枝豆と板わかめ
帰宅してお昼ご飯を食べると、エリオットは王宮へと出勤した。
エリオットの臨時休暇が終わっちゃったんだなぁと少し寂しくなったけれど、枝豆が美味しかったら夕方に差し入れにいく約束をしたから、さっそく取り掛からないと!
厨房に入るとまず、紐にひっかけて干している昆布とわかめの乾き具合を確認して、それから枝豆のさやを枝から切り離しにかかった。
とりあえず1株だけ。
味見して美味しかったらさらに2株ゆでる予定。
切り離したさやはよく水洗いして土を落とし、ざるにあけて塩もみしてしばらく置いておく。
その間にたっぷりのお湯をわかして、沸騰したら枝豆を投入。
これは、わたしが元の世界でよくやっていた作業だ。
これが唯一のお手伝いだったと言っても過言ではない。
テーブルに新聞紙をひろげて枝付きの枝豆をバサっと置き、家族とおしゃべりをしながらハサミでチョキンチョキンとさやを切って…。
思い出すとなんだか、しんみりしてしまう。
そんな気持ちを振り払うように茹で上がった鍋を持ち上げて、ザーっとざるにあけた。
枝豆のにおいがする湯気がもくもくと上がった。
冷めるのを待ちきれず、アツアツのさやをひとつ取って、あちちち!と言いながら味見してみた。
ふおぉぉぉ!
これは紛れもなく枝豆だ!美味しい!
ガッツポーズをして今にも踊りだしそうなわたしをニコラスがガハハと笑いながら見ていた。
こちらの世界の若い大豆が紛れもなく枝豆であることを確認したところで、最初にゆでた1株分は、わたしとニコラスが味見と称してほとんど食べてしまった。
枝豆ってどうして止まらなくなるんだろう。
味見しながら、2株分のさやを切り取ってゆでる作業と並行してごはんも炊く。
差し入れは枝豆とわかめおにぎりにしよう。
吊るしているわかめを少し切り取って水で戻したら細かく刻んでおく。
昆布出汁のごはんが炊けたところで塩とわかめを混ぜて、いつもの三角おにぎりを作った。
ここからがいつもとは違うところ。
干しているわかめのうち、先の方の肉厚でない部分は吊るすのではなく、乾いてチリチリにならないように板にくっつけて重しをし、平らになるようにして乾かした。
今日はそれを葉っぱのかわりにおにぎりに貼り付ける。
強く触るとポロポロと崩れてしまいそうなその薄いわかめは、わたしがおばあちゃんの家に遊びに行くたびに必ず出してもらっていた「板わかめ」のようで、またもや懐かしさがこみ上げてくる。
今日は、おにぎりをいくつ持っていこうか。
ランドールもまたおにぎりを食べるだろうか。
枝豆も気に入ってくれるといいな。
ウキウキしながら、おにぎりと山盛りの枝豆をカゴに入れて家を出た。
王宮の警備兵に挨拶をすると、すぐにエリオットの執務室に案内してくれた。
さっそくエリオットが指示を出しておいてくれたのね、よかった。
執務室の扉をノックすると「どうぞ」というエリオットの声が聞こえた。
扉を開けると、エリオットは机ではなく、もうすぐそばまで来ていて、とても嬉しそうな笑顔でわたしを招き入れた。
「アリィ、待ってたよ」
「あのね、枝豆すごく美味しかったの。たくさん持ってきたから、セバスチャンも一緒にどうぞ」
セバスチャンも「エダマメ」に興味津々だ。
とそこへ、いつものようにノックもせずに部屋へ入ってきた人物ーーそう、王太子のランドールが
「おう、魔女。元気になったか?」と言いながら近づいてきた。
警備兵め、わたしの来訪をランドールに報告したな。
「元気になりましたけど、もうあんな重労働は御免です。次はエリオットに付き添ってもらいながら、休み休み作業させてくださいねっ」
口をとがらせながらわたしが抗議すると、ランドールは
「めんどくさいヤツだな」と言いながら、ソファにドカっと座った。
「今日出勤してからずっとエリアスがそわそわして仕事が手につかなかったようだが?エダマメとやらは食べられそうなのか?」
あらら、エリオットったらずっとわたしを待っていてくれたのね。
嬉しいけど、仕事が支障が出てしまうのなら差し入れはやっぱりサプライズでしないといけないわね。
わたしは、わかめおにぎりと枝豆を取り出し、おしぼりを配った。
「これは、どうやって食べるの?」とエリオットが枝豆を指さして聞いてきたから、お手本を見せた。
「こうやるのよ」と言いながら、さやをひとつ両手の指先でつまんで口元にあてたら、指に力を入れて中の豆を押し出して食べて見せた。
空のさやは、空入れように持ってきたお皿に乗せる。
さっそくランドール、エリオット、セバスチャンの3人もそれを真似して枝豆を食べて
「うまい」
「美味しい」
「美味しゅうございます」
と絶賛してくれた。
「枝豆は食べ始めたら止まらなくなって、取り合いになるんですよ」
うふふと笑いながらわたしが言っているそばから、ランドールはパカパカすごい勢いで枝豆を食べていく。
そして「これももらう」と言って、わかめおにぎりをひとつ掴む。
「これはむいて食べるんだろう?」
ランドールがなぜか不敵な笑みをたたえながらそう言って、おにぎりを覆う板わかめをはがそうとし始めた。
「ちがいます。それはそのまま召し上がってください」
真顔で冷ややかに返すと
「おのれ魔女め」
と言いながらも、ランドールはおにぎりにかぶりつきはじめた。
横を見ると、エリオットとセバスチャンが笑いをこらえていた。
男三人が、ものすごい勢いでおにぎりと枝豆を平らげて一息ついたとき、ランドールがまた口を開いた。
「にしても、魔女の故郷は、食事はすべて手づかみなのか?」
「ちっ、ちがいます!おにぎりも枝豆もたまたま手づかみで食べるだけであって、わたしの故郷には、お箸という機能的な道具があるんです。どういうものかと言うと……」
わたしがランドールに向かって「お箸とは何たるか」を力説しているのを、エリオットが複雑な表情で見ていたことに、わたしは全く気付いていなかった。




