小麦畑
砂浜で海藻を採った後、お昼ごはんのエビカツサンドは馬車の中で食べた。
「美味しいね」
と言うと、向かい側に座るエリオットも
「うん、すごく美味しい」
と、すでに2個目を食べているところだ。
「またエビが手に入ったら、差し入れ持って行ってもいい?次はエビの天ぷらの天むすにするね」
と言うと、エリオットが一瞬黙ってしまったから、
「あ!おにぎりはイヤだよね。やっぱりかわいいお菓子とかのほうがいい?」
と、少ししょんぼりしながら言うと、エリオットが「そうじゃない!」と慌てて否定した。
「次からは事前に言ってもらったほうがスムーズだと思うんだけど、思い立って突然来てくれるのもとても嬉しいから、警備兵にどう言っておこうか考えていたんだ。アリィが訪ねてきたときは最初に僕に伝えるように言っておく。おにぎり楽しみにしてるよ」
エリオットはそう言って嬉しそうに笑った。
エビカツサンドを食べ終えて、しばらく海を眺めた後、帰路に就いた。
その途中に広がる畑……行きも気になっていたのだけど
「あれは小麦?」とエリオットに聞いてみた。
この国の主食は、小麦で作るパンだ。
年中暖かいというこの国の作物のサイクルがよくわからないけど、いつごろ収穫なんだろう?
「うん。今年はね、小麦の生育が遅れているらしい」
「天候不良とか?」
「小麦を育て始めてからはそうでもないんだけど、通常この辺りの農地では小麦の収穫が終わった後に大豆を育てていてね、去年長雨が続いて大豆の生育が遅れたせいで、小麦の種まきが例年よりも遅くなってしまったと聞いている」
ふーん、いわゆる二毛作ってやつか。
学校で習ったやつだ。
「大豆専用の畑はないの?」
「もちろんあるよ。それとは別に、小麦畑で年中それだけを作り続けるより、ほかの作物と交互に作ったほうが土の疲弊が少ないみたいなんだ。小麦と大豆を組み合わせるパターンが一番多くて、ほかの野菜のこともある」
「ってことは、小麦のあとの大豆を、どうしても大豆になるまで待たないくてもいいんなら、生育が遅れた年は枝豆の時点で収穫して食べちゃえば小麦の種まきが遅れないんじゃないの?素人っぽい考え方かもしれないけど」
「……エダマメって、なに?」
「え?…枝豆、この国では食べないの?」
「うん、たぶん」
枝豆は言わずと知れた若い大豆だ。
というより、枝豆が茶色く完熟したものが大豆なのだと言ったほうがわかりやすいのか?
後になって気づいたことだけど、この国ではマメを完熟前に食べる習慣はない。
なぜなら、保存できないからだ。
王宮や一部のお金持ちの貴族のお屋敷には、北方の国から輸入した大きな氷を使った氷室を貯蔵庫にしているけれど、一般家庭には冷蔵庫がないため、食材は基本的に当日とせいぜい翌日食べる分だけを買ってくる。
ちなみに、わたしたちの暮らす家では、ルデルリーの雪をつめこんで、その周りの時間を止める魔法をかけて雪が解けないようにした大きめのクーラーボックスを冷蔵庫がわりにしていて、とても重宝している。
マメ類は完熟させて固くなった状態で収穫すれば保存食となり重宝する。
だから、青くて若い状態で収穫して食べる習慣がないのだ。
わたしはエリオットに枝豆とは、、、と説明した。
「若いダイズって、青臭いだけだったりはしないの?」
「んー、わたしの故郷と同じ大豆なんだとしたら美味しいはず。大豆農家さんに青い状態の株を少しわけてもらうことはできる?試しに食べてみたい」
「わかった、兄さんにも話してみるよ」
うふふ、枝豆が食べられるかも~。
楽しみがまたひとつ増えて興奮しているうちに、不意に眠気が襲ってきて、わたしはいつのまにかうたたねしていた。
******
馬車の中は、磯の香りが漂っている。
アリサが抱えている桶に入ったカイソウのせいだ。
帰り道に小麦畑と大豆の話になり、エダマメというまた新たな食材を知った。
異界人は未知の文化をもたらす存在であると聞いたことがあるが、まさにアリサはそうなのだろう。主に、食に関して。
「エダマメが食べられるかも!」としばらく上機嫌で窓の外に広がる小麦畑を眺めていたアリサだったが、おしゃべりがやんで静かになったなと思って顔を覗き込むと、すでに寝ていた。
桶がアリサの膝から落ちそうになっているのを受け止めて、かわりに自分の膝に乗せる。
そしてアリサを抱き寄せると、目を覚ます様子もなく僕の肩にコテンと頭が寄りかかる。
疲れてさせてしまったかな。
だからあまり興奮しないようにと言ったのに。
なんてかわいいんだろうか。
規則正しく聞こえる寝息とぬくもりで、こっちまで心地よい眠気に誘われながら、アリサへの愛おしさが募るばかりだった。
******
「アリィ、着いたよ」と言われて目を覚ました。
帰りの馬車の中でいつのまにか寝てしまったらしい。
「ん…」
眠い、フラフラする。
エリオットにエスコートしてもらって、どうにか馬車を降りる。
「部屋で寝る?すごく眠そうだけど」
とエリオットに言われて、逆にハッ!と目が覚めた。
「昆布は!?」
エリオットがぷっと笑って「はい、これ」と言いながら桶を手渡してくれた。
寝てる場合じゃなかった。
すぐにこの海藻をよく水洗いして干さないといけない。
たっぷりの水でしっかりゴミと砂を落として、わかめはさっと湯通しして、どこに干そうかな……と考えながら玄関を入ると、戸惑った顔のレイラが迎えに出てきた。
「おかえりなさいませ。あの、フィリスお嬢様がいらして、お二人の帰宅を待つとおっしゃってきかないものですから、応接室で待っていただいているんですが…」
「フィリスが?わかった、行くよ」
エリオットも少し戸惑いながら答える。
レイラはわたしにだけ聞こえる声で
「お嬢様、申し訳ございません。フィリスお嬢様は王弟殿下のご息女で、おぼっちゃまの幼馴染なんです。このままお待ちになるとの主張をお断りできない事情がいろいろとありまして…」
と申し訳なさそうに言った。
「いいのよ、わかってるから。大丈夫よ」
わたしは笑顔で答えた。
フィリスは、エリオットがルデルリー王国に留学していた2年間のうち、何度かエリオットを訪ねてきている。
フィリスがエリオットに幼馴染以上の好意を抱いているようなそぶりを見せていたことはレイラの目から見ても明らかで、逆になぜエリオットはそれに気づかず、フィリスのことをただの妹扱いをするのか不思議なぐらいだった。
王弟殿下といえば国王陛下と仲が悪いことで有名で、国政の話し合いの場でもよく対立しているらしく、よからぬ噂もちらほら聞こえている。
その娘が国王陛下の次男にアプローチしているのは、純粋な好意なのかそれともーー。
そして、今日突然訪れたフィリスからは、あの日エリオットの服についていたのと同じ香水の香りがした。
またアリサお嬢様を泣かせるようなことになったら、そのときはぼっちゃまを締め上げなければ!と秘かな使命感を抱いたレイラであった。




