晩餐会1
ヨナハン伯爵領全体に豊作の加護を行きわたらせて疲れてしまった翌日、サットン王子に招待された晩餐会を迎えた。
エリオットが「体調大丈夫?キャンセルしようか?」と心配するのをなだめて、日中おとなしくしておくから是非参加したいとお願いした。
たくさん甘やかしてもらったおかげで、もうすっかり元気なのよ。
それに、エリオットのお母さんに毒を盛ったとされるミランダという毒婦のもとへエリオットひとりで行かせたりなんかしないわ。
早く魔力を使う加減を覚えないといけないとようやく自覚し始めた。
魔力を使い過ぎて倒れてはエリオットにつきっきりになってもらっていたらキリがないもの。
晩餐会に出かけるまでの時間、わたしは久しぶりにのんびりシャールとおしゃべりしつつ、魔法陣ラグマットを編んで過ごした。
「ここ最近忙しくて、編み物できなかったなー。シャールもほっときっぱなしでごめんね」
シャールは窓辺で日向ぼっこしながら
「かまってもらえなくて寂しいっていうグチを聞かされ続けるより、イチャイチャに忙しくてほっとかれるほうがオレは気楽だよ。ご主人様にかまってもらいたいお年頃でもないしな~」
とのんびり答える。
しかしそのあと、伸びをしてスクッと起き上がると、まっすぐわたしを見つめる姿に急にシリアス感が漂った。
「ただな、もしも手に負えないような困ったことが起きたら、オレの名前を呼べ。どんな離れた場所にいても必ず助けに行ってやる」
シャールの琥珀の瞳が光る。
わたしは座っていたベッドからぴょんっと跳ねると、そのまま窓に突進し、驚くシャールを羽交い絞めにした。
「ありがと。シャールかっこいい。頼りにしてる」
「や、やめろ!苦しいっ!」
名前がとても大事だというシャールの主張を尊重して、わたしは二人っきりのときだけ「シャール」と名前を呼ぶようにしている。
ほかの人がそばにいるときは、「ネコちゃん」のままだ。
そうか、差し迫った状況で名前を呼べば、飛んできてくれるのね。
そして、ネコパンチで助けてくれるのかしら。
想像して「ふふふ」と笑うわたしを、
「オイ、なんかヘンな妄想しているだろ」
と胡散臭げにシャールが見つめていた。
夕方、晩餐会用の身支度を整えた。
エリオットとの初デートのときに買いそろえてもらった服の中から、濃紺のノースリーブワンピースとアイボリーの薄手のボレロを羽織った。
髪には銀細工のバレッタ。
これもあのときエリオットがプレゼントしてくれたものだ。
準備を整えてエリオットの帰宅を待った。
仕事を早めに切り上げたエリオットが一旦帰宅してから一緒に晩餐会に行くことになっていたのだけど、帰宅したのはセバスチャンひとりだけだった。
「申し訳ございません、お仕事が終わりそうにないのでエリオットおぼっちゃまは王太子殿下と一緒に直接向かうとのことでございます」
残念だけど仕方ないか。
セバスチャンに案内してもらってミランダのお屋敷へと向かった。
国王陛下とそのお妃さまたちは、王宮をはさんで私たちの暮らす敷地とは反対側で暮らしている。
いわゆる「後宮」というやつで、気安く立ち入れる場所ではないから、わたしは今回が初めての訪問となる。
とはいえ、警備がより厳重ということをのぞけば、わたしたちが暮らしている反対側とたいした違いはない。
王妃様には子供がいないが、国王様と王妃様はとても仲が良いという話はあちこちから聞こえている。
あの厳しそうな国王様がデレている様子は全く想像できないけれど、きっと王妃様にだけしか見せない顔があるのだろう。
ふたりの王子(つまりランドールとエリオットのことだけれど)を産んだアイリス妃もまた、国王様からとても大事にされていたし、王妃様との仲も良好だったらしい。
アイリス妃が亡くなったとき、国王様はとても嘆き悲しんでいたんだとか…。
