招待状
夕食のエビピラフは、わたしの記憶にある通りの味に仕上がって、ニコラスの腕前はたいしたものだと感心してしまった。
わたしは「こんな材料を使ったこんな料理」というアイデアと、知っている限りの下処理の方法や調理方法を断片的にニコラスに伝えるだけ。
それをニコラスは持ち前の料理人としてのセンスと、新しいメニューに挑戦する好奇心でわたしのワガママな要求に見事に応えてくれている。
もしもわたしがもっと大人で、お料理の経験や知識がたくさんあったら、異世界召喚後もあれこれ自分で作れていたのだろうけど……家のお手伝いすらあまりしていなかったのが今となっては悔やまれる。
料理の知識は学校の家庭科の調理実習で習ったことと、テレビ番組で見た程度の断片的なものでしかない。
今後、元の世界に戻れたら、再召喚に備えていろんな技術と知識と経験を習得しようと思う。
たとえば、アルミホイルを作る技術とか、お醤油や味噌づくりだとか、農業のこと、漁業のこと、家電の仕組み…。
もし誰かに「なんでそんなことを知りたいのか」と聞かれて「異世界召喚先で必要になる知識だから」と真面目な顔で答えたら、とんだ中二病だと思われるだろうな。
砂浜に向かう馬車から始まった長い1日が終わろうとしている。
さすがに張り切り過ぎちゃったかな、自分の部屋のベッドに腰掛けて今日1日のことを黒猫のシャールに報告しているうちに、どっと疲れが出てきた。
そういえば、フィリスが「招待状」と言っていたあの封書は?
思い出すと気になって、おやすみの挨拶をするついでに聞いてみようかとエリオットの部屋につながる扉をノックした。
「どうぞ」という声が聞こえたから開けてみると、ちょうどエリオットがその封書を開けて読んで読んでいるところだった。
「アリィから来てくれるなんて嬉しいよ」
顔を上げたエリオットが嬉しそうに笑っている。
いや、何を期待しているのかは知らないけど、違いますから。
「何の招待状だったの?」
「これ?」
エリオットが、招待状を持っている手首をクイッと上げる。
「ええっと…第二王子のサットン殿下からの晩餐会の招待状なんだ」
エリオットが言いにくそうにしている。
サットン王子といえば、母親はエリオットのお母さんに毒を盛ったのではと目されているミランダ妃。
サットン王子はまだ5歳だから、実質ミランダが晩餐会の主催者なのだろう。
なんだか胡散臭い。
「エリオットが招待されているの?」
と聞くと、エリオットが少し困った顔をして招待状を見せてくれた。
せっかくエリオットも帰国したことだし、兄弟そろって食事でもしませんか、という内容と6日後の晩餐会の日時が、きれいな大人の字で記されている。
問題はその下。
明らかに幼い子供のものだとわかるたどたどしい手書きの文字で
「ぜひ、まじょさんもつれてきてください」
と書かれていたのだ。
うっ、これでは断れないじゃないか。
断ったら、小さい子にひどいことをしたみたいになるじゃないか。
わたしまで呼び寄せて、まさかいきなり毒を盛る気なのかしら。
でも「兄弟そろって」ということは、ランドールも行くってことよね?
だったら、例え毒入りの食事を出されても、あの人がなんとかしてくれそう?
いや違う。「自分のことは自分で守れ」って言われたよね。
無言でエリオットを見上げると、エリオットも複雑な表情でわたしを見ていた。
「えーっと、サットン殿下はまだ5歳でね、とってもかわいい男の子なんだけど、母親のミランダ妃がちょっとクセがあるというか…アリィが行きたくなければ体調のことを理由に断ってもいいと思うけど」
エリオットの気遣いに胸が痛んだ。
知ってるよ。全部ランドールに聞いたんだもの。
そう白状してしまっていいんだろうか?
「ううん、せっかくだから一緒に行きたい」
エリオットはしばらく考え込んでいたけれど、フッと肩の力を抜いて
「わかった。そう返事をしておくよ」
と言って微笑んだ。
「さあ、今日はもう寝ようか」
エリオットがわざとらしいくらいの明るい声で言った。
「僕のベッドのほうが大きいから、今日はこっちね」
と言ったかと思うと、わたしの手を引いてベッドに行こうとする。
「ちょっ、待って待って!もう大丈夫だから」
わたしは慌てて踏みとどまる。
魔力が枯渇してしんどかったおとといの夜は別として、本当は昨夜ももう添い寝は不要だったのに「海に行けなくなるよ」と言われて、仕方なく折れたのだ。
今夜はもう、何の理由もない。
そう思っているところへ、エリオットがなぜか屈んで……わたしの足が宙に浮いた。
「ひゃっ!」
え、えー!
これはいわゆる「お姫様抱っこ」というやつでは!?
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆った。
暴れたら落っこちるかもしれないと思うと自然と体も硬くなる。
「疲れてる顔してるじゃないか。アリィはかわいいな」
エリオットがささやいて、そっと優しくベッドに降ろされた。
全ての寝具からエリオットの香りがして、こんな環境でぐっすり眠れるはずがない!と起き上がろうとしたところへエリオットが覆いかぶさってきた。
「ちょっと、まっ…!」
抗議を途中でやめたのは、エリオットが……泣きそうな顔をしていたから。
ミランダ妃からの招待状で、お母さんのことを思い出したのかな。
これじゃ、添い寝が必要なのはわたしではなくてエリオットのほうじゃないか。
わたしは微笑んで
「一緒に寝るだけだからね」と言った。
するとエリオットも泣きそうな顔のまま情けなく微笑んで
「わかってる。おやすみ」
と言って、わたしの額にチュッと口づけた。
エリオットの腕の中は今日もやさしくて、温かくて、こんな環境で眠れるはずない!とつい先ほど思っていたのは何だったのかと自嘲してしまうほどあっさり眠りについた。




