晩餐会3
「ねえお姉ちゃん、お姉ちゃんは悪い魔女をやっつけたんでしょう?どんな魔法でやっつけたの?」
サットンのその質問は不意打ちの爆弾発言で、その場にいた全員が動きを止めて静まり返ってしまった。
意地悪な質問を魔女にしろと母親から言われているんだろうか。
この話題にはできるだけ触れてほしくない、わたしにとってはタブーであることを知っての質問だろうか。
それとも幼い子供特有の遠慮のない発言だろうか。
「お姉ちゃんね、魔法を使ってやっつけたんじゃないのよ。暖炉の中に投げ入れてやっつけたんだから」
おどけた風に言ったつもりだったが、最後のほうは声が震えてしまった。
エリオットが心配そうな顔でこっちを見ているのが視界の端にうつる。
サットンはそのことには気づかなかったようで、しばらく首をかしげながら遠くを見て、おそらくその場面を想像したあと
「お姉ちゃんて、力持ちなんだね」と、今度はどういうわけか尊敬の念が含まれたようなキラキラしたまなざしを向けてきた。
「ははは、まあね」
真相は、バラに宿ったプリシラを鉢植えの状態で暖炉に投げ入れたわけだけど、おそらくサットンも周りにいるあの一件の詳細を知らない人たちも、小柄な私が大人の魔女を抱え上げて暖炉に放り込む様子を想像して、とんだ怪力オンナだと思ったのではないだろうか。
いいじゃないの、そう思わせておくわ。
横にいるサットンから目を離してテーブルの正面を向くと、そこに座るフィリスが少し青ざめてわたしを見ていた。
ふふん、せいぜい怖がるといいわ。
わたしを怒らせると怖いんだからね。
フィリスに向かってにっこり微笑むと、彼女は慌てて視線をそらし、別の話題を提供し始めた。
目の前には取り分けられた白っぽい、ころんとした姿の魚のグリルがお皿に乗っている。
「漁船の船長から、とても珍しいという魚をいただきましたの」
とミランダが話している。
この魚、見たことあるなあ、なんだっけ?
と考えていると、
「じゃあお姉ちゃんは、どんな魔法が使えるの?」
サットンがわくわくしながら聞いてきた。
「う~ん、魔法ねぇ…」
一般的な魔女はこういうとき、どんな魔法を披露するんだろう?
いきなり炎をボッと出すとか?
いや、危険だわ。加減をまちがえたら大変なことになる。
「何か見せて!」
どうしようか困りながら、ふとサットンが持っているオレンジジュースのコップに目が留まった。
よし、やってみるか。
人差し指をクルっと一回転させたのはまあ演出で、最後にトントンとコップを触った。
オレンジュースがシュワ~ッという音を立てて発砲するのを見て目を丸くしていたサットンは、ミランダ妃が静止しようとするのにも気づかずにそれを一口飲んだ。
そして目を輝かせて
「お姉ちゃん、これシュワシュワしていて美味しい!これなあに?」
と、とても喜んでいる。
「ジュースの中に空気中の二酸化炭素を少し拝借して入れたのよ。炭酸って言うの。これはオレンジジュースだから、炭酸オレンジね」
きっとよくわからないだろうけどね。
ミランダは一瞬、鋭い目つきでわたしを睨んだあと、またすぐ穏やかな微笑みでフィリスたちの会話に戻っていった。
だいたい「毒」なんて古いのよ。
わたしがその気になれば、この子なんて何の証拠も残さずに簡単に殺せるんじゃないかしら。
殺さないけどね!
「このポタージュスープもシュワシュワにできる?」とサットンが聞いてくる。
「できることにはできるけど、美味しくないと思うよ?」
「えー」
「別の飲み物がきたらまたやってあげる」
というと、サットンはさっそく執事にぶどうジュースを持ってくるようにお願いして、届いたそれにまた炭酸を注入してあげた。
美味しそうだ、わたしも飲みたい。
帰ったらさっそくやってみようと心に誓った。
サットンがすっかり打ち解けた様子でわたしにいろいろ話しかけてくれるから、わたしは気詰まりな雰囲気にならずに済んでとてもありがたい。
「りょうりちょーさんに聞いたんだけど、このお魚は怒るとお腹がふくらむんだって」
サットンが何気なく言った言葉にハッとした。
そうか、この魚はフグだ!
