陰謀2
アリサがフィリスと共に出かけた後、しばらくして王宮内に響き渡った爆音と振動に驚き、レイラは窓に駆け寄った。
外は妙にまぶしくて、しかもキラキラと光の粉のようなものが降り注いでいた。
しばしそれに見とれていたが、厨房から出てきたニコラスの足音を聞いてハッと我に返る。
「どうしましょう。アリサお嬢様が外に」
おろおろするレイラに
「いま外に出るのは危険だ。嬢ちゃんは心配だが、しばらく様子を見ましょうや」
とニコラスが声をかけた。
いきなり戦争でも起きたのかというような爆発音。
何が起きたのかわからない状況で外へ飛び出すのはたしかに危険だ。
そうですね、とレイラは落ち着きを取り戻しながら答え、部屋から出ていこうとのそのそ歩いている黒猫を抱きか抱えた。
「ネコちゃんもお嬢様のことが心配でしょうけど、お嬢様からお世話を仰せつかっておりますので、外へ出てはいけませんよ」
そう告げると、黒猫は少し困った表情になった気がした。
ほどなくすると騎士団や警備兵が行きかう音で外が騒がしくなり始め、安否確認のためにそのうちの警備兵二人がこの屋敷を訪ねてきた。
「エリアス殿下と執事のセバスチャンは、本日は朝から水晶鉱山の視察にお出かけです。家の中にいた者にケガはございません。アリサ様でございますか?……外出中です。詳しいことはわかりかねます」
警備兵からの問いかけに、フィリスと二人で出かけたと正直に答えるのが憚られてあやふやにしておいた。
しばらくアリサの帰りを待っていたが一向にその気配がなく、レイラは仕事が何も手につかないまま窓から外を見てはため息をついていた。
やはり、外の様子を見に行こう。
とレイラが立ち上がったとき、何度かの脱走をあきらめて床に寝そべっていた黒猫の前の空気が揺らぎ始めた。
驚いてその光景を見ていると、何もないはずの空間に裂け目が現れ、黒猫がゆっくりと立ち上がる。
そして黒猫は、レイラを1度だけ振り返ると、その裂け目の向こう側へと消えていった。
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のそのそとゆっくり登場したシャールはまだお腹が樽のままだった。
シャールの体が完全にこちらに来たところで、空間の裂け目はスッと消える。
「よお。ずいぶんとピンチな様子だな」
シャールが近づいてきて、わたしの頬をペロリと舐めた。
ザラっとした舌の感触。
そのひと舐めで、魔力が少し回復したのがわかった。
「ありがとうシャール、約束通り来てくれたのね。いまのワープゾーン、呼べばいつでも出せるの?」
「まさか。命に係わる大ピンチのときだけ特別に発動するらしいぜ」
なんだ、そっか。残念。
裏を返すと、いまはその「命に係わる大ピンチ」ってわけね?
「待ってろ、ちょうど昨日吸い取った魔力、あんたに返すから」
シャールの言葉に、首を横に振る。
「まだよ。ギリギリまでブタネコのままでいて。そのほうが相手も油断すると思うから」
「オイ、なんだ『ブタネコ』って!」
「ふふふっ、わたしのこと守ってね」
「任しとけ、こう見えてもオレは強いからな」
シャールの琥珀の目が不気味に輝いている。
シャールも魔法が使えるんだろうか?
