ローリンエッジ王国へ
ルデルリー王国の王都からローリンエッジ王国の王都までは、馬車で丸1日かかる距離だ。
早朝に出てほぼ休憩なしで走らせれば深夜には到着する距離らしい。
今回の帰国の旅は急ぎではないことと、わたしが馬車での旅に不慣れなことを考慮して1泊2日の旅になった。
道中、エリオットはずっとわたしの横に座り「疲れてない?休憩しようか?」と気遣ってくれた。
時間がたっぷりある旅の道中、馬車に乗る前に聞いた海神様の加護について再度エリオットが説明してくれた。
「…つまり、ええっと、『愛し合う二人』って、わたしたちのことなのね?」
言い訳をさせてもらうと、わたしの役割はプリシラを葬ったことでもう終わったと思っていたのだ。
『国をよりよい方向へ導いていく』ってそんな大それたことを……誰がするの?え、わたし?冗談でしょ!?
というのが正直な感想で、気持ちが追いつかない。
「アリィが愛する男は僕しかいないって、そう受け取ってもいいかな?」
エリオットの顔が赤い。
「そこに関しては、もちろんその通りよ」
と笑顔で返すと、エリオットに抱きしめられた。
シャールの「あほくさ」というつぶやきが聞こえたが、無視することにした。
国境の町に着いたのは夕方で、みんなで食事を済ませ、翌日の旅に備えて早めに宿のそれぞれの部屋で休むことにした。
「あー、さすがにおしりが痛い」
ぼすん、とベッドに倒れこむ。
「アイツには『大丈夫、平気よ』とかなんとか言ってたくせに」
シャールが生意気な口をきいた。
「だって、おしり痛いなんてエリオットに言えると思う?」
「言えるだろ」
「言えないわよっ!」
「あーあ、またメンドクサイのが始まった」とつぶやいて、シャールがそっぽをむいて丸まってしまった。
そこへ、コンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえて、開けてみるとエリオットが立っていた。
「にぎやかだね」と笑いをこらえているエリオットを招き入れる。
シャールの言葉は、わたしにしか聞こえない。
ほかの人たちには「にゃー」と鳴いているようにしか聞こえないのだ。
だからさっきの会話も、わたしの大きな独り言に黒猫が「にゃーにゃー」合いの手を入れているようにしか見えないらしい。
「どうしたの?」
エリオットを見上げると、抱き寄せられた。
やさしく唇を重ね、耳と首筋にもちゅっとキスされて、心拍数が跳ね上がる。
「おやすみの挨拶がしたかっただけ」
耳元でささやくエリオットの吐息が熱い。
たぶん真っ赤になっているであろう自分の顔を見られるのが恥ずかしくて、エリオットの胸に顔をうずめ、背中に手をまわしてぎゅーっと抱きついた。
心なしか、エリオットの胸もずいぶんとドキドキしているような?
いやこれは、自分自身のドキドキなのか?と思っていたら、エリオットの体が離れた。
「これ以上煽られるとだめだ」
エリオットが小さくつぶやく。
「え?」
「明日からが楽しみだな。おやすみアリィ、ゆっくり休むんだよ」
「おやすみなさい」
部屋を出ようとしたときエリオットは、そうそうと言って振り返り
「明日は、王室用の座席が豪華な馬車だから、おしり大丈夫だと思うよ」
と笑って、立ち去って行った。
ぎゃー!シャールとの会話を聞かれていたのね。
恥ずかしい!
先にベッドで丸まっていたシャールを羽交い絞めにする。
「やめろ!」
「シャールのせいだからねっ、もうもうっ」
「え、オレのせいか?」
じゃれあっているうちにいつの間にか眠ってしまった。
王子様に溺愛されているという幸福感に浸りながら―。
翌朝、国境を越えるとそこにはたしかに豪華な馬車が待っていた。
ひと目で要人が乗っているとわかる外装だ。内装もさぞ立派にちがいない。
国境の警備兵たちはエリオットに向かって敬礼し、エリオットは普段とはちがう凛々しい表情でそれに応えている。
そうだ、エリオットは飾らない人だからついつい忘れてしまうけど、この国の王子様なのだと改めて思い知らされる。
しかし、馬車に乗り込んで警備兵から見えなくなると途端にデレて、「アリィ」と言って抱きついてくる。
これからもずっと、わたしがこの人にとっての安息の地でいられるだろうか。
本当に国を変えていくなんていうことが出来るんだろうか。
頑張らなくっちゃ。
昼過ぎにローリンエッジ王国の王宮に到着した。
王宮の手前でチラっと海が見えた。
春のうららかな日差しに照らされたキラキラ光る穏やかな海――を想像していたわたしにとって、その光景は衝撃的だった。
遠目にチラっと見ただけでも、白波が立って、荒れ狂っているのがわかる。
この国に来たら美味しい魚介類をいっぱい食べられると期待していたんだけど、何か勘違いしていたかもしれない。
あんな海で漁なんてできるんだろうか。
エビピラフが遠のいていくのを感じた。
そんな軽いショックを受けているうちに馬車は王宮へと到着し、エリオットのエスコートで馬車から降りた。
「アリィ、大丈夫だよ。僕がついてるからね」
降り際にエリオットが耳元で小さく言った。
エビピラフロスで口数の少ないわたしを、王宮に着いて緊張しているのだと勘違いしたのだろうか。
そういうことにしておこう。
出迎えた人たちの視線が一斉にわたしに集まっているのを痛いほど感じる。
プリシラとの一件に関しては国王様にすでに報告済みで、その報告には、わたしが魔女であることや、エリオットの婚約者として帰国に同行する旨も記されていて、国王様も了承済みだとは聞いている。
話はどこまで広がっているのだろうか。
今日のわたしは、濃紺のフレアワンピースを着ている。
エリオットとの初デートで着た若草色のワンピースと色違いのもので、あのときマネキンが着ていて最初に気になったこの色もエリオットがこっそり買ってくれていたらしく、あとから届いた袋の中に入っていた。
シックな色のワンピースを着て、胸に黒猫を抱く黒髪のわたしを、ひと目見たあと顔をゆがめて目をそらす者もいた。
今日わたしは、あえてこの「ザ・魔女」という格好で来たのだ。
「魔女ですが、なにか?」
と心の中で思いながら、まっすぐ前を見てエリオットの横を進んでいく。
エリオットがわたしの腰に手を回してくれているのが心強かった。




