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異世界召喚された直後に求婚されました  作者: 時継
第二部

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閑話・フェルナンド公爵

「ヨナハン伯爵は魔女に魂を売った」


領地の畑へ祝福を授かって土壌が豊かになったことにより大豊作確定。

その噂はあっという間に広がり、あいつは魔女に魂を売ったと囁かれ始めて久しい。


もちろん魂など売ってはいない。

ただ興味本位で噂の魔女にお目にかかりたくて、少々大げさに『土地が痩せて困っている』と書いて、王太子殿下直通のご意見箱に入れただけだ。


それが、あれよあれよという間に「エダマメ」という名の若い大豆を小麦の二毛作の裏作にすることとなり、そのエダマメの普及に尽力する羽目に…。


「政治には一切興味がない。派閥とやらに属したり与することはない」

そう言い続けていたはずの自分が、気が付けば

「魔女に魂を売った」

「王太子の子飼い」

と言われているのだから、人生何が起こるかわからないものだ。



今日は、豊穣の女神様お供えする葡萄酒をもらいに親友のカークス・フェルナンド公爵家に来たのだが、代金はきちんと支払うといくら言っても

「じゃあ出世払いにしておこう」

と、冗談なのか本気なのかよくわからないことを言って微笑むカークスに、それ以上何も言えなくなる。



カークスとは学生時代からの知り合いで、30年来の付き合いになる。

当時の彼は男の自分でも見惚れるぐらいの美少年であり、しかも公爵家の長男という「優良物件」で、いつも無口で気だるそうにしている様子でさえも女子生徒たちの心をつかんで離さず、それはもう羨ましいを通り越して気の毒になるほどモテモテだった。


「ベルゼ…僕は君のような平凡な顔に生まれたかったよ」

何気に失礼なことを言われても怒る気にならなかったのは、「私を婚約者にしてくれなければ死ぬ」という手紙をよこしたご令嬢が本当に自殺未遂騒動を起こし、カークスがとてもショックを受けていたからだ。


そのご令嬢はカークスが脈無しと見るや、「自分にとっては命がけの恋だったのに、カークスにひどい仕打ちを受けた」と吹聴して同情を買い、別の優良物件を見事にゲットしたらしい。

あの自殺未遂だって、死ぬ気などサラサラないただのパフォーマンスだったのだろう。


こうして彼の女性不審はますます加速していき、私自身は「平凡で平穏な人生」もまんざらではないということを学んだ。


そんな我々が年を重ねた今でもこうして親交をあたためているのは、自分にはないものを持っている相手にお互い憧れ続けているためかもしれない。

…などと言うのは、私のうぬぼれだろうか。



中年になってもカークスの容姿は麗しいままで、しかも若いころにはなかった色気まで纏っていて、断れない類の夜会に顔を出そうものならご婦人連中だけでなく娘ほど年の離れた若いご令嬢までもが、彼と目が合うと頬を赤く染めるのだ。



「ああ、そういえば先日、魔女のアリサ様が来てね」

カークスのその言葉に驚いて、飲んでいた葡萄酒をブッと噴き出してしまった。


「失礼。…カークス、すまない。君を巻き込むつもりは全くなかったんだ。殿下も救世主様もお人が悪い。裏でこそこそそんなことをするだなんて。きちんと釘を刺しておくべきだった」

私は立ち上がってカークスに頭を下げた。


国内に5つしかない公爵家。

出世欲や野心があればいくらでも王宮の中枢に入り込んで、国を動かすことも可能である立場であるにもかかわらず、カークスはフェルナンド公爵領の当主となってからも政治には一切の興味を示さず葡萄酒づくりに没頭している。

彼の作る葡萄酒は国内外で絶賛され、交易品の目玉商品のひとつにもなっているため、数々の要職就任の打診を断り続けても公爵家であり続けているのだ。


自分がこれまで「政治に興味はない」と言い続けていたのは、彼の真似であり、彼を政治的なことに巻き込みたくなかったからだ。


私とカークスが学生時代からの親友であることは有名で、カークスを攻略するためにはまずベルゼ・ヨナハンに近づくといい――学生時代からそう言われていた。

カークスがあまりにも冷たくあしらうため、私を通じてラブレターやプレゼントをなんとか渡そうとする女子生徒のなんと多かったことか…。


まさか第三王子と魔女がそんな見え見えの戦法でカークスを狙ってこようとは…。正直ガッカリだ。


カークスに向かって頭を下げたまま悔しさに震えていると

「…ベルゼ、君が何を勘違いしているのか大体の察しはつくけどね、彼女を呼んだのは私だよ」

というのんびりとした声が聞こえた。

「えっ!」

意味がよくわからず、頭を上げて、とりあえずイスに座りなおす。


「ジュディシス妃のお披露目パーティーのときに並んでいた料理の中に見慣れないものがあってね、それがアリサ様の故郷の料理らしくて、その料理についていろいろ聞きたかったんだ。白葡萄酒によく合う料理だったものだからね」


