第057話:嘴の凍結マナ抜きと、砂嚢のピンセット切除
樹氷の影にそりを引き寄せ、一行は風の当たらない平らな雪面に毛皮の敷物を広げた。
敷物の上に並べられたのは、先ほど見事に仕留めた三羽の《氷柱嘴の青雀》。
陽光の下で見ると、その姿は息を呑むほど美しい。
群青から白へと移ろうグラデーションの羽毛は、まるで絹糸のように細やかで、触れるとサラサラと冷たい粉雪を滑り落とす。
「綺麗ニャ……。この青い羽、王都の貴族のお姉さんたちが帽子につけたら大喜びしそうだニャ」
「ええ。それに、内側の白いダウンフェザーを見て。指がすっぽり埋まるほど柔らかくて、驚くほど温かいわ。魔法の触媒としても、極上の風属性素材になるはずよ」
シェリルが感嘆しながら羽毛に触れる。
バルツがそりから解体用の道具袋を取り出し、雪の上に広げた。
中から現れたのは、通常の解体ナイフのほかに、極細の「骨探り針」と、銀製の「精密ピンセット」だった。
「まずは羽毛の採取だ。鳥の毛をむしる時は、絶対に力任せに引っ張るな。毛根の周りの皮が破れて、肉に雑菌が入るし皮も傷つく。平地なら熱湯にくぐらせて毛穴を開かせるが、雪山じゃ『雪湯揉み(スノウドレッシング)』を行うぞ」
「雪湯揉み……? 雪とお湯を使うんですか?」
「そうだ。小鍋で沸かした五十度前後のぬるま湯に雪を少し混ぜて、鳥の羽毛全体に手早く揉み込むんだ。急激な熱変化を与えずに毛穴の筋肉(立毛筋)を弛緩させてから、逆毛を立てるように撫でてやる。ほら、見てみろ」
バルツが青雀の胸元をぬるま湯を浸した布で優しく撫で、親指の腹で毛並みを逆撫でした。
すると、あれほど固く密生していた青い羽毛が、まるで熟したタンポポの綿毛のように、ハラハラと音もなく一気に剥がれ落ちたのだ。
「うわあ……! 力を入れてないのに、ごっそり抜けたニャ!」
「皮がまったく破れていません! これなら皮ごと香ばしく焼くことができますわ!」
ニーナとシェリルが手分けして、三羽分の羽毛を素早く採取していった。
採取された青い風切羽と極上の白いダウンは、防水の布袋へと大切に保管される。
これだけでもギルドに持ち帰れば、銀貨数十枚の価値になる立派な収穫だった。
「さあ、ここからが一番神経を使う作業だ。――『冷気袋』のピンセット摘出に入るぞ」
羽毛をむしり終え、ツヤツヤとしたピンク色の肌が露わになった青雀の頭部を、バルツが指先で固定した。
水晶のように青く透き通る、長さ40センチの氷柱嘴。
その根元、両目の間にある頭蓋骨の窪みに、小指の先ほどの青白い脈打つ器官が透けて見えていた。
「これが『冷気袋』だ。この鳥は、吸い込んだ空気中の水分とマナをこの袋に溜め込み、過冷却状態の体液として圧縮している。もし小刀の刃先がかすめてこの袋が破れれば……零下四十度の超低温液体が噴き出し、胸肉全体が一瞬で『凍結火傷』を起こしてパサパサのスポンジになっちまう。二度と元には戻らねえ」
「零下四十度の液体……! まるで液体窒素の爆弾ですね……!」
ティオが息を呑み、ゴクリと唾を飲み込んだ。
バルツはピンセットと極細の骨探り針を、ニーナへと手渡した。
「ニーナ、やってみろ。お前の指先の繊細な感覚なら、必ずできる」
「ウチが……!? 失敗したらお肉が台無しになっちゃうニャ……!」
「失敗を恐れるな。骨の隙間を感じろ。嘴の骨と、頭蓋骨の結合部――そこにある軟骨のラインに針を沿わせるんだ。力はいらねえ。刃物を使わずに、ピンセットで膜を剥がす」
バルツの静かで力強い言葉に、ニーナの瞳から迷いが消えた。
深呼吸を一つ。
冷たい空気が肺を満たし、フェネックの少女の集中力が極限まで研ぎ澄まされる。
ニーナは左手で青雀の嘴の先端をそっと支え、右手の骨探り針を、目の上の軟骨の隙間へと滑り込ませた。
