エリオットの苦悩
セバスチャンにどんなに反対されようが僕の気持ちは揺るがないと決意して、プリシラに求婚したはずなのに、どういうわけか彼女の中身が別人にすり替わっていた。
この現実を受け入れるのには抵抗があったが、そのすり替わった人物、スズキアリサがかわいくて面白くて、日がたつにつれて自然とそれを受け入れている自分がいた。
そして、それと反比例するかのように、あれほど盲目的に焦がれていたプリシラへの想いが薄れてきているようにも感じていて…。
しかしプリシラのハーブティーが飲みたい衝動にかられることが頻繁にあり、その渇望感こそがプリシラへの愛情なのだと自分自身に言い聞かせていた。
アリサが持参したハーブティーを飲んでも渇望感はおさまらなかったが、さらに飲み続けているうちにいつの間にかそれが消えていた。
それと同時に頭がスッキリして冷静にプリシラとのことを思い返すと、彼女が語っていた経歴について腑に落ちない点が出てきたので、セバスチャンにプリシラの経歴をできるだけ詳しく、追えるだけ追ってほしいとお願いした。
プリシラへの愛情はどんどんと薄れていき、かわりにプリシラと同じ姿をしたアリサに急速に惹かれていく自分がいた。
そうだ、本来僕は、こういう元気がよくてよく笑う子がタイプだったはずなんだ。
プリシラは真逆だったのに、あれほどストンと恋に落ちたのが運命ではないのだとしたら、セバスチャンの言う通り魔法にでもかけられていたんだろうか?
そう思う一方、プリシラと少し会えないだけで愛情が冷めてしまうだなんて、まして姿が同じとはいえ別の子を好きになりはじめているだなんて、僕はそんなに浮気性で軽薄な男だったのか!?と、悶々と自問自答する日々が続いた。
表面上は平静を装わなければならない日々の中で、夕食後にアリサを抱きしめることに癒しを求めていた自分の弱さにも嫌気がさしていた矢先に起きた、アリサがニコラスに恋していると勘違いした一件。
アリィはああいうゴツゴツした男が好みなのか、と思ったと同時に沸き上がった猛烈な嫉妬心。
そこにはもう、プリシラは欠片も存在しておらず、僕はプリシラの中にいるスズキアリサに焦がれているのだと思い知らされたのだ。
プリシラが戻った暁には、正直にこの気持ちを話して誠心誠意謝罪するしかない。
その上で、もしアリサがまだこの世界にとどまっているならば交際を申し込もう。
アリサ本人がどんな容姿かはわからないが、たとえ姿がかわっても気づくことができる、そんな妙な自信もあった。
そして、けじめをきちんとつけるまでは、プリシラとアリサを混同したハグをするのはもうやめようと決意した。
ちょうどその頃、セバスチャンの調査報告により、プリシラは本当に魔女なのかもしれないという疑惑が持ち上がり、アリサも何かそのことについて知っているのではないかと思ったのだが、尋ねても教えてもらえなかった。
自分の立場と魔女との関わりを考えたとき、ヘタするとこれは自分の命に関わるような、あるいは祖国を揺るがすような事態になるかもしれないという胸騒ぎがした。
最終的には、アリサから「惚れ薬を飲まされていた」と聞いて、そもそも最初からあの盲目的な想い自体がまやかしだったのだと大いに納得したものの、魔女につけこまれた脇の甘さは反省しないといけないだろう。
「魔女」と聞いて頭に浮かんでいたのは、昔に海神がのこしたという予言と加護。
この試練を切り抜けることができたら、それはすなわち自分自身が海神の加護に示された救世主なのではないか。
もしそうならば、魔女との融和という大きな目標への第一歩となるはずだ。
その突然芽生えた野心は、アリサが老婆になったことによってあっさり折られた。
アリサに危害が及ばないようにと距離を置いていたのが間違いだったのか。妙な野心を抱いた罰が当たったのか。
この子ひとり守ることができないじゃないか。
悔やんでも悔やみきれない思いで年老いて弱っていくアリサに付き添い続けた。
アリサの老化はどこかで自分たちを見ているプリシラの仕業かと思っていたのだが、まさかあれがプリシラの本来の姿だったと知ったときは驚いた。
バラに宿ったプリシラにどの程度の意思があったのか、今となってはわからないが、アリサの機転で暖炉に投げ込まれなければ、体が痺れてしまうあの香りをまき散らし続けていたかもしれない。
痺れさせた相手の体に魂を移して乗っ取っていたかもしれない。
想像するだけで恐ろしい。
アリサの本来の姿、そのつややかな黒髪と大きな黒い瞳に見とれていたら、アリサは僕のコートをはぎとって、あっという間にどこかへ行ってしまった。
アリサが使用していた客間をのぞくとベッドには誰もおらず、やはり今の子がアリサなのだと確信して、そうであるならば彼女が行く場所はひとつしかない。
