差し入れ
レイラに「大丈夫」と言ったものの、いざ王宮の入り口に立つ警備兵が見えると困ってしまった。
エリオットの執務室のある王宮の建物内に入るには、警備兵の許可を得ないといけない。
わたし、何と名乗ればいいんだろう。
よくよく考えると、わたしはまだエリオットの婚約者として認められていない。
一緒に暮らしているけれど親族でもないし、使用人でもないし……カノジョ?それもなんかねぇ。
かといって「どうも、救世主で魔女のスズキです」って名乗るのも違う気がする。
迷ったまま入り口に到着してしまい、おずおずと
「こんにちは。エリアス殿下の屋敷の者です。エリアス殿下に差し入れを持ってきました」
と告げると、警備兵はわたしの顔を見てギョッとして「少々お待ちを」と言って奥に引っ込んでしまった。
奥から「魔女が来たんですが、どうしましょう!?」と言っている声が聞こえる。
わたしって顔が広いのね。助かるわ。
しばらくその場で待たされて、てっきりセバスチャンが迎えに来てくれるのかと思っていたら、出てきたのはなんと王太子のランドールだった。
「今日は来客が多いな。魔女、何の用だ」
ちょっと!わたしは王太子を呼べなんて言ってないわよ!と訴えるように警備兵を見つめると、気まずそうに目をそらされた。
「おい、そんなコワイ顔をするな。警備兵が怯えているじゃないか。行くぞ」
ランドールが早足で歩き始めたから、慌てて後ろをついていく。
えーっと、エリオットのところに案内してくれるんだよね?
と思っていたら、ランドールが振り返らずに歩きながら言った。
「ちょうどおまえに用があったんだ。後でエリアスに迎えに行かせようと思っていたが、まさか、おまえから来てくれるとはな」
ええー。
じゃあわたし、家でおとなしく待っていたら、エリオットと一緒にゆっくりお昼ごはん食べられたってこと?
ああ、どうしていつもこう空回りしちゃうんだろう。
おにぎりの入ったカゴを胸に抱えて思わず立ち止まる。
引き返しちゃおうか。
すると、わたしのそんな気配を察したのか、ランドールも立ち止まって振り返った。
「おい魔女、行くぞ。それをエリアスに届けるのだろう?」
わたしは無言でコクリと頷いて再び歩き始めた。
何の用か知らないけど、その前にエリオットに会わせてもらえるなら、それでいいか。
エリオットの執務室と思われる部屋の前に着くと、ランドールはノックもせずにいきなり扉を開けた。
中にいたのはエリオットだけではなかった。
エリオットの座るイスのすぐ横に、とても綺麗な女の子が立っていて、二人ともびっくりした顔でわたしたちを見ている。
「あら、あなたが噂の婚約者さん?」
最初に言葉を発したのは、その女の子だった。
ゆるやかなウエーブのかかった金髪と、透き通るような緑色の瞳。
白くて細くて長い指をふっくらとした桜色の唇にあてて首をかしげるそのしぐさは、お人形のように美しくて、差し込む日差しに照らされたエリオットとのツーショットは、あまりにもお似合いだった。
二人の距離が近すぎやしないか、ということよりも気になったのが、エリオットの机に置いてあったクッキーだった。
離れた位置から見ても、かわいらしくて美味しそうなクッキーだ。
この子が持ってきた差し入れだろうか。
ああ、また失敗した。
わたし、葉っぱに包んだ天むすなんてものを持ってきちゃったよ…。
わたしは胸に抱えていたカゴを咄嗟に後ろに隠した。
するとランドールが
「おい、それ渡すんだろう?」とデリカシーの欠片もないことを言い始めたから、真後ろに立っていたランドールに体ごと向き直った。
「うるさい」
小さい声で言う。
わたしの顔を覗き込んだランドールは少し面食らった様子で、エリオットから隠すようにわたしの肩を抱いた。
「エリアス、魔女をしばらく借りる」
ようやく我に返ったのか、「では一緒に」と、エリオットが慌てて立ち上がるような音が聞こえたが、わたしは顔を上げられなかった。
「おまえはいい。フィリスの相手でもしていろ」
ランドールは有無を言わさずエリオットの執務室の扉を閉めて、わたしの肩を抱いたまま歩き出した。
いまはそれが、ありがたかった。
あの子、フィリスという名前なのね。
年齢はわたしと同じぐらいかな。
本来、ああいう子こそがエリオットにはお似合いなのよねぇ。
と考えていると、
「おい、あの程度で傷ついて泣くな。執務室で女と二人っきりだったからといって不貞を疑っていてはキリがないぞ」
とランドールが言った。
「泣いてません」
「泣いてるだろう」
「エリオットの浮気とか、そういうのを疑ってるわけじゃないです。むしろ、あの二人がお似合いすぎて見とれていたぐらいなんですから。わたしの女子力がないっていうか、方向性が違うっていうか、それを悲観していただけです」
「ジョシリョクの方向性?意味はよくわからんが、機嫌を直せ。いまからおまえにひと働きしてもらわないといけないのに、心を乱されては困る」
そう言われて、肩を抱いてくれたのも、泣くなと言ってくれたのも、優しさではなかったのだと気づく。
ほんと、デリカシーの欠片もないヤツ。
これから何をさせられるのか知らないけど、やってやろうじゃないの。
ちびっても知らないからねっ!