――スルスルッ。
針先が、硬い頭蓋骨と軟らかい結合組織の境目を正確に捉える。
ニーナの指先は、ミリ単位のブレもなく針を滑らせ、冷気袋を包んでいる薄い皮膜を優しく剥がしていく。
そして、ピンセットの先端を差し入れ、青白い袋の基部――頸動脈へと繋がる極細の管を優しく挟み込んだ。
「……ここニャ。マナの供給弁を、キュッと捻って……」
ペリッ、と微かな音がした。
ニーナがピンセットをゆっくりと引き上げると、そこには、傷一つない親指大の美しい青い結晶質の袋が、プルプルと揺れながら摘出されていた。
周囲の肉には一滴の液漏れもなく、綺麗なピンク色の筋肉が保たれている。
「と、取れたニャーーーーッッッ!!」
「見事だ! 完璧な手際だぞ、ニーナ!」
ティオが思わず歓声を上げ、バルツも満足そうに口角を上げた。
摘出された冷気袋は、シェリルが用意した小さな氷の小瓶へと大切に収められた。
これは後に、冷却用の魔導具や高級な保冷ポーションの原材料として高値で取引される貴重な素材だ。
「よし、最大の難所は越えた。次は腹を開いて『砂嚢』の処理だ。ティオ、胸骨の割り方を教えてやる」
バルツがティオを手招きした。
青雀の胸は、時速の飛行と急降下の風圧に耐えるため、船の竜骨のように頑丈な胸骨で守られていた。
その両脇に、丸々と盛り上がった極上の胸肉が左右一対、みっしりと詰まっている。
「胸骨の先端にある軟骨に小刀の切先を当て、親指の付け根で軽く叩け。パキッと音がしたら、骨に沿ってナイフを滑らせる。骨から肉を剥がすんじゃねえぞ。骨がナイフの刃を案内してくれるのに任せるんだ」
「骨に任せる……!」
ティオは解体小刀を構え、教わった通りに刃を軟骨の割れ目へと滑り込ませた。
余計な力を抜く。
すると、刃先が胸骨の緩やかなカーブに沿って自然と滑り、手のひら大の分厚い胸肉が、美しい赤身を輝かせながらペロリと外れた。
さらに、内臓の中から現れたのは、丸く引き締まった親指二つ分ほどの大きさの筋肉質の塊――砂嚢(砂肝)だった。
「これが砂嚢か……! 鳥が食べた木の実や虫をすり潰すための筋肉ですね」
「そうだ。だが雪山の鳥は、雪の下の石英や瑪瑙の硬い小石を飲み込んで胃の中でヤスリ代わりに使っている。真ん中に浅く切れ目を入れて、裏返して中の砂利を雪水で洗い流せ。白い筋膜を丁寧にそぎ落とせば、コリコリとした最高の珍味になる」
ニーナが手早く砂嚢を切り開き、中の小石を洗い流す。
現れたのは、透き通るような濃い小豆色の、弾力に満ちた極上の砂肝だった。
指で押すと、跳ね返るような素晴らしいハリがある。
「うわあ……! ツヤツヤで、ものすごく美味しそうニャ!」
「胸肉も手羽先も、信じられないくらい肉厚だわ。平地の雀とは比べ物にならないボリュームね」
三羽分の解体が終わり、そりの作業台の上には、艶やかな三対の極厚胸肉、ジューシーなモモ肉、引き締まった砂肝、そして手羽先が美しく並べられた。
バルツが粗塩と雪山で採取した野生の乾燥ジュニパーベリー(杜松の果実)をすり鉢で細かく砕き、肉全体へと均等に揉み込んでいく。
「下味は塩と、香木の実だけで十分だ。白樺のチップと雪松の松かさを使って、豪快に雪山燻製にするぞ。――さらに、昨日見つけた雪下のフリーズドライ野イチゴで、特製の甘酸っぱいソースを作る」
「野イチゴのソース……!? まるで王都の一流レストランの肉料理みたいです!」
「じゅるり……早く食べたいニャ! 燻製器、組み立てるニャ!」
極寒の霊峰を渡る風の中に、スパイシーなハーブの香りがふわりと溶けていく。
落ちこぼれカルテットの雪山グルメ旅は、鳥肉料理の最高峰へと歩みを進めていた。




