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第063話:シェリルの異変! 氷晶岩魚の魔力で「冷え性」が完治!?

「……温かい。本当に、指先が……ポカポカしている……」


 雪の上に座り込んだまま、シェリルは自分の両手を胸の前に掲げ、呆然と呟いていた。

 木椀の中の骨酒スープは、すでに一滴残らず胃袋の中へと消えていた。

 だが、その熱は冷めるどころか、胃の腑を中心に、まるで小さな太陽が生まれたかのように心地よい波動となって全身を巡り続けていた。

 透き通るような白い肌。

 その下を走る毛細血管が、薄紅色の健康的な血色を帯びて微かに脈打っている。

 いつもなら、零下十度を超える雪山にいれば、エルフの尖った耳と指先は感覚を失い、紫色に変色して激しい痛みを伴うはずだった。

 それなのに――今の彼女は、寒風の中に素手を晒していても、まるで春の木漏れ日の中にいるかのように温かかった。


「シェリル……? 顔が真っ赤ニャ。お熱でもあるのかニャ?」


 ニーナが心配そうに耳を寄せて、シェリルの額に小さな手をペタリと当てた。

 その瞬間、ニーナが「ひゃああっ!」と声を上げて手を引っ込めた。


「あったかいニャ! シェリルの身体、いつも冷えピタみたいに冷たかったのに、今は湯たんぽみたいにポッカポカニャ!」

「湯たんぽって……失礼ね、ニーナ」


 シェリルは苦笑したが、その瞳には驚きと戸惑い、そして微かな恐れが宿っていた。

 彼女はゆっくりと視線を落とし、握りしめた杖を見つめる。


「私……ずっと、劣等生だったのよ」


 ポツリと、シェリルの唇から過去の告白がこぼれ落ちた。

 ティオとニーナが静かに耳を傾ける。


「エルフの王都魔術学院にいた頃、私の成績はいつも最下位だったわ。同年代の生徒たちが華々しい広域魔法を放つ中、私は小さな風を起こすだけで激しい目眩に襲われ、手足が氷のように冷え切って倒れてばかりいた。『魔力欠乏症』……『冷え性の落ちこぼれエルフ』。それが、学院での私のあだ名だったわ。魔法を使うたびに自分の体温が吸い取られていくような感覚があって……いつしか、魔法を使うこと自体が怖くなっていたの」


 華奢な肩が、かすかに震える。

 彼女が辺境ギルドの落ちこぼれパーティーに身を寄せていた理由。

 それは、エリート揃いのエルフ社会から実質的に爪弾きにされ、夢を諦めかけていたからだった。

 だが――その告白を煙草の煙の向こうで聞いていたバルツは、吹き出すようにフッと笑った。


「馬鹿言え。誰がそんな出鱈目を吹き込みやがった」

「え……? バルツさん……?」

「お前は魔力欠乏症なんかじゃねえよ。むしろ真逆だ。――『器(うつわ)』がデカすぎたんだよ」


 バルツがパイプを木皿の縁でトントンと叩き、灰を落とした。

 そして、解体用の骨探り針を雪の上に置き、地面に一本の太い線を描いた。


「いいか、解剖学的に言えば、魔導士の身体ってのは『魔力回路(マナ管)』と『血液循環』が完全に連動している。普通の人間や一般的なエルフの魔力管は、細いストローみたいなもんだ。だから、街で売ってる普通のパンやスープを食えば、その程度のエネルギーで管全体が満たされ、すぐに魔法が撃てる」

「細いストロー……」

「だがな、シェリル。お前の魔力回路は、ストローどころか『巨大な水路(アクアダクト)』だ。古代の上位エルフにしか発現しねえ、規格外の巨大な魔力受容体を持って生まれちまったんだよ」

「き、規格外の……魔力受容体……!?」


 シェリルが息を呑む。

 バルツは頷き、雪の上に描いた線に、氷晶岩魚の絵を描き足した。


「器がデカすぎる人間が、街のスカスカな小麦粉パンや干し肉ばかり食ってたらどうなる? 巨大な炉の中に、小さな枯れ枝を一本放り込むようなもんだ。火がつくどころか、自分の体温を炉の維持に吸い取られて、全身が極度のエネルギー飢餓に陥る。それがお前の『冷え性』と貧血の正体だ。お前の身体は、ずっと『高濃度の高純度燃料』を欲して悲鳴を上げてたんだよ」

