ヨナハン伯爵
「3日後」と約束したその日に、エリアス殿下はまた救世主である魔女を伴って再びわが領地へやって来た。
この3日間ですでに魔女が施した加護の効果が出ていると、大豆畑を管理するシュルス夫妻からは昨日報告を受けている。
「土はふかふか、葉はツヤツヤ、さやもパンパン。たった3日で信じられません。さすがは救世主様です。ヨナハン様、救世主様を呼んでくださってありがとうございます。
ええ、1畝分をエダマメとして収穫してしまっても全く問題ないほどの大豆の収穫量が見込めそうですから、予定通りで構いません。しかも献上するのではなく、買い取っていただけるのでしょう?こちらにとっては何の損もございません」
シュルスはニコニコと満足そうに笑いながら語った。
昨日、シュルスの口数がいつもより多かったのは、畑の状態が劇的に改善して上機嫌だったからだろう。
すっかり魔女に心酔しきっている様子だ。
留学を終えた第三王子が婚約者として魔女を連れて帰国するらしい、という噂は貴族たちに瞬く間に広まり、「なんと血迷ったことを!王子もろとも処刑されるためにのこのこ帰国するというのか?」と、私自身大いに呆れていた。
王族に近しい貴族が「いや、そういうわけにもいかないらしい」と、声を潜めて語ってくれた海神の残した加護の話も、どこまで信ぴょう性があるのか半信半疑だったし、自分だけでなく大半の貴族は「エリアス王子は『救世主』を騙る悪い魔女にたぶらかされたバカ王子」という印象を持ち続けていた。
現在の国王陛下とそれを支える王太子殿下の評判はとてもいい。
二人とも厳しい方ではあるが、民の声にしっかりと耳を傾けてくれる人格者だ。
それをバカな次男がぶち壊してしまうとは、なんと残念なことだと思っていた。
若いころから対立を繰り広げてきたとされる王弟殿下はこれに乗じて玉座を簒奪する魂胆かもしれない。
兄の国王陛下とは違い王弟殿下にはきな臭い噂ばかりがつきまとっている。
王太子殿下とその母親であるアイリス妃に毒を盛ったとされるミランダ妃は、王弟殿下と深いつながりがあり、毒を盛ったのもそそのかされたのだといわれている。
そればかりか、第二王子のサットンの父親は実は王弟殿下であるいう噂まであるのだ。
誰もがそれを知りながら、そしらぬふりをしている。
その一方で、おまえはどちらにつくのか、という腹の探り合いがすでに始まっている。
貴族社会の表裏は本当に厄介だ。
私は父親から家督を継いだこの領地を円満に守っていきたいだけで、「どっち派」とかそういう面倒なことは御免被りたい。
風向きがかわったと感じたのは、第三王子が帰国した翌日。
陛下の命により王子と魔女が、あの荒れ狂う海を一瞬で鎮めてみせたのだという。
それを実際に目の当たりにした者の中には
「あれは、まやかしではない。彼女は本物の救世主様だ」
と、すっかり信じている者もいる。
それ以来、海が凪いでいる状態が続いてることが、彼女が魔女であり救世主である証なのだろうか。
自分もその魔女とやらを、救世主としての加護を発揮するさまとやらを、見てみたくなった。
だから王太子殿下が募っているご意見箱に、すこし大げさに土地が痩せているという窮状を訴え、どうにか改善できないかという要望書を出したのだ。
もしも実物と会える機会があれば社交界でのいい話の種になる、という興味本位で出したものだったから、まさかこんなに早く、しかも狙い通りに魔女が来るとは正直思っていなかった。
魔女は何故かまだ青い若い大豆に興味を示し、それをエリアス殿下から「彼女の故郷ではあの状態で食べる風習があって…」という説明を受けたときに、なるほど互いの要求が合致した結果がこの早さでの来訪だったのかと納得した。
にしてもこの二人に実際に会ってみたら、「悪い魔女とその魔女にたぶらかされたバカ王子」 = 「お色気ムンムンの妖艶な魔女と、それに絡めとられて操られている呆けた色ボケの若造」という、こちらが勝手にしていたイメージとは大きくかけ離れていた。
エリアス殿下はこの領地の過去5年間の大豆の収穫高と各年の天候被害や害虫の異常発生をまとめて照らし合わせた資料を持参しており、肥料や土壌改良剤は何を使っているか、害虫駆除は、農機具は、など、短時間で効率よく的確な質問をしてきた。
とても呆けた色ボケの若造とは思えない。
魔女に至っては、妖艶とは真逆のまだあどけない少女のようだった。とてもじゃないが色仕掛けなどできそうにない。
それともこれが、エリアス殿下の女性の趣味なのだろうか。
魔法で彼の趣味に合わせた容姿を作り上げ篭絡しているのだろうか。
そして、若い豆を腐らせた呪いのスープでも作る気なんだろうか。
若い豆を入れた麻袋を嬉しそうに抱える魔女。
エリアス殿下と目を合わせて微笑みあう姿は、まだ付き合い始めたばかりの初々しい恋人同士を連想させる。
一体どういうことなんだ、と混乱したまま3日目の約束の日を迎えてしまった。
そしてもうひとつ、興味本位で魔女を呼んだりするんじゃなかったと今では激しく後悔していることがあるのだ。
魔女は、ぱんぱんに膨らんださやを見て「すごいすごい」と喜んでいる。
エリアス殿下も地力が劇的に改善したことを喜んでいる……というよりは、むしろ少し呆れている様子すらある。
「あの…」
シュルスの妻にエダマメのゆで方を指南している魔女に私はおずおずと声をかけた。
「はい、なんでしょう?」
魔女は振り返って、大きな黒い瞳でじーっと私を見つめた。
「この土の状態はいつまで続くのでしょうか?えーっと、お気を悪くなさらないでくださいね?たとえば一瞬改善したように見せて、実はこのあと以前よりも酷い状態になるとか、良い状態を保つためには何か法外な代償を支払わねばならないとか、そういうことがあるのでしょうか?」
私の発言を聞いてシュルス夫妻も息をのむ。
領地の主としてこの土地と領民を守る義務が私にはある。
魔女への謝礼を間違えれば、どんな酷いことが待ち構えているのだろうか。
興味本位で魔女など呼ぶんじゃなかった、まさかこんな見てくれの娘にとんでもない力が秘められていたとは、魔女おそるべし。