7年前にミランダ妃が嫁いできたときも、しばらくは仲睦まじい様子であったのが、サットン王子が生まれ、アイリス妃が毒で亡くなったあたりからはすっかり冷え切っているんだとか。
そしてもうひとり、海の向こうの国からもう間もなく嫁いでくるお姫様がいるらしい。
「王太子殿下が早くご成婚されれば陛下もご安心されるのでしょうけどね」
セバスチャンがポロリともらした言葉に、王家の血を絶やさないために子供をたくさん残さなければならないという使命があることを思い出した。
王太子は独身で婚約者すらいない、第二王子はまだ5歳、第三王子は魔女にうつつを抜かしている。
子供はその3人だけとあっては、そりゃ危機感あるよね。
でも国王様って、わたしのお父さんより年上に見えたけど……今度嫁いでくるというそのお姫様は何歳なんだろう。
親子ほどの年の差があるんじゃないだろうか。
そんなことを考えているうちにいつの間にかミランダのお屋敷に到着していた。
まだエリオットたちは来ていなくて、時間までまだ少しあることもあって、一旦応接室に通された。
セバスチャンは、エリオットたちが少し遅れるかもしれない旨を伝えに行くということでおその場から退室してしまって、わたしひとりでぽつーんとソファに座っている状態になってしまった。
どうしようか、ミランダ妃に事前に挨拶とかしておいたほうがいいんだろうか。
いろいろ考えてソワソワしていると、ガチャリと扉が開く音がした。
エリオットが到着したのかと期待してそちらを見ると、現れたのはフィリスだった。
フィリスは案内のメイドに「ありがとう、もう下がっていいわ」と言ってメイドを退室させると、わたしの正面に座った。
兄弟の晩餐会なのになぜこの人が?と思いつつ「こんばんは」と営業スマイルすると
「なんであなたがって顔されてもね、あなたと一緒でわたしも招待されたからここにいるのよ」
フンっと鼻を鳴らしながらフィリスが言った。
うん、たしかに。
それに招待状をうちに持ってきたのはこの子だったんだっけ。
あの時になんで気づかなかったんだろう?メンドクサイことになりそうだな。
でも、もしもミランダ妃がこの晩餐会で毒を盛るつもりなのだとして、王弟殿下の娘まで呼んで巻き込んだりするだろうか。
人間関係がよくわからない。
「難しい顔してないで何か言いなさいよ、ほんと気味悪いわね」
フィリスが苛立ち始めたかと思ったら、ふとわたしの服装に目を止めて何か気づいたらしく、今度は意地悪そうな笑みを浮かべた。
「あなたそれ、ルデルリーの商業区にあるあのお店でエリオットに買ってもらったのね?その色と言いデザインと言い、いかにもあのお店らしいわ。わたしもね、あのお店でエリアスお兄様に見立ててもらったことがあるのよ。あなたより前に何度もね」
フィリスは勝ち誇ったような表情を見せている。
なるほど、あのときエリオットが妙に手慣れていて、わたしはそれを過去の恋人ともこういうことをしていたのかなと思って、ちょっぴり複雑な気分になっていたけれど、相手はフィリスだったのね。
わだかまりが解けたわ!
「ちょっとぉ、なに嬉しそうな顔してるのよ。ここは嫉妬する場面でしょう?頭大丈夫?」
「んふふ、そうね」
わたしの余裕の態度が気に入らなかったのだろう。
フィリスはその美しい顔を屈辱に歪ませながら
「もうっ、近頃救世主ぶってあれこれやってるようだけど、調子に乗らないことね。その石をどんな汚い方法で手に入れたのか知らないけど、それさえあればわたしだって」
と言うと、突然立ち上がって、わたしのネックレスに手を伸ばしてきた。
ああ、これはマズイ。
こちらが身をよじるより先にフィリスの指先が祝福の石に触れる――寸前で、バチン!と音がしてフィリスの手が弾かれた。
「痛っ!」
フィリスが手を押さえたまさにその時、応接室の扉が開いて、ランドールとエリオットが入ってきたのだった。




