誤解
最近のアリサは自室に籠っていることが多いという報告をメイドのレイラから受けた。
帰りが遅いせいで夕食を一緒にとることもままならないし、朝食はかろうじて同席しているがバタバタしていてゆっくり喋っている暇がない。
このままでは愛想尽かしされてしまうんじゃないだろうか。
休みが欲しいと今日こそ兄さんに言おう。
そんなことを考えながら今日も山積みの書類と格闘しているところへ、いとこのフィリスが訪ねてきた。
セバスチャンがちょうど昼休憩中で不在というタイミングだった。
「エリアスお兄様ったら、いつまでたっても帰国の挨拶に来てくれないんだもの」
そう言って、頬をぷくっとふくらませる姿に目を細める。
「やあフィリス、久しぶりだね」
かわいい妹のように思っているフィリスもいつの間にか大人への階段を上がり始めたらしい。
そろそろ誰かとの婚約の話も出始める頃かもしれない。
「でもこの書類の山を見たら納得。ランドールお兄様もひどいお方ね。これでは婚約者の彼女と過ごす時間もないでしょうに。はい、これ差し入れのお菓子よ」
フィリスは、クッキーの入った箱を机に置いた。
「そうなんだ。彼女も寂しがっているようだし。しかも国王様からはまだ婚約を認めてもらえなくってね」
差し入れのお礼を言った後、思わず愚痴をこぼしてしまった。
「まあ!それなら、わたくしにもまだエリアスお兄様のお嫁さんになるチャンスがあるってこと?」
そう言いながらフィリスがイスに座っている僕の首に抱きついてきた。
「フィリス、もう子供じゃないんだから、気安く男に抱きつくのはやめたほうが…」
そう言っているところへ、ノックもなしにいきなり扉が開いた。
そこにはアリサとランドール兄さんが立っていて、アリサは目をぱちぱちさせてこっちを見ていた。
フィリスは咄嗟に離れていたが、まさか見られていないだろうか。
すぐに言葉が出せないでいると、フィリスが
「あら、あなたが噂の婚約者さん?」
と言った。
兄さんがアリサに何かを言い、アリサは僕たちに背を向けてしまった。
そして「魔女を借りる」と言う兄さんに肩を抱かれて無言のまま行ってしまった。
イスから立ち上がって茫然とする僕にフィリスが申し訳なさそうに言う。
「もしかして見られちゃったかしら。勘違いしてないといいんだけど」
ああ、泣きたい。
そのあとはもう、アリサの誤解を解かなければということで頭がいっぱいで、フィリスとどんな会話を交わしたか、いつフィリスが退室したのか、よく覚えていない。
しばらくして隣の兄さんの執務室から音が聞こえてきたから、兄さんが戻ってきたことがわかった。
アリサは?こちらを訪ねてくるのか?
様子を見ていたが一向に来る気配がない。
痺れを切らして兄さんの執務室を訪ねた。
すると驚いたことに、兄さんは執務室のソファに座り、おにぎりを食べていたのだ。
「おうエリアス、魔女ならもう帰ったぞ」
「そうですか。って、いや、あの、そのおにぎりは?」
兄さんは食べ続けながら言う。
「これがコメか?魔女が食すなり捨てるなり好きにしろと言うから、ちょうど腹も減っていたことだし食べてやることにしたんだが、なかなか美味いな。ただ、この外側の葉は余計だ。硬くて食べられん」
「…兄さん、それはコメが手につかないように包んでいるのであって、食べるものではありませんよ」
「なにっ!少し食べてしまったぞ。おのれ魔女め」
上機嫌な兄さんの様子に殺意すら覚えながら宣言した。
「王太子殿下、本日は定時で帰らせていただきます」
のんびり歩くセバスチャンを置いて走って帰宅した。
「アリサは?」
出迎えたレイラに聞くと、いきなり叱られた。
「おぼっちゃま、どういうことですか?お嬢様が泣きそうなお顔で、差し入れを渡せなかったとおっしゃっていましたけど?」
ああ、やっぱりあのおにぎりは僕のために持ってきてくれたのか。
食べたかった。
「いまアリサはどこに?」
「ずっとお部屋に籠ってらっしゃいます。お夕食も召し上がらないそうです」
早く行って謝らないと。
レイラの横を通り過ぎようとして、服をつかまれた。
「おぼっちゃま、ほかの女性の香りをつけたままお嬢様のお部屋へ行かれるおつもりじゃないでしょうね?」
誤解だ。
いや、フィリスの香りがついているのは間違いないから、誤解でもないのか?
レイラの目がこわい。
「わかった。着替えてから行くよ。後でちゃんと説明する」
やっとレイラから解放されて2階へ急ぐ。
着替えてから、ふたつの寝室を隔てる扉をノックした。
「アリィ、ただいま。入るよ?」
おそるおそる中をのぞくと、灯りは消えていて室内は薄暗かった。
寝ているのか?
ベッドの横まで行ってみたが、反応がない。
「アリィ、今日はすまなかった。フィリスとのことを誤解しているのなら全く違うから、機嫌を直してくれないかな」
布団の盛り上がりを触ると、アリサがゆっくり顔を出した。
「ごめんなさい、違うの。…わたし今ちょっと体調が悪くて寝ているだけだから、話はまた今度にしてもらえると助かる」
アリサの顔は青白く、声も弱々しい。
体調が悪い!?
そういえば今日、兄さんに連れられてどこへ行ったのだろう?
「大丈夫?」
アリサの手を握って驚いた。
手がすごく冷たい。
これはまるで――あの時みたいだ。
一旦部屋を出て、遅れて帰宅したセバスチャンとまだ怒っているレイラにアリサの状況を伝えて、再びアリサの元へ戻った。
「アリィ、大丈夫?今夜はそばにいるからね」
「さむい…」
ああ、もう。
僕は意を決して布団にもぐりこみ、アリサを抱きしめた。
驚いて体を硬くするアリサに
「何もしないよ、このほうがあったかいだろう?」
と言うと
「ん、あったかい」
そう言って力を抜き、アリサは眠りに落ちた。
いろいろな後悔に苛まれながら、冷たいアリサの体をただただ抱きしめた。
どれぐらいそうしていただろうか、アリサの体にぬくもりが戻ってきたところでようやくホッとして、自分も眠りについた。