なるほど。

島国から若いお妃さまが嫁いできたときに、王族・大臣・公爵家のみでこじんまりとしたお披露目パーティーが催されたとは聞いていた。


「むしろ私が、君の名前を利用させてもらったんだ。『ヨナハン伯爵領にいつも葡萄酒を提供しているフェルナンドだが、一度アリサ様にお会いしたい。アリサ様の故郷の料理や酒の話を聞かせていただきたい』とね。すぐにお返事が届いて、わざわざ訪ねてきてくれたんだよ」

カークスは優雅に笑いながら、そのときの面会のことを説明してくれた。


アリサ様が手土産に故郷の郷土料理をたくさん持参してくれて、彼女自身がずっと何かをもぐもぐ食べながら料理の説明をしてくれたこと。

その姿がまるでリスのようで、とてもかわいらしかったこと。

アリサ様の故郷では、葡萄酒のことを「ワイン」と呼び、フェルナンド公爵領のような醸造施設を「ワイナリー」と呼んでいること。

その場で魔法を披露してくれて、白葡萄酒が発砲酒になったこと……。



「わたしもお会いしてみたかったんです。お願いしたいことがあって」

あらたまって遠慮がちに言うアリサの態度に、カークスも少し身構えた。


「こういう魔法で人工的に気泡を加えた葡萄酒ではなくて、製造過程で気泡を入れる?残す?っていう作り方で、発砲葡萄酒を作ることは可能でしょうか?」


「うん、こういう作り方をすればいいのかなっていう心当たりはありますよ。発酵の過程で気泡が発生したら、それを逃がさないようにその時点で栓をするなり蓋をするなりで密閉して、その状態のまま熟成させればいいのかな。

後から気泡を追加されたこの葡萄酒と、早めに栓をして気泡を閉じ込めながら熟成させた葡萄酒をぜひ飲み比べてみたいですね」


「ですよね、ですよね!ぜひ作っていただきたいです!」


カークスは、アリサの前のめりな様子に思わずこぼれそうになった笑みをこらえ、ひとつ咳払いをしてから静かに尋ねた。

「私に発泡葡萄酒を作らせる目的は?」


アリサは一瞬口をつぐんだと思ったら、今度は頬を赤く染めながら

「エリオットが……あ、えーっとエリアス殿下が、発泡葡萄酒と塩ゆでした枝豆の組み合わせをとても気に入ってくれているので、魔法を使わない発泡葡萄酒を飲んでもらいたいって思ったからです」

と、照れながら言った。


新商品のアイデアをやるから、そのかわりに自分たちの味方になれとでも言われるのかと警戒していたのが馬鹿馬鹿しくなるような、恋する乙女の願い事に思わず声を立てて笑ってしまった。


するとアリサはますます真っ赤になりながら

「すいません。こんな個人的で不純な動機で作ってもらおうだなんて、わがままですよね。忘れてください」

と消え入りそうな声で言ってうつむいてしまった。


「いやいや、大いに結構。愛だねえ。そういうの、私は好きですよ。ぜひ協力させてください」

パッと顔を上げたアリサを目が合い、微笑んで見せたが、アリサにはカークスの「女殺し」の微笑みいは全く通用しないようで、

「楽しみです。ありがとうございます」

と言いながら喜ぶアリサの頭の中には、エリアス殿下以外の男性が入り込む余地は全くない様子だった。


アリサを迎えに来たエリアス殿下に、彼女には聞こえないように

「私と彼女を二人っきりにして、心配ではありませんでしたか?」

と少々意地悪な質問をすると、彼は営業スマイルを一瞬だけ不敵な笑みにかえて


「救世主様は色気より食い気が優先ですので。……それに、彼女の頬を赤く染めることができる男は自分だけだという自負がありますゆえ」

と答えたのだった。


アリサを迎えに来て彼女の顔を見たときに、一瞬ホッとした表情を浮かべたくせに…とつっつきたくなるのをこらえながら、カークスは

「愛ですねぇ」

とだけ言って微笑んだのだった。



これがきっかけでアリサ様とカークスは料理の話で盛り上がれる友人関係となり、いつの間にかそこに王弟殿下のご息女であるフィリス様やカークスの妻まで加わって、「女子会」なるものがフェルナンド公爵家で定期的に開かれるようになった。


カークスは「女子」でもなければ「女子っぽい」わけでもなく、まぎれもない「男」なわけだが、なぜかその「女子会」への参加を許されているらしい。

平凡な中年のおじさんである私が呼ばれることは、これから先もないだろう。



これはさらにずっと後になってから、エリアス殿下やアリサ様とかなり砕けた話もできるようになった頃に、ずっと気になっていたことを聞いてみた。


「あのとき本当に、フェルナンド公爵を味方に引き入れたいという下心はなかったんですか?」


するとアリサ様は――まあこれは想定の範囲内ではあったが――意味がよくわからないと言いたげにキョトンとした顔で首を横にかしげた。


エリアス殿下は彼女のその様子を愛おしそうに目を細めて見たあと

「全ては海神様のご加護ですから」

と優雅に微笑みながら、私の質問を煙に巻いたのだった。

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