王太子の訪問
昼食を終えると、エリオットは王宮へ出勤していき、わたしはレイラに「少し休むから」と告げて自分の寝室にこもった。
たしかに疲れてはいたけど、ほんとは作りたいものがあって、誰にも邪魔されたくないだけだった。
レース編みのラグマット。
ただのインテリアだと見せかけて、実はこれは魔法陣だ。
ルデルリーのプリシラの薬屋は、わたしがこの世界に召喚されてからずっと閉店していて、わたしが本来の姿に戻ってからは、ここの薬師は修行の長旅に出たので、わたしが管理人としてたまに様子を見に来るからと、大家さんや周辺のお店に説明している。
こちらの国に来るにあたり、エリオットには「いつでも帰っていい」と言われてはいるけれど、片道休まずで丸1日、のんびりで1泊2日となれば、気安く行き来できる距離ではない。
だったら、魔法陣でピューンでしょ。
というわけで、あの家の寝室にマークを残しておいた。
そのマークに転移するというコマンドを記した魔法陣を描けば、どこにいてもそのマーク地点まで飛んでいける。
魔法陣を、海神様のように指パッチン一発で展開できればいいのだけどね、無理なんです。
いちいちチョークで床に時間をかけて描くのは手間だし、紙に描いておいてそれをどこかに隠しておくのは、誰かに見つかったときに何かと不安だ。
だから魔法陣の紋様を図案にしてレース編みのラグマットにしようと思いついた。
これなら編んでいても、趣味のレース編みをしていると言えるし、寝室のサイドテーブルの下に敷いていても違和感はないだろう。
ここへ来る前にいたルデルリー王国は四季があって、冬の農作業ができない間の手仕事としてレース編みが普通に行われていたから、かぎ針と材料の糸の調達も簡単だった。
わたしひとりが真ん中に立って少し余裕があるぐらいの大きさのラグマットに仕上げないといけないから、かなりの大きさになる。
時間はかかるだろうけど、頑張ろう。
わたしは自分の荷物の中から、事前に描いておいた魔法陣の図案と太めの糸とかぎ針を取り出し、さっそく編み始めた。
集中していたから、どれぐらい時間がたったのかはわからなかった。
ノックの音が聞こえて、レイラが顔をのぞかせた。
「お嬢様、王太子殿下がお見えなんですが……」
「エリオットはまだ帰ってきていないんでしょう?」
と言うと、レイラは言いにくそうに告げる。
「それが、お嬢様に御用があるそうです」
エリオットの留守を狙って来たってこと?
どうしようか、素気無く追い返すわけにもいかないだろう。相手は王太子なのだから。
「応接室にご案内して」
その選択肢しかなかった。
ランドールはソファに足を組んで優雅に座っていた。
顔はともかく、スタイルの良さはやっぱり兄弟ね。
「エリオットはまだ帰宅していません」
と一応言ってみると
「そりゃそうだろう、あいつはいま書類の山と格闘しているからな」
と返ってきた。
予想通り、エリオットの不在を狙ってわざわざ訪ねてきたようだ。
向かい側のソファに腰掛ける。
「まあ、そう警戒すんなって」
笑いを含んだような口調とは裏腹に、この人の目はいつも笑っていないからこわいのだ。
「忠告しに来てやっただけだ」
「なぜエリオットがいないときに?」
ランドールが体を屈めてわたしの顔をのぞきこむように言う。
「聞いてないんだろう?毒に気をつけろってこと」
毒ですと!?聞いてないわ。
返事をせずに黙っていたけど、思いっきり顔に出ていたらしい。
「やっぱりな」と言われてしまった。
そこへレイラがハーブティーを持ってきて、ティーセットを並べて退室した。
カップを持ち上げ香りを嗅いだランドールが
「なんだこの飲み物は」と眉をひそめた。
わたしは、うふふっと笑いながら
「ご心配なく、毒も惚れ薬も入っていませんから。気持ちが落ち着くハーブティーです」と言って、先に一口飲んで見せた。
「オレたちの母親がいつどうやって死んだか聞いてるか」
「5年前に病気で、とだけ…」
「毒殺だったんだ」
