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第058話:【実食】青雀の丸ごと雪山燻製焼き&野イチゴジャム添え

雪原に据え付けられた黒鉄の寸胴鍋から、青白く立ち上る煙が、針葉樹の森に甘くスモーキーな芳香を漂わせていた。

 バルツ流の即席雪山燻製(スモーク)術。

 鍋の底に敷き詰められているのは、乾燥させた白樺の白い樹皮と、細かく砕いた雪松の松かさ、そして乾燥杜松(ジュニパーベリー)の実だ。

 その上に小石を置いて底上げし、丸い鉄網を渡してある。

 網の上には、塩とハーブでしっかりと下味を染み込ませた《氷柱嘴の青雀(アイシクル・スワロー)》の丸ごと三羽と、串に刺したコリコリの砂嚢(砂肝)が並べられていた。

 木蓋で密閉され、炭火の微弱な温熱で燻されること約四十分。


「おっちゃん……! 鍋の隙間から漏れてくる煙が、ものすごく良い匂いニャ! ベーコンみたいな、でももっと山の木々の清々しい香りがするニャ!」


 ニーナがクンクンと鼻を鳴らし、尻尾をパタパタと雪に打ち付ける。

 その隣では、シェリルが小さな銅製の片手鍋を熾火の端にかけ、木のスプーンで熱心に何かをかき混ぜていた。


「シェリル、そっちのソースの煮詰め具合はどうだ?」


 バルツが覗き込むと、銅鍋の中では、鮮やかな深紅の液体がフツフツと甘酸っぱい湯気を立てていた。

 雪の下に自生していた野生の野イチゴ(極寒の冷気で水分が抜け、天然のフリーズドライ状態になっていたもの)に、少量の白ワインと野蜂の結晶蜂蜜、そして砕いた黒胡椒を加えてじっくり煮詰めた特製の『ルビーベリーソース』だ。


「完璧ですわ、バルツさん! 野イチゴの強烈な酸味が蜂蜜とワインでまろやかになって、美しい艶が出てきました。とろみも十分です!」

「よし、燻製も仕上がった頃合いだ。――ティオ、蓋を取れ!」

「はいッ!」


 ティオが厚手の革手袋で木蓋を一気に持ち上げた。

 モワアアアッッッ!

 鍋の中から、黄金色の煙の柱が立ち上った。

 煙が冬の冷たい風に流された瞬間、弟子たちの口から一斉に感嘆の息が漏れた。


「「「うわああああっっっ……!!!!」」」


 網の上に鎮座していたのは、見事な琥珀色の艶を纏った青雀たちだった。

 白樺と松の薫香をたっぷりと吸い込み、皮はパリッと張り詰めて飴色に輝いている。

 表面に滲み出た透明な脂がパチパチと小さな泡を立て、香ばしい燻製の薫香が雪山の大気を圧倒していた。

 さらに、串に刺された砂肝も、深い飴色の焼き色を帯びてプリプリに引き締まっている。


「さあ、冷めねえうちに食うぞ。熱々の肉に、シェリルの野イチゴソースをたっぷりかけてみろ」


 バルツが木皿に青雀の半身と砂肝の串を盛り付け、上から鮮やかな深紅のルビーベリーソースをとろりとかけた。

 黄金色にスモークされた肉と、ルビーのように輝くソースのコントラストが、まるで王都の最高級貴族亭のメインディッシュのような気品を放つ。


「「「いただきますっっっ!!!!」」」


 待ちきれないニーナが、両手で骨付きのモモ肉と手羽先を掴み、皮ごと豪快にガブリと食らいついた。

 ――パリィッッッッ!

 小気味よい破裂音が響いた瞬間、ニーナの口元からプシュッと勢いよく透明な肉汁が飛び散った。


「っっっっっ!?!?!?」


 ニーナが目を真ん丸にして、息を呑んだ。

 咀嚼するたびに、口の中で肉汁の奔流が溢れ出す。


「な、なんニャこれええええっっっ!? 皮がパリッパリで香ばしくて……中の赤身肉が、信じられないくらいジューシーニャーーッ!! ギュッと噛むと、スモークのいい香りと一緒に、旨味のジュースがじゅわじゅわ溢れて止まらないニャ!」

