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第073話:【実食】霜降り毛長羊の熱々ジンギスカン風鉄板焼き&雪融け玉ねぎダレ

氷点下十二度の白雲平原に、パチパチと心地よい熾火(おきび)の爆ぜる音が響いていた。

 ティオが雪を掘り固めて作った半円形の風防。

 その中央に据え付けられたのは、一行の相棒である厚さ1センチの黒鉄の平鉄板だった。

 極寒の雪山において、薄いフライパンでは外気で熱が瞬時に奪われてしまう。

 だが、この分厚い黒鉄の鉄板は、白樺の炭火の熱をたっぷりと蓄え、食材を乗せても温度が一切下がらない。

 そこへ、バルツが《霜降り毛長羊》の腎臓の周りから採取した、雪のように真っ白な『ケンネ脂(最上級ヘット)』の塊をトングで滑り込ませた。


 ――ジュウウウウウウッッッッ!!!!


 心地よい破裂音と共に、純白の脂が一瞬にして透明な油へと溶け広がり、鉄板の表面を滑らかにコーティングしていく。

 立ち上る甘くミルキーな獣脂の香り。

 フェロモン臭腺を完璧に摘出したため、嫌な獣臭さは本当に微塵もない。

 まるで最高級の乳牛の生クリームを焦がしたかのような、濃厚で上品な甘美なアロマが雪原を満たしていく。


「おっちゃん……! 脂が溶けただけで、もう美味しそうな匂いがするニャ!」


 ニーナが両手に竹箸を握りしめ、尻尾をパタパタと雪に打ち付ける。

 バルツはニヤリと笑い、厚さ一・5センチに豪快にスライスされた《霜降り毛長羊》のラムロース肉と、骨付きのリブチョップをトングで掴んだ。


「行くぞ。ジンギスカンの鉄則は『中央に肉、周囲に野菜』だ。肉から溶け出した極上の霜降り脂を、周りの野菜に余すところなく吸わせるんだよ! 骨付きのチョップは骨周りに一番アミノ酸が詰まってる。じっくり骨まで焼き固めろ!」


 ――ジューーーーーッッッッ!!!!


 熱い鉄板の中央に、大ぶりのラムロース肉と骨付きチョップが次々と敷き詰められた。

 赤身に散りばめられた雪のようなサシがパチパチと音を立てて縮み、肉の表面に香ばしいキツネ色の焼き色がついていく。

 そして、その肉を取り囲むように、先ほど畑から掘り出したばかりの『雪下キャベツ』が手でザクザクと大振りにちぎられて投入された。

 さらに、乱切りにされた雪下カブと雪下人参が山盛りに盛られる。


「うわあ……! キャベツが、お肉から出た脂を吸って、ツヤツヤに輝いていくわ!」


 シェリルが感嘆の声を上げる。

 肉から滲み出た透明な上質脂が、鉄板の傾斜を伝って周囲の雪下野菜へと流れ込み、キャベツがジュウジュウと音を立てて甘い蒸気を噴き上げる。

 雪下カブの表面がキツネ色にこんがりと焼け、中はトロトロの半透明に透き通っていく。

 だが、真のクライマックスはここからだった。

 バルツが懐から取り出したのは、竹筒に入った特製の『雪融け玉ねぎダレ』だった。

 第1章で手に入れた大豆醤油、熟成香草酒、雪の下で甘みを凝縮させた玉ねぎのすりおろし、野蜂の蜂蜜、そして野生の行者ニンニク(山ニンニク)をすり鉢で練り合わせた、黄金比のタレ。


「仕上げだ! 全員、息を吸う準備をしとけ!」


 バルツが竹筒のタレを、熱々の鉄板の上へ一気に回しかけた!


 ――バシャアアアアッッッ! ジュワアアアッッッ!!!!


 爆発的な蒸気の柱が立ち上った!

 熱々の鉄板で焦げたニンニク醤油の香ばしさ!

 すりおろし玉ねぎと蜂蜜の甘美な蒸気!

 そして、霜降りラム肉の力強い肉汁が一体となった、破壊力無限大の薫香が雪原の大気を丸ごと呑み込んだ!


