慣れない生活
それからもエリオットは激務が続き、夕食を一緒に食べられない日が続いている。
エリオットが帰国するまで、一体その仕事は誰が担当していたんだろうか。
いろいろなことが中途半端なままだ。
いまのところ国王様からの呼び出しや無茶な要求はないが、わたしたちの婚約の件も進展なし。
「なんか、思ってたのと全然ちがうなー」
魔法陣ラグマットを編みながら、ぽつりと愚痴がこぼれる。
「魔女様、救世主様って、みんながちやほやしてくれると思ってたのか?」
シャールが言う。
「さすがにそんなことは思ってなかったわよ。信頼を得るには時間がかかるし苦労もするだろうって、その覚悟はあったの。
でも、もっとエリオットと一緒に過ごして、エリオットの力になれるんだと思っていたの。
こんな、1日中編み物しながら過ごす生活じゃなくてね。これはこれで、作業が捗るからいいんだけどさ、この勢いだと来週には完成する勢いよ」
シャールが前足を伸ばしてあくびをしながら言う。
「早い話が、新婚早々ほっとかれて拗ねてんのか」
「もうっ、ちがうわよっ!わたしたちまだ結婚してないし!」
「ムキになるなって」
「あーもう、シャールがヘンなこと言うから網目がおかしくなったじゃない」
「はいはい」
シャールは適当な返事をしながら丸まって寝てしまった。
エリオットは毎晩疲れた様子でセバスチャンとともに帰宅して遅い夕食を食べ、お風呂に入ってすぐ寝る、という生活だ。
寝る前のおやすみのハグとキスは欠かさずにしてくれるし、「忙しくてごめんね」と心底申し訳なさそうに言ってくれる。
エリオットも帰国したてで慣れない生活を頑張っているのだから、わがままは言えないよね。
本当は、レイラやニコラスと一緒に市場へ食材の買い出しに行ってみたい。
この国の人たちがどんな暮らしをしているのかも見てみたい。
浜辺へ行って、昆布とかワカメとか、海藻が打ち上げられていないか見に行きたい。
打ち上げられていたらもちろん持ち帰って、食べたい!
でも、魔女の私が王宮の敷地から出るには、エリオットまたはそれに準ずる者が同行するか、国王様の許可が必要らしい。
「はぁっ」
大きなため息が出た。
夕食は、ひとりぼっちだと寂しいので、どうしてもとお願いしてニコラスとレイラに一緒に食べてもらっている。
今日は白身魚のムニエル、葉物野菜のサラダ、ポタージュスープ、そして白いごはん!
わたしたちの後を追うように、この国へ来た3日後にお米が届いた。
エリオットが粘り強く交渉してくれたおかげで、定期的に送ってくれることになったやつだ。
お米定期便に感謝。
いつか、乾燥昆布と乾燥ワカメ、煮干しを携えてお礼を言いに行きたい。
不思議なのは、魚が普通に食卓に並んでいること。
たしかに今はもう荒れ狂う波がおさまって漁に出ようと思えば出られるはず。
でも、海神様がこの海域から去ってからのここ300年ほどは、漁などできなかったわけよね。
いまこの国に、漁師さんとか漁船とか漁港なんてものが存在するんだろうか?という素朴なギモンをニコラスにぶつけてみたところ、遠洋漁業の漁師と漁船が存在していることがわかった。
荒れ狂う近海を離れて遠くの海で漁をして半年に1回戻ってくるんだとか。
ちょうどいまはその漁船が戻ってきたところで、市場にも魚介類が並んでいるのだという。
あぁ市場に行きたい!
という欲求とともに、新たに浮かんでくるギモン。
「そんな大型漁船をどうやって動かしてるの?あの波を越えていくためには相当な推進力が必要だったんじゃないかって気がするけど……」
この国が、工業大国のようには見えない。
「よその国から漁船を買ったの?燃料は何?…それとも、船の底でムチに打たれながら何百人もの奴隷が人力で漕いでるとかじゃないわよね?」
おそるおそる聞いてみると
「なんだそりゃ」とニコラスがガハハと笑った。
よかった、そういうんじゃないらしい。
「そこまではオレにもちょっとわからねえなぁ。ぼっちゃんに聞いてみてくれ」
そうよね、今度のお休みの時にエリオットに聞いてみよう。
休日がいつなのかもよくわからないけれど。
だったら、こっちから会いに行こうか。
お昼の休憩ぐらいはあるのよね?
「ねえ、わたし明日、エリオットに差し入れを持っていこうかな。おにぎり作りたい」
わたしの思い付きを、レイラとニコラスも賛成してくれた。
久しぶりにワクワクした。
おにぎりの差し入れのことは、エリオットには内緒にしておいた。
サプライズで届けて、驚いて喜ぶ顔が見たかったから。
朝、いつものようにエリオットとセバスチャンを見送ったあと、ごはんを炊きはじめた。
小麦粉を卵と水でといて衣を作り、白身魚をくぐらせて油で揚げるようにニコラスにお願いした。
白身魚の天ぷらだ。
粗熱がとれたところで、ごはんで天ぷらを包むようににぎり、天ぷらをわざと上にはみだすかんじに三角おにぎりを作っていく。
「じゃーん、天むすの完成」
お皿に並ぶ天むすを見て、わたしは達成感でいっぱいだった。
「味見」と称して3個も食べてしまった。美味しかった。
エリオットには3個持っていこうかな、いや4個?
5個は多いよねぇ。
じゃあ4個で。
エリオットが喜んでくれますようにと思いながらおにぎりを包んでカゴに入れた。
時間はちょうどお昼前。
「残りは、レイラとニコラスで食べてね。じゃあ行ってきます」
と家を出ようとして、レイラに
「おひとりで大丈夫ですか」
と聞かれたが、
「大丈夫よ。届けるだけだから」
と言って出発した。




