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第062話:【実食】氷晶岩魚の雪中炭火塩焼き&熱々香ばし骨酒(こつざけ)

白銀の渓流のほとりに、パチパチと心地よい熾火(おきび)の爆ぜる音が響いていた。

 ティオが雪を掘り固めて作った風防の中央。

 白樺の木炭が赤々と熱い光を放ち、その周囲を囲むように、竹串に打たれた《氷晶岩魚(クリスタル・トラウト)》が雪面に突き立てられていた。

 頭を下にして尾びれを跳ね上げた『踊り串』。

 炭火の熱が下から頭部へと均等に伝わり、魚の体内の余分な水分がポタポタと雪の上に落ちていく。

 ヒレ全体にはたっぷりと『雪塩』が化粧塩として擦り込まれ、まるで霜柱が結晶化したかのように白く美しく花咲いていた。


「ティオ、火加減はそれでいい。炭火の『遠火の強火』だ。火を近づけすぎると皮が焦げて中が生焼けになる。じっくりと三十分、煙で燻しながら芯まで熱を通すんだ」

「はいッ! 魚の表面から、透明な脂がジュワジュワ染み出してきました!」


 魚の皮がプツプツと小さな泡を立て、炭の上に落ちた脂がジューッと音を立てて白い煙を巻き上げる。

 香ばしい川魚の芳香が、冬の冷気に乗って鼻腔を直撃する。

 だが、その焼き上がりを待つ間にも、最高の宴はすでに始まっていた。


「さあ、まずはこれだ。氷晶岩魚の『薄造り(刺身)』を行くぞ」


 バルツが青竹の器に美しく盛り付けられた、透き通る刺身を指差した。

 氷の結晶のように透明な白身の上に、極小の雪塩と、すり下ろした野生の白ワサビ(雪山大根の根)が添えられている。


「「「いただきますっっっ!!!!」」」


 待ちきれないニーナが、竹の箸で透き通る身を一枚つまみ上げ、チョンと雪塩をつけて口の中へと滑り込ませた。

 その瞬間――少女の琥珀色の瞳が、カッと見開かれた。


「っっっっっっっ!?」


 ニーナの三角耳がピーンと直立し、ふさふさの尻尾が激しく左右に揺れた。


「んんんんっっっ……!! 美味しいニャ! なんだこれ、すごい歯ごたえニャ!!」

「歯ごたえ……?」

「コリッコリしてるニャ! お口に入れた瞬間はヒエッと冷たくて、噛むとパツンと弾けるような弾力があって……! その後から、上品な甘みと清流の香りがジュワ〜ッと広がってくるニャ! 川魚の泥臭さなんて、本当にカケラもないニャ!」

「私も……いただきますわ!」


 シェリルも震える手で刺身をつまみ、口に運んだ。

 目を細め、舌の上でゆっくりと身を転がす。


「……あぁ……っ。なんて清らかな味なのかしら……!」


 エルフの令嬢の頬が、ポッとお手玉のように赤く染まる。


「噛むほどに、雪解け水のミネラルと澄んだマナが口の中に満ちていくわ。白ワサビのツンとした爽快な辛味が、岩魚の上質な脂の甘みを何倍にも引き立てて……まるで、雪解けの早春そのものを舌先で味わっているみたい!」

「本当だ……! 刺身ってこんなに甘いんですね!」


 ティオも、三枚と箸を進め、感動に打ち震えていた。

 そして――刺身の至福に酔いしれていたその時、炭火の前からパチパチという激しい音が鳴り響いた。


「よし、塩焼きが上がったぞ」


 バルツが竹串を雪から引き抜いた。

 その光景に、三人の喉が一斉にゴクリと鳴った。

 炭火でじっくりと焼き上げられた氷晶岩魚は、見事な黄金色に輝いていた。

 皮はパリパリに乾いて香ばしく、化粧塩が白く結晶化して雪のよう。

 身はふっくらと丸みを帯び、串の隙間から熱々の湯気と透明な肉汁が溢れ出していた。


「かぶりつけ。骨周りが一番美味いぞ」

「はいニャーーッ!」


 ニーナが両手で竹串を握り、背中の最も肉厚な部分へ豪快にガブリと噛みついた。

 ――パリィッッッッ!

