↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
68/106

第068話:雪山保存食の奇跡! 凍結乾燥肉と干しハーブの応急スープで領民蘇生

木椀の縁が、エレナの紫色の唇に触れた。

 フウ、フウと、震える吐息が黄金色のスープの表面に小さな波紋を広げる。

 立ち上る湯気。

 野性味あふれる肉の力強い香りと、じっくり煮込まれた骨髄の甘やかな芳香が、エレナの嗅覚を優しく包み込んだ。

 彼女は意を決し、木椀を傾けて、熱い琥珀色の液体を一口、舌先へと滑り込ませた。

 その瞬間――。


「っっっっっっっっ!?!?!?」


 エレナの全身の時が、完全に止まった。

 碧眼が限界まで見開かれ、背筋に電流のような戦慄が駆け抜ける。

 言葉が出ない。

 喉を通った瞬間、スープが熱い奔流となって、凍りついていた食道を優しく撫で下りていく。

 そして胃袋へと到達した刹那――。

 ドクンッッッ!

 胃の腑を中心に、まるで小さな太陽が体内で爆発したかのような、圧倒的な生命の熱量がブワッと解き放たれたのだ!


「んんんっっっ……!! な、何……これ……っ!?」


 エレナの両目から、大粒の涙が滝のように溢れ出した。

 止まらない。

 ただの塩味ではない。

 《氷室雪兎》の骨髄から溶け出した濃厚なコラーゲンとリン酸が、とろりとした極上の膜となって胃壁を優しく包み込む。

 雪下人参の蜜のような濃厚な甘みと、野生のハーブの清涼感が、疲弊しきった内臓を劇的に癒していく。

 極度の低血糖に陥っていた血管に、急激な血糖値スパイクを起こさせないよう、良質な動物性油脂とアミノ酸が緩やかに吸収されていく完璧な栄養計算。

 凍えていた手足の毛細血管が一瞬で開き、指先までポカポカとした熱い血潮が怒涛の勢いで巡り始めた。


「美味しい……っ! こんな……こんなに優しくて、力強くて……身体の芯まで染み渡るスープ……生まれて初めてです……っ!」


 エレナはもはや騎士の体面など忘れ、両手で木椀を抱え込み、夢中になってスープを喉を鳴らして呷った。

 ゴク、ゴク、ゴク……!

 最後の一滴まで飲み干し、底に残った雪兎の柔らかな肉片と甘い人参をスプーンで掬って口へと放り込む。

 ホロホロと舌の上で解ける肉の繊維。

 ジュワッと溢れ出す極上の肉汁。

 木椀が空になった時、エレナの頬はリンゴのように真っ赤に染まり、額にはうっすらと心地よい汗が滲んでいた。

 全身に力がみなぎる。

 視界の霞みが完全に晴れ、膝の震えが嘘のように止まっていた。


「生き返った……。私、本当に……生き返りました……!」

「ハハッ、そりゃそうだ。俺の教室のサバイバル飯を食って、生き返らねえ奴はいねえよ」


 バルツがパイプを咥え直して満足そうに笑った。

 だが、老狩人の眼光はすぐに鋭く引き締まる。


「エレナ、感心してる暇はねえぞ。本番はこれからだ。――集会所の連中を全員、叩き起こすぞ!」

「えっ……!? 集会所の人たちを……!?」

「ティオ、大鍋を二つ広場に据えろ! 大剣で村の薪置き場の氷を叩き割って、乾いた薪を切り出せ! シェリル、清流の雪解け水を満杯に注いで『急速弱火加熱』だ! ニーナ、第1章の保存食コンテナを開けろ! ――百二分の緊急大炊き出しを始めるぞ!」

「「「了解ッッッ!!!!」」」


 弟子たちが電光石火の勢いで動き出した。

 ティオが大剣を一閃させ、雪に埋もれていた大木を一瞬で薪のサイズへと両断する。

 シェリルの杖から放たれた風と炎のマナが、湿った薪を一瞬で乾燥させて勢いよく燃え上がらせた。

 広場の中央に据え付けられた巨大な鉄鍋。

 そこへ、ニーナがそりから取り出した保存食が次々と放り込まれていく。

 第1章で仕込んでおいた、陶器の壺に入った『猪の純白ラード』の塊。

 塩とスパイスで水分を完全に抜いた『鹿肉と猪肉の干し肉ブロック』。

 そして、先ほど凍結渓流で仕留めた《氷晶岩魚》の香ばしい焼き骨とヒレ。

 さらに、雪山で採取した野生の温感ハーブと、雪下人参、雪下カブの乱切り。


「飢餓状態の胃袋に、いきなり固い肉を食わせちゃいけねえ。純白ラードで動物性油脂のカロリーを補い、干し肉を細かく刻んで煮溶かすことで、噛まずに飲める『極上ポタージュ出汁』に仕上げるんだ!」


