相変わらずな二人
もうしばらく二人だけの世界に浸らせたら、階下の使用人たちを呼びにいくとするか。
エリオットが目を覚ますや否やすぐに甘々モードに突入した二人を置いて、黒猫は静かにその場を離れた。
「ねえ、いつから起きてたの?わたしが喋っていたこと聞こえていたんでしょう?」
「『こんな形で裸を見ることになるなんて』あたりから」
エリオットがおかしそうに笑いながら答える。
「盗み聞きなんてダメよ、もうっ。どうしよう…すごく恥ずかしい」
涙目で抗議しているところへ、ノックもせずにセバスチャンが転がるような勢いで部屋に入ってきた。
そして、エリオットのベッドの横まで来ると
「……エリオットおぼっちゃま……」
と絞り出すようにそれだけ言って、泣き崩れた。
黒猫が1階に下りてきて、ニャオニャオ鳴き続けるのを見て、まずセバスチャンが飛び出していった。
それに続いて、レイラとニコラスも仕事の手を止めて駆けつけてきた。
この5日間、エリオットについていながら守ることも何もできなかったと自分を責めながら、悲痛な表情で淡々と事後処理作業を続けていたセバスチャンが大泣きしている様子を見て、その場にいたみんなが泣き、そしてエリオットの覚醒に安堵してみんなで笑った。
その夜。
ピリピリとした緊張感を漂わせながらエリオットに対峙しているわたしがいた。
ベッドの上で上半身を起こしているエリオットの顔をまともに見ることができなくて、伏し目がちに顔を火照らせながら、エリオットのボタンに手を伸ばしていく。
緊張のせいか上手くはずせなくて、ひとつひとつ時間をかけてはずしていった。
なんとか全部はずして、ふぅっと息をつく。
「これじゃまるで……」
ボソっとつぶやかれてエリオットを見上げると、エリオットは真っ赤になって横を向いていた。
「エリオット?」
「ダメだ。アリィの緊張感が伝わってきて、こっちまで恥ずかしい。というか、もはや拷問だ」
こちらに向き直ったエリオットにきっぱりと拒絶されたショックで固まるわたし。
「拷問って……そんな…」
「いや、だから…だから!ケガの手当はもう自分でするから大丈夫」
「ダメよ。わたしがするの」
「ああもう、アリィ、どう言えばわかってもらえるのかな…」
隣室から聞こえてくる二人のアホくさいやりとりを聞きながら、黒猫はベッドの上で伸びをした。
聞かされているこっちまで恥ずかしくなってくる。
しばらくすると今度は
「一緒に寝たいって言ったのはアリィのほうだよね?」
「だからあれは、元気になったらってこと。まだキズが痛むんでしょう?」
「痛いなんて誰が言った。僕が大丈夫と言っているんだから、もう大丈夫だよ」
「もうっ」
形勢が逆転した様子の、これまたアホくさいやりとりが聞こえてきた。
どうやら今夜からはまた、このベッドを独占できそうだ。
あくびをひとつすると、黒猫は一足先に眠りについたのだった。
******
目を覚ました翌日、セバスチャンから今回の王弟派閥による暗殺未遂計画の全貌を聞くエリオットは、眉をひそめたり、目を伏せたり、怒ったり…珍しく表情をころころ変えながら話を聞いていた。
「あの水晶が一斉に光りだしたのは、アリィの魔力が降り注いだからだったのか…アリィに助けられてばっかりだな。ありがとう」
「わたしのおかげというよりは、海神様のおかげよね。噂には聞いていたけど、エリオットが剣術の達人でよかった」
いろんな偶然やタイミングのよさが重なったのは、やはり海神様のご加護のおかげなんだろう。
わたしは祝福の石を握りしめて、改めて海神様にお礼を言った。
話を一通り聞き終えたエリオットが
「少し休みたい」
と言い、セバスチャンが退室した後、ひとりでゆっくり休んでもらおうとわたしも退室しようとしたところで、エリオットに腕をつかまれた。
「アリィはそばにいて」
なぜかエリオットは、少し寂しそうな顔をしている。
わたしはそのままベッドの横に座ってエリオットの手を握った。
「疲れたでしょう?わたしずっとここにいるから、安心して休んで」
するとエリオットはじっとわたしの顔を見つめて静かに言った。
「アリィは今でも、元の世界に帰りたいと思ってる?」
「…え?」
思いもよらぬ問いかけに戸惑って、言葉に詰まる。
「元の世界に戻れるかもしれないって聞いてフィリスについて行ったんだよね?」
「ああ、それのことね」
あの商人風のおじさんが持っていたのは、ただの魔力を吸い取る水晶玉で、しかもそれは王宮の宝物庫から盗み出したものだった。
あのおじさんもまた王弟ハリスの手下だったわけだけど、魔法に少し心得のある人だったらしい。
「もしかしたら上手くいくかも?っていう魔方陣のヒントをもらっちゃった。そのおじさん、小屋の壁に叩きつけられて大ケガしたみたいだけどね」
「…もしも本当に元の世界に帰れたんだとしたら…帰ってた?」
「うん」
即答したわたしを見て、エリオットがとても悲しそうに顔をゆがませた。
「ただし、一方通行だったら帰ってないよ。こっちにまた戻れるっていう確証があれば、行ってたと思う」
「…一方通行?」
「前はね、早く自分の世界に帰りたい!その方法を探さなきゃ!って思ってたんだけど、今は違うの。家族に何も言わずにいきなりこっちに来ちゃったから、もしも戻れるならせめて両親にだけでも『運命の人に出会えたから、その人と結婚します。いまとても元気だし幸せだから安心してね』って言いたいの。それだけ言ったら、またこっちに戻るつもりだったのよ?実際は、そんな都合よく行ったり来たりできないんだろうけどね」
「アリィ…ずっと怖かったんだ。アリィが僕に何も言わずに元の世界へ帰ってしまうんじゃないかって…」
「安心してエリオット。わたしはいま、あなたにベタ惚れなんだから」
かつて言われた台詞をお返しして、照れくさくなって笑ってしまった。
ついさっきまで情けない顔をしていたはずのエリオットは途端にうれしそうに顔を輝かせ、そしてホッとしたように笑った。
******
王都の酒場で、語り部たちがこの暗殺未遂事件のことをエリアス王子とそれを支える魔女の英雄譚として、まるでその場で見ていたかのように臨場感たっぷりに語り始めるのは、これからしばらくたった後のことだった。
それを小耳に挟んだアリサは、エリオットが刺客と戦うシーンをぜひ聞いてみたいと色めき立ったが、自分がハリスたちと対峙したシーンがどういうわけか「魔女自身がメヒョウに変身して…」と語られていることを知り、
「もうっなんでそうなるのっ!絶対聞きたくない!」
と、顔を真っ赤にして嫌がっていたらしい。