「「「ぐわあああああっっっ……!!!!」」」


 ティオ、ニーナ、シェリル、そしてエレナの口から、同時に悲鳴のような呻きが漏れた。

 暴力的なまでの飯テロの香り。

 鼻腔を直撃した瞬間、胃袋が痙攣を起こすかのように猛烈な勢いで涎が口の中に溢れ出してくる。


「焼けたぞ! 冷めねえうちに喰えッ!」

「「「いただきますっっっ!!!!」」」


 待ちきれないティオが、鉄板から湯気を上げる極厚のラムロース肉を竹箸で掴み、タレをたっぷりと絡めてそのまま口の中へと放り込んだ。

 熱々の肉塊が舌の上に乗った、その瞬間――。


「っっっっっっっっ!?!?!?」


 ティオの全身の筋肉がピンと硬直した。

 咀嚼した途端、目を見開き、両手で頬を押さえて唸り声を上げた。


「ふあ……っ! あっつ、うまッ! なんじゃこれええええっっっ!!!!」


 ティオが雪原の上で激しく地団駄を踏んだ。


「柔らかい! 信じられないくらい柔らかいぞ! 前歯で噛んだ瞬間、何の抵抗もなくホロッと肉が解けて、中から熱々の甘い肉汁がジュワアアッて洪水みたいに溢れ出してくる! 羊の嫌な臭みなんて本当にゼロだ! 赤身のコクと脂のミルクのような甘みが、ニンニク醤油のタレと混ざり合って……脳天まで痺れるくらい美味いッ!!」

「ウチも肉行くニャ! 骨付きチョップにガブリニャ!」


 ニーナも負けじと、骨付きのチョップを両手で掴み、骨のキワの肉へ豪快にかぶりついた。

 ――パリッ、ジュワッ!

 香ばしい焼き目の中から、溢れる肉汁が口元からプシュッと飛沫を上げる。


「んんんんんっっっ……!! 骨の周り、脂が乗ってて最高ニャーーッ!! 脂がサラサラしてて、お口の中で体温ですーっと溶けていくニャ! 全然しつこくないニャ! 骨までしゃぶり尽くしたいニャ!」

「そして……このお野菜ですわ!」


 シェリルが、肉の脂をたっぷりと吸ってクタッと炒められた雪下キャベツとカブを箸でつまみ、口へと運んだ。

 シャキッ、ジュワッ、トロッ。

 噛み締めた瞬間、エルフの令嬢の頬がポッとお手玉のように赤く染まり、恍惚の溜息が漏れた。


「……あぁぁっ……! キャベツが……カブが……とろけるほど甘い……っ!」


 シェリルがうっとりと瞳を閉じる。


「糖度3倍のキャベツの甘みと、羊の極上脂、そしてすりおろし玉ねぎのタレが完璧に絡み合っているわ! カブは表面が香ばしくて中はトロトロのクリームみたい! 野菜がお肉の旨味を全部受け止めて、信じられないご馳走に化けているわ!」

「そりの麦飯を出せ! このタレと肉を飯の上に乗せて食ってみろ、飛ぶぞ!」


 バルツがそりから取り出したのは、保温鍋で炊き上げておいた熱々の麦飯だった。

 ティオが我先にと木椀に麦飯を盛り、その上にタレを吸った熱々の霜降りラム肉と炒めキャベツをドカンとオン・ザ・ライス!

 タレの染みた飯ごと、豪快に口の中へと掻き込んだ。


「んがっ……! んぐ、んぐ……ッ! うおおおおおっっっ!!!!」


 ティオが天を仰いで絶叫した。


「飯が止まらねええええッッッ! 肉の脂とタレが染みた麦飯が最高すぎる! 無限に食える、これなら鍋ごと全部食えるぞ!!」

「ウチも麦飯おかわりニャ! お肉もう乗せてニャ!」

「慌てるな、肉は二百キロもあるんだ。いくらでも食え」


 バルツが豪快に笑いながら、新たな肉を鉄板へと追加していく。

 雪山の中で繰り広げられる、至高のジンギスカン狂宴。

 立ち上る煙と、香ばしいニンニク醤油の甘美な薫香。

 その光景を、白銀の甲冑を纏った少女騎士・エレナは、木皿と竹箸を両手に握りしめたまま、ゴクリと生唾を飲み込んで凝視していた。

 騎士としての誇り、淑女としての節度。

 そんなものが、目の前でジュウジュウと音を立てる黄金の肉と野菜の前に、音を立てて崩壊しようとしていた。

 先ほどスープを飲んだばかりのはずなのに、芳醇な肉の香りに刺激され、胃袋が再び激しい飢餓のサイレンを鳴らし始めている。

 白銀の令嬢騎士の理性が、いま、完全なる決壊のカウントダウンを迎えていた。

 極寒の雪原に漂う、抗いがたい至福の飯テロ。

 誇り高き騎士の胃袋が、老狩人の料理によって完全に陥落する瞬間が、すぐそこまで迫っていた。

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