晩餐会2
「痛っ!」と弾かれた手を押さえるフィリス。
祝福の石を握りしめて、そんなフィリスを座ったまま見上げるわたし。
タイミングの悪いことに、そこへランドールとエリオットが入ってきた。
二人とも、わたしたちの不自然な雰囲気にすぐに気づいて「ん?」という顔をしている。
するとフィリスは、フットワーク軽くエリオットのもとへと駆け寄ると、エリオットに抱きついた。
「エリアスお兄様、どうかアリサ様を叱らないで差し上げて」
涙目でエリオットを見上げながらフィリスが言う。
「え?」
エリオットは戸惑いながらフィリスとわたしを交互に見た。
「わたくしがアリサ様に祝福の石を見せて欲しいとわがままを言ったんですもの。拒絶されて手を叩かれても当然ですわ」
小刻みに震えながら訴えるさまは、か弱い被害者そのもので、もしかすると本当にわたしに手を叩かれたと勘違いしているんじゃないだろうかと思ってしまうほどの名演技だ。
わたしはフィリスの変わり身の早さに驚いて、ただただポカーンとすることしかできず、そんなわたしを尻目にフィリスは、わたしを庇うようなフリをしながら、わたしに意地悪なことをされたと、エリオットに抱きついたまま遠回しに訴え続けている。
わたしは呆れながら小さくため息をついて立ち上がった。
「あのねぇ」と言って近寄ろうとしたところで、これまたタイミング悪く
「みなさんお揃いになりましたので、これより晩餐会の会場にご案内いたします」
と、このお屋敷の執事さんが呼びに来た。
その結果、エリオットはフィリスをエスコートする形になり、わたしはランドールにエスコートされて廊下を進んだ。
ランドールが当たり前のようにわたしの腰に手を回してきて、不愉快極まりない。
後ろを歩くエリオットもフィリスにこうしているんだろうか。
わたしがムスッとした顔をしているのをランドールが覗き込んではニヤニヤしているのも気に入らない。
「もう帰りたい」
ぼそっとつぶやくと、ランドールがわたしの頭をポンポンしながら
「そう拗ねるな。まあ、オレならほかの女に気安く抱きつかせるようなことはしないけどな。なんならオレと結婚するか?」
と耳元でささやいてきた。
もうっ、この人は二言目にはすぐ「結婚」って、どんだけ女たらしなのよ!と心の中で叫びながら
「しませんっ!」
大きめの声で言ってしまった。
ランドールは、あははと笑いながら、立ち止まったわたしの腰に再び手を回して、前方へ進むように促した。
案内された部屋に入ると、そこにミランダとサットンが立っていて出迎えてくれた。
ミランダはボルドー色の長い髪に、それよりも少し茶色がかった勝気そうな目をしている。
その隣に立つのは、なんともかわいらしい、少し赤みがかった金髪の男の子だった。
今夜の晩餐会を楽しみにしていたのか、頬が上気して赤く染まり、青い大きな瞳をわくわく輝かせながらわたしを見つめていた。
「ミランダ様、本日はお招きにあずかり誠に光栄です」
ランドールが挨拶をすると
「ランディ、お久しぶり」
とミランダ妃が真っ赤な口紅をひいた唇を上げて妖艶な笑みを浮かべた。
するとランドールは少し顔をしかめて言う。
「その呼び名はいい加減おやめください。私はもう子供ではないのですから」
「あら、大人だと言いたいなら早く結婚して陛下を安心させてあげてちょうだい」
「救世主のアリサ様に何度も求婚しているのですが、ついさきほどもフラれたところです」
「―――!」
ちょっと!何てこと言うんですかー!
わたしは驚いてランドールとミランダ妃を交互に見て口をパクパクさせることしかできない。
「初めまして、お会いできてうれしいわ」
ミランダが視線をわたしに移して微笑んだ。
「初めまして、鈴木ありさと申します」
もっときちんとした挨拶を練習していたのに、ランドールがいきなりヘンなことを言ったせいで、そのセリフが全て吹っ飛んでしまった。
「うぶそうなお顔でランディとエリオットの両方を手玉に取るだなんて、そのテクニックを見習いたいわ、かわいらしい魔女さん」
「いえ…あの、違いますから。ランドール殿下の冗談ですから」
もうっ、ランドールのせいで勘違いされちゃったじゃないか。
いつか「ランディ」って呼んで、からかってやるからね!
自分の顔がみるみる熱くなるのを感じながらどうしようかと思っているところへ、不意にやわらかいものがわたしの手を握った。
ん?と視線を下におろすと、サットンがまるっこい両手でわたしの右手を包み、
「魔女のお姉ちゃん、こんばんは」
と言い、無垢でかわいらしい笑顔を向けてきた。
ああ、癒される。なんてかわいいんだろう。
しゃがんで目線を合わせ
「サットン殿下、初めまして。本日は招待していただいてありがとうございます。お会いできることを楽しみにしていました」
と挨拶すると、サットンはそのままわたしの手を引いてテーブルまで案内してくれた。
「今日はね、魔女のお姉ちゃんは僕の隣の席だよ」
テーブルには1脚だけ座面の高い「お子さま椅子」が用意されていて、サットンは執事に抱えあげられてそこへ着席する。
わたしはその隣に座り、一通り挨拶を終えた全員が着席した。
サットンのかわりにミランダが乾杯の挨拶をして晩餐会が始まった。
ここへ来る途中に聞いたセバスチャンの説明では、こういう私的な晩餐会でもランドールは必ず事前に毒見をさせているという。
使用する食器は銀食器。
ある特定の毒に触れると銀が黒く変色するので、毒混入防止に身分の高い人たちの使う食器は銀が主流らしい。
そして、料理は個別に皿に盛られて厨房から運ばれるのではなく、鍋や大皿のままワゴンでテーブルのそばまで運ばれ、そこで取り分けられてから各々の前に置かれるという風習がこの国にはあるそうだ。
特定の人を狙って毒を盛られないようにするためなんだとか。
なんだか物騒な話だ。
この国はそんなに毒を警戒しないといけないのか。
どうやら、毒を盛った側よりも、毒入りの食事をまんまと口にしてしまった側のほうがマヌケで愚かだと受け取られる風潮すらあるらしい。
だからルデルリーからこっちに来て早々にランドールに「毒には気をつけろ」と言われたのね、と改めて思う。
ただ、今日は5歳の子がいるのに、まさか毒なんて入れないでしょう!?
と思っているけど、甘いだろうか。
こんなかわいい子の母親が毒婦で、この子もいずれそれに加担することになるのだとしたら、いたたまれない。
料理が続々と運ばれて、なごやかなムードで晩餐会が進んでいく。
フィリスが、わたしの知らない人物の話題ばかり出すのはわざとだろうか。
「エリアスお兄様の中等学院時代の同級生だったロックス様、いま彼が何をしているか知っていて?ミランダ様もご存知でしょう?彼、とても背が高くて目立つから」
こんな具合に、わたしは全く話題についていけない。
でも平気。
それはサットンも同じようだから。
周りの会話には全く興味を示さず「この野菜きらーい」と言いながらサラダをフォークでつっついて遊んでいたりする。
フィリスはエリオットの隣に座り、食事中も何かとベタベタ甘えながら笑顔を振りまいている。
わたしはそれを見ていられなくて、応接室を出てからまだ一度もエリオットと目を合わすことすらできないでいた。
それでも、場を盛り上げてくれていることに関してはフィリスに素直に感謝しつつ、わたしはサットンの隣の席でよかったと思うのだった。




