魔石
ランドールはわたしを、王宮のずいぶん奥の部屋へと連れて行った。
王宮って広いのね。
ここから一人で帰れと言われたら、完全に遭難するレベルだわ。
警備兵が立つ扉の前までやって来た。
ランドールの姿を認めた警備兵が敬礼をして、扉を開ける。
その部屋の中にいた数名の視線が一斉にわたしに注がれる。
「魔女を連れてきた。これで作業が捗るだろう」
とランドールが言うと、「おお」というどよめきが起きた。
もしかして、歓迎されてる?
だったら嬉しいわ。
よく日焼けしたおじさんのひとりが、ランドールに透明なクリスタルのようなものを渡し、それをランドールが私の手に握らせてきた。
「その石に魔力をこめてみせろ」
「……え?」
「え、じゃない。早くしろ」
はいはい、わかりました。
この石に魔力を充電しろってことね?
わたしはおにぎりのカゴを適当な棚に置いて、石を握りなおした。
「フル充電!」
ぎゅーっと握ると、何となく魔力が石へと流れていくような感覚があった。
手を開くと、無色透明だったはずの石が赤く光っている。
「これでいいの?」
ランドールに見せると、また周囲から「おお!」というどよめきが起こった。
うふふ、ちょっと嬉しい。
ランドールは「さすが魔女だな」と言ってニヤリと笑った。
「しかし、おまえの呪文はなんというか…独特だな」
「うるさいっ!」
王太子に向かって「うるさい」と言い放ち、魔石に次々と魔力を注ぎ込むわたしを、この部屋のメンバーたちはただただ茫然と眺めていた。
一体、何個の石に充電したんだろうか、さすがに疲れてきた……と思い始めたところで
「殿下、これが最後でございます」
という、おじさんの声が聞こえた。
よかった!
「ラストフル充電!」
最後のひとつまで気合入れて頑張ったわ、えっへん。
「よくやった」
ランドールに頭をポンポンされた。
「どお?ちびった?」
「アホか、なんて下品な女だ」
ランドールは冷ややかにわたしを一瞥し、呆れながら踵を返して部屋を出て行った。
わたしはそれを慌てて追いかける。
待って!ここで置いていかれたら遭難する!
カゴを忘れたまま退室したことに気づいたのは、小さな男の子が「お姉ちゃん、忘れ物!」と言いながら追いかけてきたときだった。
わたしはその子と目線を合わせるようにしゃがみ、お礼を言う。
「そうだ、おにぎりひとつあげる。魔女の作った元気が出る食べ物だよ。葉っぱをむきながら食べてね」
男の子はうれしそうに頷いてくれた。
互いに手を振って男の子が部屋に入っていくのを見届けた後、振り返るとランドールは少し離れたところで待っていてくれた。
小走りでランドールのところへ行こうとして、ものすごく息切れしている自分に気づく。
「ハァ、ハァ……あれ?」
「疲れて当然だ。あの量の魔石は通常、かなりの日数をかけて満タンにするものだからな。正直驚いた」
なんですって?それ先に言ってよ。
「わたしとエリオットを過労死させるつもりですか?」
「カローシとはなんだ?」
「よかった、この世界には過労死はないんですね、安心しました」
ランドールが心なしかゆっくり歩いてくれている気がする。
「あの石が船の動力なんですか?」
「………」
「魔女を弾圧している国が裏でコソコソ魔法に頼っているだなんて、カッコ悪いですね」
「魔女、あまり調子に乗るなよ」
ランドールが立ち止まった。
「国内で生まれた魔力を微力ながら持つ子供たちは本来ならば処刑される。それを処刑せずに有効活用しやっているだけだ。家族には相応な額の謝礼を渡している。皆、ありがたがっているぞ」
なんて身勝手で傲慢な屁理屈。
さっきのあの男の子も、両親と引き離されて召し上げられたってとこなのね。
「わたしのことも、そうするつもりなの?エリオットとの婚約をエサにして、わたしの魔力を利用するだけして、本当なら即処刑だけど生かしてやっている、ありがたく思えって、そういうことなんですね」
ランドールは再び歩き出した。
わたしもその数歩後ろをついていく。
「おまえの場合は少し違う。エリアスから『我が国に伝わる海神の加護で予言された救世主を見つけた、本物の祝福の石を海神本人から授かっている、その者が復讐の魔女も倒した』という報告をうけたときは、それは喜ばしいことだと思った。
