指輪を箱から取り出して、わたしの左手をとり、その薬指に指輪をはめた。
「アリィの故郷では、この指にはめるんだよね?」
左手の薬指――指輪がはめられた自分の手っをしばし見つめた後、顔を上げるとエリオットの顔がすぐ近くにあった。
その顔がすごく赤い気がするのは、夕日のせいだろうか。
「…えっと…これって……?」
もしかして、ただの誕生日プレゼントではないってこと…?
戸惑うわたしを抱きしめて、ようやく婚約が認められたのだとエリオットが嬉しそうに教えてくれた。
この国へ来た当初は、救世主を騙る悪い魔女なのではないかと疑われていた。
救世主としての力を見せろと言われて惜しげもなく披露した。
対抗勢力をあぶり出して一網打尽にする駒となることも進んで受け入れた。
そのせいでエリオットは命を落としかけたけれど、どうにか救うことができた。
そして、やっと、魔女が王子様と結婚することを認められたのだ。
「待たせてごめん」
「ううん。婚約者だろうが、そうでなかろうが、わたしはエリオットのそばで、あなたの手助けができればそれでよかったから、いつまでも待つつもりだったよ。…でも、嬉しい。ありがとう」
わたしはエリオットの背中に手を回して、ぎゅっと抱きついた。
じわじわと嬉しさがこみ上げてくる。
「いや、それでは僕のほうがもう我慢できなくてね」
「え?」
意味がよくわからなくて手を緩めてエリオットを見上げると、エリオットは「なんでもない」と言いながらコホンと小さく咳ばらいをした。
「結婚式は1か月後を予定しているんだ」
「ええっ、早すぎない?」
「僕としては婚約なんてすっ飛ばして、今すぐアリィと結婚したいぐらいだけど」
「1か月って…式の準備が大変そう…」
「うん、ドレスの準備と式の準備と、いろいろ大変だから来月にほかの予定を入れるのは無理だよ」
そう言って、エリオットがにっこり笑う。
そうか、だからさっき「来月はダメ!」って言ってたのね。
うんうん、と頷いてエリオットを見上げる。
エリオットが甘く微笑んだ。
「アリサ、君だけを心から愛しています。これからもずっと、僕の隣にいてください」
「不束者ですが、こちらこそよろしくお願いします」
心地よい潮風が黒髪をすくい上げる。
わたしたちはお互い、とびきりの笑顔で見つめ合った。
いつもの触れるだけのそれとは違う深い口づけを交わす二人を、夕日に色づく穏やかな海がきらきらと輝いて祝福していた。
fin.
これにて本編終了です。
小説を最後まで書き上げたのはこれが初めてでした。
王子様に溺愛されるお話が書きたいと突然思い立ったのがきっかけでしたw
最後までお付き合いくださった皆様、ありがとうございました。
拙い部分が多々あったとは思いますが、数多くの作品の中からこの小説を見つけて、ここまで読んでいただいたことに、ただただ感謝しかありません。
今後は、本編で回収しきれなかったエピソードなどを番外編として不定期で更新するかもしれません。
そのときはまた読んでいただけると嬉しいです。




