決着1
残酷な描写がありますので、苦手な方はご注意ください
お互いの宣言通り、決着はあっさりとついた。
わたしには、ただ黒い影がヒュンヒュン飛び回っているようにしか見えなかったけれど、影が動くたびに
「ぐあっ!」
「がはっ!」
という短い叫び声とともに血しぶきがあがった。
剣をにぎったままの腕を咥えて、何事もなかったかのように軽い足取りでこちらへ戻ってこようとするシャールに
「だめ!それペッしなさい!」
と、あたりに漂う血のニオイにむせそうになりながら、慌てて命令した。
兵士たちはみんな、苦しそうなうめき声をあげながら倒れている。
たしかに誰ひとり死んではいないが、すぐ手当しないとヤバそうな人が数名いる気がする。
これでは、どっちが悪者かわからない状況じゃないか。
シャールは腕を捨ててわたしのすぐそばまで来ると、ネコの姿に戻った。
もうお腹は樽ではなくなっていて、いつものシャールだった。
「さすがに疲れた。あとはヨロシク」
そう言うと、血まみれの前足を舐めながら寝転がっている。
ハリスとミランダは震えながらお互いの体にすがりついて血の気を失っていた。
空が黒い雲に覆われていることには気づいているだろうか。
二人の立つ後方にある大きな木に向かって、わたしは雷を落とした。
ピシャッ!
バリバリバリ!!
轟音と焦げた煙が過ぎ去ったあとには真っ二つに割れた木が左右に倒れていた。
「どうする?まだやる?次はあなたたちの上に落とすわよ?」
ハリスとミランダは、へなへなとその場にへたり込む。
戦意はすっかり喪失したようだ。
一陣の冷たい風の後、その場に流れた血を洗い流すかのように雨が降り始めた。
馬が駆けてくる音が聞こえて振り返ると、黒い屈強そうな馬に乗ったランドールとフィリスが、同じく馬にまたがった数名の騎士を従えてやって来るところだった。
よかった。
フィリスはちゃんと助けを呼んでくれたのね。
「王宮に走って戻る途中でランドールお兄様に会って、そのまま馬に乗せてもらったの。うちの門からダミーの荷馬車が何台か出て、お父様に縁のある場所にそれぞれ向かっていたものだから、場所の特定に手間取ったのですって」
馬からおろしてもらったフィリスが真っ先にわたしのところへやって来た。
ランドールはすれ違いざまにわたしの頭をポンポンして、ハリスとミランダへ向かって真っすぐ歩いてゆく。
ランドールの表情を見ることはできなかった。
大怪我を負った兵士たちは捕えらえたあと、ちゃんと手当してもらえるだろうか。
「あのね…あまり見ないほうがいいわ。ちょっと刺激の強い凄惨な状況なの」
わたしはフィリスの視界を塞ぐように立ちはだかったが、フィリスはそれを拒否するかのようにわたしを押しのけた。
「いいえ。わたくしを殺そうとした愚かな大人たちの末路をしっかりと見届けますわ」
フィリスは雨に濡れるのも厭わず、目に涙をいっぱい浮かべて震えながら、それでも真っすぐ目の前の光景を見つめている。
背の高い一人の騎士がそんなフィリスのすぐ後ろに立って、彼女のことを黙って見守っていた。
この場はその騎士に任せて、わたしはシャールを連れて馬車の荷台に戻り、落としたままになっていた銀細工のバレッタを拾い上げ、髪にとめた。
「ねえシャール、あなた本当はヒョウだったの?それともネコ?」
「さあな、もう忘れた。その両方だな」
「助けてくれてありがとう。すごく強くてびっくりした。シャールがいてくれてよかったわ」
シャールを抱きしめると
「あんたこそ雷落とすとか、あれヤバイだろ。びびったわ、オレ」
ボソっとつぶやく黒猫。
「あれぐらいしておかないとね。また仕返ししてやろうっていう気が失せるぐらいにしておかないと、また面倒なことになるのは御免よ」
「同感」
わたしたちは顔を見合わせてクスクス笑った。
こっちは決着がついた。
エリオットのほうは?エリオットは無事なの?
わたしは祝福の石を握りしめた。
「海神様、どうかエリオットを守ってください」
祈りながら、今すぐエリオットのもとへ行けたらいいのにと願った。
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手足の感覚が全くなかった。
呼吸も苦しくなってきている。
朦朧としていて、あれから時間がどれぐらい経ったかすらわからない。
暗闇で狭い通路の横穴に倒れている自分を誰かが発見してくれるだろうか。
兄ほどではないが、毒に対しては自分もある程度の耐性はあるはずなのだが…。
アリサの笑顔を最後にもう一度見たい。
それなのに、瞼の裏に浮かぶのはアリサの泣き顔ばかりだ。
喧嘩をしたのはいつだったか…昨日か。
昨日の喧嘩がやけに遠い過去のことように思える。
笑って許してやれなかった自分の器の小ささが呪わしい。
こんなことになってしまったのは、その罰が当たったんだろうか。
アリサ…アリィ……
ぼんやりとした視界の端で、青白い光が見えた気がした。
駆け寄ってくる足音と、自分の名を叫ぶように呼ぶその声は―。
ああ、結局泣かせているじゃないか。
僕は大丈夫だからどうかきみも笑ってと、笑顔で言いながらその涙を拭ってあげたいのに、もう指一本も動かせない。
自分の名前を呼び続ける悲痛な声を聞きながら、沈みゆく意識に抗うことができず暗闇へと落ちていった――。