 バルツの指示の下、鍋の中で黄金色のスープがグツグツと猛烈な勢いで煮立ち始めた。

 十数分後――。

 風に乗って、甘く香ばしい、筆舌に尽くしがたい濃厚な肉スープの薫香が、スノウベール村の全域へと広がっていった。

 それは、死臭の漂っていた寒村を、一瞬にして生命の温もりで満たす奇跡の香りだった。

 ギギギ……と、集会所の重い木製扉が内側から開いた。

 床に倒れ伏していた領民たちが、その香りに引き寄せられるようにして、一人、また一人と這うようにして顔を覗かせたのだ。


「な、何の匂いじゃ……? お肉の……温かいスープの匂いがする……」

「お母ちゃん、いい匂いがするよ……!」

「皆さん! 外へ出てください!」


 エレナが力強い声で呼びかけた。

 白銀の甲冑を輝かせ、健康的な赤みを帯びた笑顔で叫ぶ。


「救援の狩人様たちが、温かいスープを持ってきてくださいました! 全員の分があります! 温かいご飯を食べて、命を繋ぐのです!!」

「え……? ご飯……? 本当に……?」


 ティオとニーナ、シェリルが、木椀を持った領民たちへ駆け寄り、並々と注がれた熱々の黄金スープを手渡していく。

 震える手でスープを受け取った老人たちが、一口啜った瞬間――。


「「「っっっっっっ……!!!!」」」


 広場のあちこちから、言葉にならない嗚咽と歓声が爆発した。


「あったかい……! 身体の中に、熱が……熱が入ってくる……!」

「うまい……! こんなに美味いもの、生まれて初めて食った……!」

「生きてる……! 私たち、助かったんだ……!」


 熱でぐったりとしていた子供たちが、母親の手からスープをゴクゴクと飲み干し、みるみるうちに頬に血色を取り戻していく。

 凍えて動けなくなっていた青年たちが、スープを啜って涙を流しながら抱き合っている。

 を超える領民たちの全員に、温かいスープが行き渡った。

 誰も死なせない。

 老狩人の知恵と、落ちこぼれたちが積み重ねてきた解体とブッシュクラフトの技が、外界から見捨てられた寒村を、絶望の淵から完全に引き戻したのだ。

 その光景を見つめながら、エレナは胸元に手を当て、雪の上に膝を折ってバルツの前へと跪いた。


「バルツ殿……! 貴方様方は、この村の……百二十人の民の、命の恩人です……! この恩、シルフィード家と領民一同、生涯決して忘れません……!」


 誇り高き近衛騎士が、心からの忠誠と敬意を捧げて頭を垂れる。

 だが、バルツはパイプの煙をくゆらせ、片手でエレナの肩を軽く叩いて立ち上がらせた。


「頭を上げろ、騎士様。俺たちはただの辺境ギルドの落ちこぼれ解体教室だ。美味い飯を腹一杯食わせただけの話さ。……だが、村の食糧を完全に安定させるには、応急処置のスープだけじゃ足りねえ。この雪山から、もっとデカい恵みを獲ってこなきゃならねえぞ」

「雪山から……もっと大きな恵みを……!?」

「おう。村の裏山には、極上の霜降り肉を蓄えたモンスターが山ほど眠ってる。腹が満たされたら、次は獲りに行く番だ。――行くぞエレナ、次は村人全員を冬の間中太らせるための、本格的な大狩猟と雪中解体講義の始まりだ!」


 老狩人の力強い言葉に、エレナの碧眼が新たな決意の光で輝いた。

 絶望の淵から救われた命。胃袋を掴まれた誇り高き騎士の心に、枯れたおっさん狩人への絶対の信頼と忠誠が芽生えた瞬間だった。

 第2節【凍結渓流と孤立寒村の惨状編】はここに完全決着!

 物語は、エレナを仲間に加えたカルテットが、雪山の大自然の恵みを喰い尽くす第3節【極寒の恵みと雪山モンスター連続解体編】へと、怒涛の勢いで突き進む!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。