枝豆収穫祭
――2か月後
暑さのピークは過ぎたとはいえ、まだまだ汗ばむ陽気が続くローリンエッジ王国。
今日はヨナハン伯爵領で、枝豆の収穫祭と枝豆を世間に知らしめるためのお披露目を兼ねた枝豆関連商品の試食・即売会、「枝豆収穫祭」当日だ。
この日のためにみんなで準備をしてきた。
領地の奥様方が中心となって作った枝豆ペーストを生地に練りこんだパン各種や、枝豆ペーストを餡にしたあんパン、枝豆とエビとホワイトソースで作ったグラタンをパイ生地で包んだグラタンのパイ包み、、、。
枝豆&カニの寒天寄せ、枝豆&エビの寒天寄せと、フィリスと相談しながら作った枝豆寒天スイーツ。
途中、わたしとエリオットの暗殺未遂事件もあって、わたしはしばらく準備をお休みしてエリオットに付き添っていたわけだけど、わたしなんかいなくっても着々と準備は進んでいて、頼もしいような寂しいような複雑な気分だったことはナイショ。
奥様方の発想力と創作意欲がすごくて、きっとこれからもどんどん新しいお料理を生み出していってくれそうだ。
枝豆が、たくさんの家庭の食卓に並ぶ日も遠くないと思う。
あの日、わたしの魔力の暴発で国内に降り注いだ光の粒のおかげか、今年の作物はどれもこれも大豊作、海も豊漁で、収穫祭に足を運んでくれた人々の表情からも国内全体がとても活気づいて充実している様子がうかがえる。
試食の塩ゆで枝豆は、これでもかという量を用意していたにもかかわらずあっという間に減っていき、あわせてフェルナンド公爵のワイナリーから提供された発砲葡萄酒も予想を上回る早さで完売御礼となった。
前にエリオットとの喧嘩のきっかけになってしまった製氷機の開発は、冷気を込めた魔石を敷き詰めた箱の中に水を流し入れ、急速冷凍して氷を作るという単純な作りのものしかまだ開発できていない。
それでも、こういう屋外で食品を提供するときには大助かりだ。
便利なものに慣れてしまうと手放せなくなるし、さらに便利なものをという欲求が高まってくるだろうから、きっといつか、その理想を実現してくれる人が現れるだろう。
すごい魔動具師が先か科学者が先か…楽しみなところでもある。
2か月前のあの事件を境に、ローリンエッジ王国は300年続いた魔女・魔法排除の方針を公に撤廃し、魔法容認の方向へと舵を切り始めた。
今後この国がどのように変わっていくのかはまだわからないけれど、アリシアやプリシラをはじめ、多くの魔女の弔いになっているといいなと思っている。
「あれ?もしかして、もう終わり?」
仕事をなんとか切り上げて駆けつけてくれたエリオットが、外に置かれたテーブルやワゴンにほとんど何も残っていない様子を見て驚いている。
エリオットはケガと体力が回復した後少しずつ仕事にも復帰して、わたしとエリオットの生活もまた元通り軌道に乗ってきたところだ。
「そうなの。わたしもここまで大盛況になるとは思ってなくて、びっくりしちゃった」
「それはよかった。エダマメを食べられないのは残念だけど、そのほうが嬉しいよ。よく頑張ったね。お疲れ様」
エリオットが頭をポンポンして労ってくれた。
「んふふ、大丈夫よ。ヨナハン伯爵のお屋敷のほうにエリオットの分を残してもらっているから。発砲葡萄酒もね」
得意げに告げると
「ほんと?」
と顔を輝かせてうれしそうに笑うエリオットがいて、思わず抱き着きたくなる衝動を抑えるのに苦労しながら、幸せだなぁと実感したのだった。
お屋敷に入って奥へと案内してもらうと、そこにいたのはこの屋敷の主のヨナハン伯爵夫妻、そしてフェルナンド公爵とフィリスとその護衛がいた。
そう、王族を廃位となったフィリスの養父として手を挙げたのはフェルナンド公爵だったのだ。
フィリスいまは、かつてエリオットも通っていたルデルリー王国の王立高等学院に留学中だけれど、この収穫祭をぜひ見に来てほしいというわたしのたっての希望を聞き入れてくれて、お忍びで里帰りしてきてくれた。
フィリスが大っぴらに来場者の前に現れることはなかったけれど、お屋敷の窓からそっと収穫祭の様子を眺めている姿があった。
「フィリスと一緒に考えたあの寒天スイーツも大人気だったのよ。ほんとに、お菓子屋さんになってもらいたいぐらいだわ」
「ふふっ、考えておくわね」