馬車のスピードがゆっくりになり、完全に止まった。
わたしの魔力量に耐え切れずに水晶玉が割れて爆発したのは、相手にとっては誤算だったにちがいない。
フィリスには申し訳ないけど、海神様の祝福の石に関しても、彼女に少し嘘をついて情報を流し続けたのだから、この先でわたしを待っているのは大物にちがいない。
「このペンダントはね、人を選ぶのよ。もしもわたしに何かあったら、次にこのペンダントに触れることができた男女が救世主になるの」
一緒にお茶を飲んでいた時に、フィリスがじーっとペンダントを見つめているような気がして、そう言ってみた。
「では、一度その石に拒絶されたわたくしにも、まだそのチャンスがあるってことかしら」
アゴをツンと上げてフィリスは言った。
「そうね、せいぜい頑張って」
わたしたちはクスクス笑いあった。
あの他愛もないやり取りですら、それぞれの思惑があったのだ。
わたしは、命を狙われたときにこの祝福の石目当てに大物が来るように餌をまいていたのだし、フィリスはこの会話を「貴重な情報」として父親に流していたはずだ。
荷台の扉が外側から開かれた。
兵士風の男は、中の様子を確認して目を見張った。
ここに運び入れたときとかわらず手を縛られてぐったりと横たわる魔女はいいとして、フィリスが見当たらずにかわりに黒いブタ……いや、ネコ?がいて、目が合うと「ぶにゃー」と不細工な声で鳴いた。
「フィリス様は、わたしの髪飾りを触ろうとして呪いを受けてブタネコになったわ。あなたも気を付けることね」
男の顔が青ざめながら床に落ちたバレッタ、わたしの少し乱れた髪、そしてシャールを順番に見た後、扉をバタンと閉めた。
あら、嘘だってバレたのかしら…やっぱりバレるよね。
と思っていたら、再び扉が開いた。
「魔女もネコも降りろ」
どうするか確認しに行っていたらしい。
「ねえ、ちからが入らなくて、手を縛られてるままだと降りるどころか起き上がることもできないんですけど?」
そう告げると、男はチッと舌打ちして荷台に上がってくると、恐る恐るわたしをツンツン突っついてみたり、足を少し持ち上げて落としてみたり、本当にちからが入らないということを確認してから手を縛っているロープをほどいた。
そしてわたしは、両脇を抱えられズルズルと引きずられながら荷台から降りることとなった。
シャールはその横を「ぶにゃー」と鳴きながらヨタヨタ歩いてついてくる。
馬車のすぐ近くの芝生に下ろされて、手が自由になったところでなんとか上半身を支えながらペタンと座る状態になった。
シャールがわたしの横にピッタリくっついて少しずつ魔力をこちらへ流し始めたから、徐々にちからがみなぎってきたけれど、それを悟られないようにゆっくりと顔を上げた。
目の前には二十名ほどの兵士、そしてその向こうには国王陛下の弟であるハリスと、国王陛下の妻であるはずのミランダが並んで立ってこちらを見ていた。
そのさらに向こうに見える建物の雰囲気からすると、ここはフィリスの言っていた通り、離宮の敷地だろうか。
大物の黒幕がまんまと出てきてくれたことに、ほくそ笑みそうになるのをごまかすために再び顔を伏せると、わたしがガックリ絶望していると受け取ったのか、ハリスの得意げな声が聞こえた。
「いろいろ誤算があって事後処理が面倒なことになりそうだが、フィリスが不細工なネコになったのはうれしい誤算だな。逡巡することなく殺せるではないか。感謝するぞ、魔女よ」
自分の娘を殺してまでこの祝福の石が欲しいの?
顔を上げて、ニヤニヤ笑うハリスを見つめる。
そのハリスの横ではミランダが悪そうな微笑みをたたえていた。
わたしを殺しても、たとえ首をはねたとしても、どうせあなたたちにはこの石に触れることすらできないはずよ。
ミランダがさまざまな疑念をかけられる危険を犯してまでここにいるのは、ハリスよりも先にこのペンダントを手にしたら、トンズラする気なんじゃないかしら。
あるいはこの場でハリスも殺すつもり?
あなたはたぶん、この石を息子のサットン王子と分かち合いたいんでしょう?
「あのオジサン、女は怖いってことがわかっていないようね。ていうか、あなたがフィリスだと信じてるみたいよ?」
『不細工』よばわりされ、キシャー!と毛を逆立てて怒っているシャールに囁いた。
「まとめて瞬殺してやるっ!」
物騒なことを言い出したシャールに
「お願い、誰も殺さないで。動けなくしてくれるだけでいいから」
と言うと、シャールはため息をつきながら
「あのなあ、そのほうが難しいってわかって言ってんのか?相変わらずメンドクサイ奴だな」
と言った。
「―――!」
シャールの気配が突然変わった!と驚いて二度見したときにはすでに、シャールは大きな黒ヒョウに姿を変えていた。
「魔力の枯渇した魔女など恐れることはない。さっさと殺してしまえ!」
ハリスの声で兵士が一斉に武器を構えた。
「さっさとケリをつけたいのはこっちも同じよ!」
わたしが立ち上がったのと同時に、シャールは音もなく跳躍して兵士たちへと向かっていった。