ランドールが静かに告げる。
わたしは思わず息をのんだ。
5年前、いまの第二王子のサットンが生まれた。
そのお祝いに訪れたランドール母子は、帰宅後に二人そろって体調を崩し、ランドールは助かったものの、母親のアイリス妃は徐々に衰弱していき、その3か月月後に帰らぬ人となったという。
サットンの見舞いのときに出された紅茶に何か混入していたのではという疑いが浮上したが、決定的な証拠がつかめなかった。
当初の予定では、その訪問にエリオットも同行することになっていたが、エリオットが風邪気味だったため、生まれたての赤ん坊に病気をうつしてはならないというアイリス妃の配慮により急遽訪問をとりやめ、ランドールと二人で訪れることになった。
もしもエリオットも同行していたらどうなっていたかわからない。
当時すでに王太子だったランドールは国王様に密かに進言し、エリオットを留学という形で大人になるまで戻ってこないよう国外へ出したのだという。
国王様も、サットンの母親・ミランダ妃が毒を用いてアイリス親子を全員殺そうとしたのではないかという疑いを持ちながらも、証拠がないことと、ミランダ妃の母国との関係を考慮してこの5年間、不問のまま泳がせている状況だという。
サットンが生まれるまでは第二王子だったエリオットを第三王子にし、サットンを王位継承第二位にしたことで、ひとまずミランダは満足していたようだが、今日わたしとエリオットが派手に海神様の加護を見せびらかしたことにより、このたった半日ですでに王宮内ではエリオットの株が急上昇中だとか。
だから毒に気をつけろ、ということらしい。
第二王子のサットン殿下がまだ5歳だってことも、いま初めて知ったわ。
「それ、エリオットも知っている話なんですか?」
「もちろんだ。あいつはのんびりいているが、馬鹿ではないからな。母親が毒により死んだことも、それがミランダの仕業であることも知っている。
だが、おまえには話していなかったのだろう?あいつはおまえに何も言わないまま、どうにか穏便にすませたいんだろうが、そういうところが甘ちゃんなんだ。
ヘタすると、おまえら二人まとめて命を落とすことになるぞ」
「あなたは、それっきり命を狙われていないの?」
と聞くと、
「オレの心配より、まず自分たちの心配をしろ」と前置きした上で
「オレの敵はミランダだけではないからな、命を狙われるのはしょっちゅうだ」と、なぜかドヤ顔で教えてくれた。
「エリアスに守ってもらいたいだけならさっさとしっぽっを巻いてルデルリーにでも異界にでも帰れ。あいつのそばにいたいのなら、自分のことぐらい自分で守れるようになれ」
ランドールが立ち上がった。
そのまま扉に向かって歩いていく。
と、ふいに立ち止まり振り返った。
「おい魔女。エリアスが死んだら、オレと結婚するか?」
「なっ、しませんっ!」
あはは、と笑いながらランドールは帰っていった。
残念ながら、ハーブティーは手付かずのままだった。
夜、エリオットが疲れた様子で帰宅した。
そこへレイラが何やら耳打ちして、エリオットの表情がさらに曇る。
ランドールの突撃訪問の報告だろうか。
せめて、夕食を食べ終えてからにしてほしかったわ。
エリオットと一緒に遅めの夕食をとる。
「アリィ、僕の帰りが遅いときは先に食べていていいんだよ?こんなに遅くなるとは思っていなかったから、待たせて悪かったね」
「ううん、わたしが待っていたかったの。でも次からは先にいただくことにするね」
エリオットが食事の途中で手をとめる。
「夕方に兄さんが来たんだって?」
「うん、突然だったからびっくりしちゃった」
笑って見せる。
「まったくあの人は」とエリオットがこめかみを押さえる。
「それで、何の用だったの?」
「んーとね、自分の身は自分で守れ、だって」
ランドールの口調を真似ておどけてみたけれど、エリオットの表情は一層険しくなるだけで、今日の昼食のあの和やかな雰囲気が遠い過去のように思えた。