 小気味よい皮の破裂音。

 次の瞬間、ふんわりとした真っ白な身肉が口いっぱいに広がり、熱々の肉汁がジュワッと溢れ出した。


「ふあふあ……っ! あづい、うまッ! 皮がパリッパリで、中のお肉が信じられないくらいフワッフワニャーーッ!!」


 ニーナがハフハフと白い息を吐きながら叫ぶ。


「刺身のコリコリと全然違うニャ! 火を通したら、綿菓子みたいに身がほろほろ解けて、脂の甘みが爆発してるニャ! 塩加減が絶妙すぎて、無限に食べられるニャ!」

「俺も……いただきます!」


 ティオも我慢できずに、大ぶりの塩焼きに豪快に食らいついた。

 香ばしい皮を突き破ると、中から立ち上る熱々の湯気。

 背骨のキワにある、旨味が最も凝縮された赤身と白身の境界線。

 そこへ歯を立てると、まるで極上のバターのような濃厚なコクが口いっぱいに広がった。


「う、うまいっ……! 身が引き締まっているのに、まったくパサつきがない! 噛むたびにジュワジュワと魚の脂と塩が溶け合って、頭の芯まで痺れるような美味さだ! ヒレの塩焼きもパリパリでスナック菓子みたいにいけます! 頭の骨までカリカリに香ばしくて、全部丸ごと食べられますよ!」

「ハハッ、川魚の頭はカルシウムの塊だ。よく噛んで喰えば、大剣を支える骨がもっと頑丈になるぞ」

「ティオ、シェリル、これを見ろ。塩焼きの真骨頂はここからだ」


 バルツが青銅の小鍋を熾火にかけた。

 中に入っているのは、北嶺の地酒――キリリとした辛口の麦清酒だ。

 古くから北嶺の狩人たちが、過酷な冬の山中で命を繋ぐために受け継いできた伝統の熱燗。

 酒がグラグラと沸き立ち、アルコールの蒸気が立ち上ったところで、バルツは炭火でキツネ色にこんがりと炙り倒しておいた岩魚の大きな尾びれ、背ビレ、そして香ばしく焼けた中骨を、箸で摘み上げた。

 そして――。


 ――ジュウウウウウウッッッッ!!!!


 激しい蒸気の音と共に、熱々の酒の中へと焼き骨が一気に沈められた。

 立ち上る猛烈な香気!

 こんがりと焦げた魚の香ばしさと、清酒のアミノ酸が混ざり合い、透明だった酒が一瞬にして深い琥珀色へと染まっていく。

 『極上骨酒(こつざけ)』の完成だ。


「かぁぁーっ……! これだ、これのために雪山を登ってるようなもんだ」


 バルツが木製の盃に熱々の骨酒を注ぎ、グビリと呷った。

 喉を鳴らして飲み干すと、老狩人の喉元から「ふぅぅぅ……っ」と熱い息が漏れる。


「効くぜ……。香ばしい魚の骨髄の出汁が酒の角を丸くして、五臓六腑に染み渡る。魚の骨から溶け出したコラーゲンとリン酸、そしてアミノ酸が、酒の熱と共に瞬時に血流に乗るんだ。ティオたちには、アルコールを完全に飛ばして骨の出汁を雪水で割ったスープを飲ませてやる」

「わあ……! ありがとうございます!」


 シェリルとティオ、ニーナの木椀に、琥珀色の熱々骨酒スープがたっぷりと注がれた。

 ふうふうと息を吹きかけ、一口啜る。

 その瞬間――。


「「「あったかいいいいいっっっ……!!!!」」」


 胃袋の奥底に、ポッと太陽のような熱の塊が灯った。

 魚の骨から抽出された濃厚な滋養エキスが、血液に乗って一瞬で全身の末端へと巡っていく。

 凍てついていた指先、かじかんでいた爪の先まで、ポカポカとした心地よい温もりが満ち溢れた。


「身体の芯が……カッカと熱くなってくるニャ……! 寒さなんて完全に消し飛んじゃったニャ!」

「すごい出汁です……! お酒の香ばしさと魚の旨味が一つになって、飲むたびに力が湧いてきます!」


 三人は夢中になって塩焼きの身をしゃぶり、熱々の骨酒スープを最後の一滴まで飲み干した。

 だが――その至福の団欒の中で、シェリルがふと自分の両手を見つめ、驚いたように目を見開いた。


「……あれ……? 私の、手……?」


 エルフの令嬢の華奢な指先が、桜色に美しく輝き、内側から微かな魔力の燐光を放ち始めていた。

 幼い頃からずっと彼女を苦しめていた、氷のように冷え切った指先。

 魔力を行使するたびに体温を奪われ、激しい貧血と冷えに苛まれてきたエルフの宿痾。

 それが今、まるで春の陽光を宿したかのように、驚くほど温かく脈打っていたのだ。

 胃袋から広がる熱波は、単なる食事の温もりを超え、彼女の魔力回路そのものを劇的に変革させようとしていた。

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