わたしたちは、名前を呼び捨てで呼び合う友人同士になった。
「やあロックス、元気そうでよかったよ」
エリオットが一通りの挨拶を終えたあと、フィリスの後ろに立つ護衛の男の人に声をかけた。
え…ロックスさんて…。
「じゃあ、この人が…」
エリオットを見ると、そうだよと、笑顔が返ってくる。
フィリスがこの国を追われるように旅立って1か月ほどたった頃に
「元気にしてるかな…」
とわたしがフィリスのことを心配していたら、エリオットが
「大丈夫だよ、なんせ騎士様が追いかけていったんだから」
と言って微笑みながら、遠い眼で窓の外を見たのだった。
意味がよく分からずに、騎士様って?と聞くと、
エリオットが中等学院時代に仲の良かったロックス・デイリンが、想いを寄せるフィリスのことを追いかけてルデルリーに行ったのだと教えてくれた。
ロックスは剣術の達人で、その腕を買われて騎士団の副団長に抜擢された逸材だったが、その職を辞し、さらにそのことに激怒した父親に勘当を言い渡された。
そしてなりふり構わず、フィリスの養父となったフェルナンド公爵に、自分を使用人として雇って欲しい、フィリスの護衛としてルデルリーに行かせて欲しいと懇願したそうだ。
フェルナンド公爵のことだから、きっと
「愛だねえ」
とおもしろそうに笑いながら、ロックスの申し出を了承したんじゃないだろうか。
その後、王宮内でもこのことは大いに噂になっていて、若くして騎士団の副団長に大抜擢された「ロックス様」は、女性にとても人気があったことや、フィリスとの恋の成就を応援する声が多数あることを、わたしも知ることとなった。
ロックスは
「ケガはすっかりよくなってみたいだな。よかったよ」
とエリオットに親しげに話しかけたあと、わたしのほうに向きなおって
「アリサ様も、お元気そうで何よりです」
と頭を下げた。
「ロックス様、はじめまして。お噂は兼ねがねうかがってます。剣術の達人でいらっしゃるとか」
と言うと、人懐っこそうな笑顔で
「いやいや、エリオットにはかないません。こいつには一度も勝ったことがないんですから。…あ、第二王子様に向かって『こいつ』とか言っちゃった。失礼しました」
と言って、頭をポリポリかいている。
サットンが追放されて再び第二王子となったエリオットのことを、エリアス殿下ではなく『エリオット』と呼ぶこの人は、さぞエリオットと仲が良かったに違いない。
「何言ってるんだ。いまロックスとやり合ったら負けるにきまってる」
エリオットが苦笑している。
「にしても…」
ロックスがわたしとエリオットを交互に見ながら
「ちょっと悲しいっつーか、さすがっつーか、アリサ様に全く顔を覚えられていなかったとはね」
と言われて、
「ええっ、お会いしたことありましたっけ?」
と焦りながら横を見ると、エリオットが笑いをこらえていた。
「アリサ様が一度フィリス様とカイソウを採りに砂浜に行かれた時に、オレ護衛兼御者として一緒に行ったんですよー。もちろんそのときご挨拶もしたし」
…そういえばあのとき、フィリスが一瞬怪訝な顔をしていたような?
「それに、あの2か月前の騒動の時、オレ騎士団の一員として王太子殿下に同行してあの離宮の現場にいたんですよ。あのときフィリス様の後ろに立っていた騎士のこと覚えていません?」
…たしかにあのとき、涙を流しながらも最後まであの現場を見続けていたフィリスの後ろに、彼女のことを気遣うように付き添い続ける背の高い騎士様がいたわよね。
「ああ、あのときの!」
ようやく合点がいって、ポンと手を打つと
「アリィは僕のことしか見えていないからね」
とエリオットが嬉しそうに言う。
「あなたなんて印象に残らない薄っぺらい顔なのよ。自分は女性にモテモテだったんだぞとか、わけのわからないことを言ってうぬぼれるのはやめてちょうだい」
フィリスの冷ややかな言葉にロックスは冷や汗をかき、その場にみんなの笑い声が響いた。
今はまだ、ロックスが一方的にフィリスに思いを寄せている状況のようだけれど、なかなかいい組み合わせかもしれない。
フィリスはその日の夕方にはもうルデルリーに向けて出立した。
次はわたしがそっちに会いに行くからね、と約束を交わして。
次回、最終回です




