陰謀1
ガタゴトと揺れる不愉快な状況で目を覚ました。
この揺れは……?
どうやら走る馬車の荷台に乗せられているらしい。
咄嗟に起き上がろうとして、それが叶わず横向きに倒れたまま動けない自分に気づいた。
起き上がれない理由は、力が全く入らないのがひとつ、もうひとつは両手を後ろ手に縛られているからだった。
目の前には、同じく後ろ手に縛られているせいで涙をぬぐうこともできないまま、さめざめと泣き続けるフィリスの姿があった。
泣いている姿もまた、はかなく美しくて、この姿を一目でも見た男の人は誰でも彼女を放っておけなくなるのではないだろうか。
そんなことを考える状況でないことを理解しつつも、ついつい思ってしまう。
「……フィリス…さま」
かすれ声で名を呼ぶと、フィリスはハッと泣くのをやめ、わたしを見た。
「目が覚めたのね。大丈夫?」
にじり寄ってきて、わたしの顔を覗き込んできた。
「大丈夫……ではないかな、ははは」
力なく正直に答えると、フィリスの目にはまた涙があふれかえる。
「ごめんなさい、わたくしが馬鹿だったわ。こんなことになるなんて…」
フィリスは、わたしに向かって頭を下げた。
薄々わかってはいたけど、わたしの魔力を吸い取ったあの水晶玉の商人風の男に、このフィリスも加担する側の人間だったということね。
「この際だから、知っていること全部話してもらえると助かる」
「…お父様に、魔女を連れてきたらエリアスお兄様の暗殺計画を先延ばしにしてやるって言われたの。わたくし、その約束を守って、あなたを言われたとおりに連れて行ったのに、あんなことになって……気を失ったあなたと一緒に何故かわたくしまで縛られるし、お兄様ももう今頃死んでいるだろうって聞かされて…」
そこまで話して、フィリスは言葉を詰まらせうつむいた。
エリオットは今日、水晶鉱山の視察に行っているはず。
最初から殺すつもりで呼び出したってこと…?
「大丈夫…きっとエリオットは大丈夫だから…」
わたしは震える声で自分自身に言い聞かせるように言う。
フィリスは泣きながら顔を上げ続けた。
「約束が違いますって言ったのよ。それなのに、お兄様は最初から殺すつもりだっただの、あんな爆発を起こしてどうしてくれるんだ、おまえも殺すしかないだの、実の親が娘に言うことですか!」
フィリスの涙は悲嘆から怒りのそれへと変わってきている。
「落ち着いて。ひとつ確認なんだけど…どうしたい?ここから逃げることができたら、王弟殿下を…お父さんを告発しても構わないと思ってる?」
わたしのその問いかけに、フィリスは泣くのをやめてヒュと息を吸い込んだ。
そこまで考えていなかったらしい。
数秒の沈黙の後、フィリスは遠くを見ていた瞳の焦点をわたしに合わせ、その美しい顔に怒りをたぎらせながら
「わたくしを殺そうとしているあんな男なんて、さっさと地獄に落ちればいいですわっ!」
と、きっぱり言い放ったのだった。
「わかった。じゃあフィリス、体勢がちょっと大変だろうけど、わたしの髪留めのバレッタを外して、わたしの手に握らせてもらえない?」
髪の長い女の子なら誰しもがバレッタは簡単に外せるはずだ。
たとえ、その手元が見えなくても、後ろ手に縛られていようとも。
フィリスは神妙な顔で頷くと、わたしの後ろに回り、いとも簡単にそれをやってのけた。
バレッタを強く握ると、以前、お試しでバレッタの細工の宝石にこめた魔力が手を通じて戻ってくるのを感じた。
よし、あの冷や汗だらだらの大実験は無駄ではなかった!
さっきまで起き上がることもできず、会話するのも辛そうだったわたしが勢いよく体を起こしたのを、フィリスが驚いて見つめている。
コホンと小さく咳払いをして
「さてと、今この馬車がどこを走っていてどこへ向かっているかわかる?」
と尋ねると、フィリスは自信満々に答えた。
「王宮からそう遠くへは行ってないわ、出発してすぐにあなたが目を覚ましたから。行先は離宮だと思う。今日お父様はずっと離宮にいる予定だったんだもの。あと15分ぐらいで着くはずよ」
わたしは頷いて、フィリスの両手を縛る縄を見つめ「解けろ」と念じた。
ハラリと縄が解けてフィリスがまた驚く。
「王宮へは自力で走ってもらうことになるけどいい?確実に王太子殿下のもとへ行ってね」
「あら、わたくし実は運動とかくれんぼが得意なのよ」
フィリスが不敵に笑った。
それなら任せても安心だ。
フィリスのプライドを傷つけない程度に彼女の両足に身体能力強化の魔法をかけた。
そして荷台の外側からかけられている錠前を「ひらけゴマ!」で開けると、風を起こしてフィリスを馬車の外へと運んだ。
もちろん、彼女が盛大な尻もちをつかずにすむように調整しながら。
あっという間に離れて小さくなっていくその姿に「幸運を」と祈りをささげて、何事もなかったかのように荷台の扉を閉めて錠前もかけなおした。
わたしの手を縛っているロープもそのままで、わたしは再び床に横になった。
バレッタの宝石は小さくて、そこに注入していた魔力もわずかだ。
フィリスを逃がすために使った魔力で回復分をほぼ使い切った。
でもわたしには「とっておき」がある。
利用したことがないから、果たして本当に役に立つのかどうかは知らないけれど…。
今日ここで全て終わらせて、そのあとエリオットを助けに行くんだから!
「シャール!たすけて!!」
いつだったか、珍しく真剣な口調で「いざとなったらオレの名前を呼べ」と頼もしいことを言ってくれた黒猫の名を、最後の力を振り絞って叫んだ。