セバスチャンたちを落ち着かせると、アリサを迎えに行くと言って僕も商業区へ急いだ。
アリサに再会すると、彼女が話し終わらないうちに思わず抱きしめていた。
彼女からこの事件の真相の一部始終を聞き、自分と一緒にローリンエッジに来てほしいと言ったが、あっさり断られてしまった。
そこで諦めずにデートの約束を無理やりして帰宅すると、僕がアリサを連れて帰ってくるだろうと期待していた三人がわかりやすく落胆の表情を見せた。
今朝、ニコラスから「あの嬢ちゃんは色気より食い気で攻めたほうがいい」というアドバイスをもらった。
アリサを迎えに行くと、服がないと涙目になっていて、耳元で「人生初のデートなのに」と言われたときには、もうかわいすぎて、このまま押し倒してしまおうかという衝動を抑えるために数秒目を閉じなければならなかった。
デートで一番の笑顔を見せてくれたのは、やはり焼き芋を食べた時だ。
宝石をはめこんだ銀細工の髪飾りがイモに負けるとは。
自分の恋愛観を大きく変えなければならなくなった。
前夜、レイラに、お嬢様にはっきり気持ちを伝えたのかと迫られ
「もちろんだ。『きみを放っとけない、言ってる意味わかるよね』と言った」
と言ったら、
「お嬢様はそれが愛の告白だってわかっていましたか?あの方は無自覚すぎるというか、常識の斜め上というか、ストレートに言わないとわかっていただけませんよ」
と呆れ顔で説教されてしまったので、今日は頑張った……はずだった。
あれだけ体を寄せ合って「きみにベタ惚れだ」「好きだよ」「惚れさせてやる」と、それはもう思い出すたびに恥ずかしさで叫びそうになるほどストレートにこちらの気持ちを伝えているっていうのに、アリサときたら「ありがとう」と言ってかわいらしく微笑むだけで、まるで他人事のような様子だったじゃないか。
どうしてこうなったんだ。
2日連続の失意の帰宅となった。
ダメージは相当だ。もちろん帰宅後すぐ泣いた。
「セバスチャン、僕はもうだめだ。アリィはもう僕についてきてはくれないと思う。
魔女嫌いのセバスチャンが、アリサなら構わないと言ってくれたのに、すまない」
セバスチャンはハンカチを差し出しながら言った。
「奥の手を使わなかったのですか」
「使わない。使いたくないんだ。そんな断れない状況で彼女を囲い込んで無理に連れて行くようなことはしたくない」
セバスチャンの言う「奥の手」とは、魔女との契約のことだ。
アリサはとても大事なことに気づいていない。
アリサが魔女であるならば、僕とアリサとの「婚約」という名の契約は、もう成立しているかもしれないのだ。
僕がプリシラだと思って求婚したあのとき、中身がアリサに入れ替わっているとは知らずに僕は「結婚してください」と言い、アリサは何を勘違いしたのか「喜んでお受けします」と了承したのだから。
そのあとすぐに「今のはナシ!」と否定したが、魔女との契約はおいそれとは取り消せないのだと聞いたことがある。
僕とアリサの間に契約が成立しているのかまだ保留状態なのかは不明だが、アリサを手放したくないのならそれを逆手に取れとセバスチャンに言われていたのだ。
アリサとの契約が成立したのか否か、それがわからないまま帰国して別の女性と婚約手続きを進めたら、魔女との契約違反で僕は死ぬかもしれないと言えば、アリサはそれは大変!と、とりあえずついてくるだろう。
今日、プリシラのネコとどうやって契約したの?とさりげなくアリサに尋ねると、彼女は「名前を呼んで、鼻にチュッてしただけ。それで成立したみたいよ」と嬉しそうに教えてくれた。
ふーん、名前とキスね。
別れ際のあのとき、アリサが目をつむってくれたら了承の意味だととってキスするつもりだったが、彼女は大きな目をさらに大きく開いて戸惑いながらこちらの顔を見つめていた。
デートが初めてだと言っていたからそういう経験もないのだろうけど、それにしてもわかってなさすぎやしないか?
それとも、僕に対して全くその気がないっていうことなのか?
「無理に連れて行きたくないとか、そんなのんきなこと言ってる場合ですか?こうなったら、かどわかすでも何でもして連れて行きましょう」
レイラが横から口をはさんできた。
目が本気だ。こわい。
「やっぱり食い気で攻めるべきでしょう。嬢ちゃんがここに来る日に余っているコメ全部炊いて、おにぎりパーティーしましょうや」
名案の気もするが、それでは結局アリサは僕ではなくニコラスになびくだけじゃないのか?
何にせよ、たった3か月で使用人たちの心まで掴んでいたアリサはすごいな。
やっぱり手放したくない。
いまのぼくにできることは、今後のアリサのためにコメを確保することぐらいか。
セバスチャンに、5日以内にコメの入手ルートを確保するように言った。