…ということは、まさか?
と思っていると、ミランダが立ち上がりながら
「食事の途中でごめんなさい、そろそろサットンは失礼させていただくわね。眠くなる時間なので」
と言うと、執事さんがサットンを椅子から抱き上げようとした。
サットンは
「ヤダ!まだ魔女のお姉ちゃんとお話がしたい!」
とダダをこねていたけれど、抵抗むなしく抱き上げられてしまった。
「サットン殿下、次はもっと明るい時間帯にゆっくりお話ししましょう。今日はとても楽しかったです」
立ち上がってお礼を言う。
「絶対だよ、また会おうね」
というサットンに微笑んで頭を下げた。
サットンは名残惜しそうにしながらもみんなにきちんと「おやすみなさい」と挨拶をし、ミランダも「すぐに戻ります」と言って一緒に退室した。
イスに座りなおそうとしたタイミングで運ばれてきた次の料理を見て嫌な予感がした。
鍋の中には煮込まれたフグと野菜が入っているようだ。
さっきのフグのグリルは皮を剥ぎ、内臓もきれいに取り除かれた白い身だけだったから普通に美味しく食べられたけれど、次の料理は斑紋の皮がついているのが見えたけど?
まさか、内臓も一緒に煮込まれているんじゃ…?
猛毒ですよ!?
幼いサットンがいる場で毒料理は出さないだろうと踏んでいたけど、ミランダは自分とサットンが退室したタイミングで毒料理を出して来たってことか。
座りながらエリオットを見ると、フィリスに袖を引っ張られながら何やら話しかけられている。
その隣のランドールと目が合うと、ニヤニヤ笑われた。
わたしの言いたいことがわかっているの?
わかっているなら、何とかしてー!
と目で訴えてみたけれど、ランドールは「自分で何とかしてみろ」というようにフッと笑ってわたしから目をそらした。
どうしよう。
いくら私的な晩餐会とはいえ、声を上げて「もしやそれ、毒が入っていません?」などと言っていいはずがない。
一応、毒見だって済ませているはずだ。
じゃあ大丈夫なのかっていうと、毒見をしたのが直前なのだとしたらフグの毒見としては意味がない。
フグの煮込み料理が器に盛られていく。
銀食器はフグの毒に反応したりはしないだろう。
エリオットがその料理に口をつける前にどうにかしないといけない。
ああ、もうこうなったらー!
わたしは意を決して「折れろ!」と心の中で叫んだ。
直後に鍋を載せていた木製のワゴンの脚が1本、メキッという音を立てて折れ曲がって天板が傾き、給仕係があわてて押さえようとしたのも間に合わずに鍋が床にひっくり返った。
給仕係たちは大慌てで「申し訳ございません。とんでもない粗相を」とペコペコ頭を下げている。
ごめんなさい、わたしのせいなの。
これしか思いつかなかったの。
騒ぎに気付いた厨房からも料理人が飛び出してきて、惨状を目の当たりにして驚きの声をあげ、ちょっとしたパニック状態だ。
それを収めたのはランドールだった。
イスからおもむろに立ち上がり
「ワゴンが老朽化していたのだな。気にすることはない、ひっくり返った料理はもったいないが、これは私的な夕食会ゆえ怒る者もいない。熱い料理なのだろう?慌てて素手で片付けなくともよい、ゆっくりやれ。それまで私たちは別室で待たせてもらおうか」
と言った。
騒ぎを聞きつけて執事さんが駆けつけてきて、また応接室へと移動することになった。
これでよかったんだろうか。
あの料理は毒入りだったんだろうか。
だとすると、標的はわたしたち全員?
ランドールは、わたしが何もしなかったらどうするつもりだったんだろう。