「私も……いただきます!」


 シェリルがナイフとフォークで、分厚い胸肉を一口大に切り分けた。

 切断面からは、ほんのりとロゼ色の美しい赤身が顔を覗かせ、湯気と共に肉汁が滲み出ている。

 深紅の野イチゴソースをたっぷりと絡めて、口の中へと運ぶ。

 その瞬間、エルフの令嬢は両手を頬に当て、うっとりと瞳を閉じた。


「んんんんっっっ……!! 美味しい……っ! なんて濃厚で、洗練されたお味なのかしら……!」


 シェリルが恍惚の溜息を漏らす。


「青雀の力強い野性味と薫香に、この野イチゴソースが完璧にマリアージュしているわ! ベリーの鋭い酸味と蜂蜜のコクが、上質な鳥の脂を爽やかに包み込んで……まるで宮廷料理のジビエのローストをいただいているみたい……! 時速で空を飛ぶ鳥だから、胸肉の繊維がすごく繊細で引き締まっているのね!」

「うおおっ、この砂肝の串焼きもやばいです!」


 ティオが串から砂肝を歯で引き抜き、豪快に咀嚼した。

 ――ジャキッ、コリッ!

 小気味よい音が顎から頭蓋骨へと響く。


「コリッコリで弾力がすごい! 噛むほどに塩とジュニパーベリーの爽やかな風味が鼻に抜けて、噛めば噛むほど肉の濃い味が滲み出してくる! これ、無限に食べられますよ!」

「ハハッ、砂肝は鳥が一番よく動かす筋肉だからな。余分な脂が一切なくて、アミノ酸の塊だ」


 バルツも手羽先を口に運び、パリパリとした皮の香ばしさと骨周りのゼラチン質を味わいながら、腰のスキットルからエールを一口喉へと流し込んだ。

 クゥーーッ! と喉を鳴らす。


「燻製の煙に含まれるフェノール類が、肉の表面をコーティングして旨味を閉じ込める。さらに寒冷地特有の乾燥した外気が、余分な水分を飛ばして肉の味を凝縮させてくれるんだ。雪山だからこそできる、極上の保存食であり贅沢飯だな」

「おっちゃん、骨まで美味しいニャ! 骨の周りの軟骨がプルプルでたまらないニャ!」


 ニーナはすでに一羽の半身を骨ごと平らげ、骨の関節についた軟骨まで綺麗にしゃぶり尽くしていた。

 ティオも皿に残った野イチゴソースを肉で綺麗に拭い取り、最後の肉片まで満面の笑みで平らげた。

 雪山の尾根道に広がる、至福の食事風景。

 厳しい大自然の脅威を退け、その恵みを最高の技術で味わい尽くす。

 三人の若者たちの顔には、出発前の不安や緊張など微塵もなく、ただ生きることの歓喜と充実感が輝いていた。


「ごちそうさまでしたっっっ!」


 木皿を雪で綺麗に拭い、片付けを終えた一行は、再びそりを引いて歩き出した。

 腹の底から湧き上がる温かなエネルギーが、足腰を力強く前へと押し進めてくれる。

 だが――。

 尾根を下り、深い谷間へと差し掛かったところで、一行の足がピタリと止まった。


「……あれ?」


 先頭を歩いていたティオが、首を傾げて立ち止まった。

 谷の底には、本来であれば霊峰の雪解け水を集めて激しく流れているはずの、大きな渓流が横たわっていた。

 しかし――。


「川が……完全に固まってるニャ……?」


 ニーナが目を丸くして呟いた。

 そこにあったのは、流れる水ではなかった。

 水深数メートルに及ぶはずの巨大な渓流が、川底まで丸ごと、青く硬質な分厚い氷の塊となって完全に沈黙していたのだ。

 音すらない、凍りついた静寂の世界。

 だが、その青い氷の遥か奥底から――トントン、トントンと、微かな水音と、水晶のようにキラキラと輝く不思議な魚影が揺らめいていた。


「氷の下に、何かがいるわ……」


 シェリルが息を呑む。

 バルツが長靴で氷の表面を軽く踏み鳴らし、不敵な笑みを浮かべた。


「凍結渓流だ。ここからが白銀山脈の第二の関門――そして、外界から孤立したあの村へと続く道だぞ。川が凍りついていようが、自然の懐には必ず生きるための極上の恵みが眠っている。氷の下に息づく命をどう手繰り寄せるか……また一つ、面白い解体と狩りの知恵を教えてやる」


 老狩人の不敵な笑みに、弟子たちの胸が期待と好奇心で大きく高鳴った。

 第1節【雪山への出発と白銀サバイバル入門編】はここに完結。

 物語は、神秘の《氷晶岩魚》が眠る凍結渓流と、飢餓に喘ぐ孤立寒村「スノウベール村」の救済へと向けて、大きく動き出す!

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