それがどうだ、次の報告では『その者は実は異界から来た魔女で、彼女に求婚しました』だ。
それは、魔女と契約したということなんだろう?復讐の魔女を倒した救世主もまた魔女とは、何なのだ。『そうか、おめでとう』などと言えるわけないだろうが」
すうっと足の力が抜けていく。
そうだった、自分にイマイチ「魔女」の自覚がなかったからって、なんで今まで気づいていなかったんだろう。
わたしがエリオットの求婚を受けたってことは、エリオットが魔女との契約を結んだことになるって。
エリオットがあのとき「とっくに死ぬ覚悟はできている」って言ったのは、そういうことだったんだ。
「魔女から魔法をかけられているとか、惚れ薬を飲まされているとか、いろいろ疑ってあれこれ試すのは当然だろう?だいたい、同じ家で生活させるのだって……」
ランドールの話は続いていたけど、全く耳に入ってこなかった。
エリオットに重い足かせをはめたのは、ほかならぬわたし自身だったのだ。
ああ、どうしよう。
「おい、コラ、聞いているのか魔女」
肩をつかまれて我に返る。
いつの間にか、王太子執務室の前に到着していた。
「それ、エリアスに渡すんだろう?」
ランドールがカゴを見ている。
わたしはかぶりを振って、カゴをランドールに押し付けた。
「食べるなり捨てるなり、あなたの好きにしてください」
「ここからは一人で帰れます。失礼します」
頭を下げてそこからは一人で歩いた。
ずっと足に力が入らなくてフワフワした感覚だった。
それが、魔力を使いすぎたせいなのか、エリオットと魔女の契約を結んでしまっていたことに対するショックなのか、よくわからなかった。
なんとか王宮から出たところで息を整えようと立ち止まる。
するとそこへ「ごきげんよう、魔女さん」と言って、さっきエリオットの隣にいた美少女が姿を現した。
えーっと、名前はフィリスだったっけ。
まさか、わたしが出てくるのをずっと待っていたのかしら。
「噂には聞いていたけど、ほんとに真っ黒な髪をしているのね。いかにも『悪い魔女』って雰囲気だわ。あなたにはその色がお似合いだけど…気持ち悪いわね」
意地悪く微笑む顔もまた美しい。
「なるほど。そういうあなたは、いかにもな『悪役令嬢』ね」
こっちがしんどい時に勘弁してほしい。
頭が回らなくて上手い返しが思いつかない。
「悪役はあなたのほうよ、魔女さん。エリアスお兄様と婚約もしていないのに図々しく同じお屋敷で暮らしているんですってね。どんな魔法でお兄様を篭絡しているのか知らないけど、わたくしがお兄様の目を覚ましてみせるわ。
エリアスお兄様の隣に立つ婚約者にふさわしいのは、魔女ではなくて、このわたくしよ。そう思いませんこと?」
うん、正直そう思うよ。
思うけどね――
「うざい」低い声で言ってしまった。
フィリスは面食らって
「な、なんですのいまの意味不明な聞きなれない言葉は。さては魔女語ですわね?わたくしに呪いをかけたのね!?」
と、ひとりでギャーギャー騒いでいる。
わたしは無言でその場を立ち去った。
追いかけてくるかと思ったけど、さらに呪われるのが怖いのかフィリスは追ってはこなかった。
そこからは、どう帰ったかもよく覚えていない。
でも、なんとか家まで無事にたどり着いた。
帰宅するとすぐレイラが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。おぼっちゃま、さぞや喜んでおられたでしょう?」
ああ、また泣きそうだ。
「レイラにも手伝ってもらったのにごめんなさい、渡せなかったの。わたしちょっと疲れちゃったから、部屋で休むわね。たぶんお夕飯もいらないから、しばらくそっとしてほしい」
言葉を失うレイラを置いて、2階の寝室へ向かう。
階段を上がるのも億劫なほど体が重いけど、なんとか頑張った。
ベッドに倒れこんだわたしを見て、シャールが慌てた様子で言った。
「大丈夫か?どこでそんなに魔力使ってきたんだ?」
「ねえシャール、あのときと感覚がすごく似ているんだけど、わたしまたおばあちゃんになったりしないよね?」
「……おまえ、実はおばあちゃんだったのか?」
「ちがうわよっ」
「じゃあ大丈夫だよ。安心してゆっくり休め」
寒い。
わたしは布団にもぐりこんで、ガタガタ震える体を抱えるように丸まった。