「私の、燃料……」

「そうだ。そしてさっきお前が食ったのは何だ? 白銀山脈の純粋な地脈マナだけを喰って育った《氷晶岩魚》の刺身と、骨髄のエキスを凝縮した骨酒スープだ。さらにその前には、《氷室雪兎》の霜降り肉と濃厚な骨ポトフを喰った。高純度のアミノ酸と、冷気マナが凝縮された超高熱量の極上サバイバル飯だ。――お前の巨大な魔力炉が、生まれて初めて『満タン』になったんだよ」


 バルツの言葉が、稲妻のようにシェリルの魂を貫いた。

 欠陥体質ではなかった。

 劣等生などではなかった。

 ただ、自分の身体の骨格と燃焼システムを正しく理解し、それに相応しい極上の糧を与えていなかっただけなのだ。


「シェリル、杖を構えてみろ。自分の魔力を『絞り出す』んじゃねえ。胃の腑にある熱いマナの奔流を、血液に乗せて指先から解放してやるだけでいい」

「胃の腑の……熱を……」


 シェリルは立ち上がり、樫の木の杖を両手で構えた。

 以前のような恐怖や緊張はなかった。

 目を閉じると、腹の奥底で渦巻く、信じられないほど濃密で温かい黄金色の魔力だまりが感じられた。

 それが、ドクン、ドクンと鼓動する心臓から、太い血管を通って全身の細胞へ、そして指先へとスムーズに流れ込んでいく。

 詠唱はいらない。

 ただ、イメージするだけでいい。

 シェリルが杖の切先を、渓流の対岸の雪壁へと向けた。


「……『氷晶の風(フロスト・ゲイル)』」


 呟きは、囁くような吐息だった。

 だが、その瞬間――!


 ――ゴォォォオオオオオオッッッッ!!!!


 杖の先端から放たれたのは、これまでの彼女の魔法とは次元の違う、巨大な青白い竜巻だった。

 猛烈な冷気の突風が渓流を渡り、対岸の雪壁を直撃した瞬間、吹きだまりの雪が一瞬で結晶化し、美しい氷の彫像となって屹立した。

 発動にかかった時間は、わずか一秒。

 無詠唱。

 そして何より――魔法を放った後も、シェリルの指先はポカポカと温かいまま、目眩も倦怠感も一切訪れなかった。


「う……嘘……。こんなに、魔法って……軽かったの……?」


 シェリルは自分の両手を見つめた。

 そして、瞳から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ち、雪の上に小さな穴を穿った。


「私……ずっと、自分が壊れているんだと思ってた……。でも、違ったのね……! おっちゃんの料理が……お魚とお肉が、私を治してくれたんだわ……!」

「治したんじゃねえよ。本来のお前の力を、正しい飯で目覚めさせただけだ。学院の頭でっかちな学者連中が、解剖学も知らねえ癖に偉そうに適当な病名をつけやがって。飯を食うってのはな、ただ腹を膨らませることじゃねえ。自分の骨と肉、そして魂に相応しい燃料を注ぎ込む神聖な儀式なんだよ」


 バルツが照れくさそうに頭を掻きながら、パイプの紫煙を天へと吹き上げた。

 ティオとニーナが、満面の笑みでシェリルに駆け寄った。


「やったな、シェリル! すっげえ威力だったぞ! これならどんな上級魔術士にも負けない!」

「シェリル、あったかいニャ! もう寒がりエルフなんて言わせないニャ!」

「ティオ……ニーナ……! ありがとう……っ!」


 三人は雪の上で抱き合い、飛び跳ねて喜びを分かち合った。

 胃袋を満たし、肉体を理解することが、魂の枷をも解き放つ。

 落ちこぼれと呼ばれた若者たちは、老狩人の教室で、確実に一歩ずつ大陸最強の頂へと歩みを進めていた。

 だが――そんな感動に包まれる一行の耳に、遥か谷の向こうから、重苦しい鐘の音が風に乗って届いた。

 ゴォン……ゴォン……。

 それは、助けを求めるように悲痛で、絶望を告げる弔鐘の響きだった。

 凍てついた雪山の大気を震わせ、哀切な余韻を残して消えていく。

 バルツの表情から呑気な笑みがスッと消え、老狩人の鋭い隻眼が、谷の向こうの深い白銀の峠へと向けられた。

 「……この鐘の音は、ただ事じゃねえな。行くぞ、お前たち。白銀の峠の向こうで、誰かが悲鳴を上げてる」

 喜びの宴から一転、一行の旅は次なる試練の地へと向かって動き出した。

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