魔女の森へ
「今日は、魔女の森に行ってみようか。もしかすると、アリィには…辛いものになるかもしれないけど、ちょうどいい機会だから」
エリオットの臨時休暇3日目の朝食の席で提案された。
「行く、行きたい!」
プリシラの弔いを、どんな形でもいいからしたいと思っていた。
バラになったプリシラを焼いた暖炉の灰は木箱に入れて封印したままこちらに持ってきている。
そのまま再利用したり、通常の灰と同じように処分するのが怖かったためだ。
魔女の森に帰してあげようとエリオットと話していたことが、今日ようやく実現できそうだ。
王宮から魔女の森までは往復でちょうど1日がかりになる。
今日のお弁当は、昆布出汁で炊いたごはんに刻んだわかめと塩を混ぜたわかめおにぎり。
馬車で向かう途中で花屋によってバラの花束を買った。
あえて、深紅のバラを。
普段着よりも少し改まった服装のエリオットがバラの花束を持つ姿は、わたしたちが初めて出会ったあの日を連想させて、懐かしさと切なさで胸がいっぱいになる。
エリオットも今日は、どこか憂いを帯びた表情をしている。
馬車の中でも、いつもの甘々モードは鳴りを潜め、横並びに座ることもなく会話も少なめだ。
そのかわりわたしは、正面に座ってバラの花束を持つエリオットを眺めては、ほうっと息をつく。
こんなときでも、エリオットのその姿がクラっとするほどかっこいいと思ってしまうわたしはなんと不謹慎なのか。
わたしがそんなことを考えているとは気づいていないであろうエリオットは、わたしと目が合うたびに微笑んでくれた。
森の入り口に到着したのはお昼過ぎ。
わたしたちはまず、わかめおにぎりで腹ごしらえをしてから馬車を降りて森の中へと進んだ。
300年前に火を放たれて大部分を焼失したこの森は、長い年月をかけてまた再生していた。
しかし、普段この森に立ち入るものは誰一人といないらしい。
しっかりとした道もなかったけれど、不思議とエリオットの足取りは迷うことなく目的地に向かっているようで、わたしはそのあとをついて行った。
鳥のさえずりと風に揺れる木々のざわめきを聞きながら5分ほど進むと、少し開けた場所に出た。
「このあたりかな」
エリオットが周りをぐるっと見渡して立ち止まった。
「ここは?」
と聞くと
「魔女たちの集落があったのが、たぶんこのあたりなんだ」
わたしたちは大きな木の根元にあるくぼみに灰の木箱とバラの花束を置いた。
そして黙祷を始めると、脳裏に知らないはずの光景が次々に浮かんでは消えていく。
「早く逃げろ、ここはもうすぐ燃やされてしまう」と叫んでいるのは、どこかエリオットに面影が似ている王子様。
「わたしはここに残るよ」という魔女の首長。
こちらを気にしながらも、ほかの魔女と一緒に走り去るプリシラ。
馬に抱え上げられながら、炎に包まれる集落を涙ながらに見つめる…わたし?
この光景は――!?
立っていられなくなって膝から崩れ落ちそうになるのをエリオットが受け止めてくれた。
次に見えたのは、二人の出会い。
乗っていた馬が暴走して魔女の森へ迷い込んでしまった王子と、そこに偶然居合わせた若い魔女。
目が合った二人はお互い微笑んで、そして恋に落ちた。
次の光景は、二人の最期。
向けられた銃口。
乾いた銃声。
わたしたちは海に落ちるその瞬間もずっと抱き合って…。
「生まれ変わったら、今度こそ幸せになろう」
「また会える?」
「会えるよ。たとえ違う世界に生れ落ちても必ずまた会おう」
エリオットは木の幹を背にして腰掛け、震えて顔を覆うわたしを抱きしめる。
わたしがこの世界へやって来た理由、わたしが魔女である理由、エリオットと出会った理由、プリシラのことがずっと引っかかっていた理由がようやく理解できた。
どれぐらいそうしていただろうか、わたしの震えがおさまるまでエリオットがずっと抱きしめてくれていた。
「エリオットは、いつ気づいていたの?」
かすれた声で聞くと、エリオットはわたしの背中をやさしくなでながら
「最近、毎晩のように妙な夢を見るようになったんだ。やけに臨場感があって、自分がほかの人物になっていて、途中でこれはアシュトン王子の記憶なんじゃないかって気づいたよ」
そういえば、「妙な夢を」って言ってたよね。
魔女アリシアとアシュトン王子の悲恋の物語。
やっぱりこっちが真実で、そしてわたしたちは……その生まれ変わり…?
「わたしたち、必ず出会う運命だったの?」
「そうみたいだね。きっとまた生まれ変わっても、僕たちは出会って、僕はまた君を好きになるよ。何度でも。たぶんアリィが元いたあちらの世界とこの世界は、親和性が高いのだと思う。本来ならばまたこの世界で生まれ変わるはずが、あちらの世界に生れ落ちてしまったんだろうね」
ということは、わたしは『連れて来られた』というよりはむしろ『戻ってきた』ってことになるのね。
見上げると、エリオットもとても切なそうな顔をしていた。
「アリィにどう説明したらいいかわからなくて…辛い思いをさせるとわかっていながら、ここに連れて来るしかなかった。もしも何も思い出さなければ、それはそれでいいと思っていたんだけど、やっぱりそういうわけにはいかなかったね」
前世の記憶はあまりにも辛く悲しくて、涙があふれてくる。
それでも、エリオットが今日ここに連れてきてくれたことは、とても感謝している。
それを言葉でちゃんと伝えないといけないと思いながらも、嗚咽しか出てこなくて…。
エリオットは、そんなわたしにずっと寄り添って、止まらない涙を唇ですくいとってくれた。
今度は悲恋で終わらせない。
大団円にしてみせるわ。
プリシラ…わたしの妹……あなたともいつか、違う形で会えるかな。
それまではどうかこの場所で、わたしたちを見守っていてね。




