第056話:急降下する青い矢! 《氷柱嘴の青雀》の奇襲
翌朝。
雪洞の入口を塞いでいた雪のブロックを、ティオが大剣の平で内側から押し崩した。
ザシュッ――!
崩れ落ちた雪の隙間から、眩いばかりの光が一気に雪洞の中へと差し込んできた。
「うわあ……っ!」
思わず目を細めたティオたちの視界に飛び込んできたのは、息を呑むほどの白銀の絶景だった。
昨夜の猛吹雪が嘘のように完全に晴れ上がり、天空にはどこまでも澄み渡ったコバルトブルーの青空が広がっていた。
そして眼下には――白銀の雲海と、数千本もの針葉樹が丸ごと氷雪を纏って屹立する、巨大な樹氷の群れが太陽の光を浴びてキラキラとダイヤモンドのように輝いていた。
「キレーニャ……! 雪の化け物たちが、みんなクリスタルを着飾ってるみたいニャ!」
「樹氷群ね……。強い風と過冷却水滴が針葉樹に吹き付けられることで、氷の層が幾重にも重なってできる奇跡の造形美だわ」
ニーナとシェリルが雪洞から這い出し、澄み切った冷気を胸いっぱいに吸い込んだ。
バルツもそりを引き出し、パイプの灰を雪にトントンと落としながら周囲の地形を観察する。
「昨夜の吹雪で新雪が30センチほど積もったが、雪洞を掘った斜面は崩れてねえな。風の通り道を選んで進むぞ。雪が締まって歩きやすいはずだ」
「了解です、おっちゃん!」
ティオがそりの引き綱を腰に固定し、再び霊峰の尾根道を目指して前進を開始した。
樹氷の林の間を縫うように進むそり旅。
昨夜の雪兎の温かいスープと十分な睡眠のおかげで、若者たちの足取りは驚くほど軽やかだった。
だが――標高2000メートル付近、樹氷の背丈が一段と高くなった尾根の鞍部に差し掛かった、その時だった。
――キキキキキキキッッッッ!!!!
頭上遥か上空から、金属をガラスに擦り付けたような、鋭く不吉な鳴き声が森に響き渡った。
風の音が突如として裂け、猛烈な大気圧の圧縮が頭上から圧し掛かってくる。
「っ!? 上だニャ! 何かが落ちてくるニャ!」
ニーナの耳が跳ね上がり、瞬時に二本の解体小刀を抜いた。
ティオとシェリルが仰ぎ見ると、太陽の光を背にして、樹氷の梢の上空から青い閃光が一直線に急降下してくるところだった。
その数、三羽。
体長約1メートル。
鮮やかなコバルトブルーと純白のグラデーションを描く翼を限界まで畳み、空気抵抗を極限まで削ぎ落とした弾丸のような流線型のフォルム。
そして何より目を引くのは――その顔面の中央から前方に長く突き出た、透き通るような巨大な嘴だった。
長さ40センチ。
天然の氷柱そのもののような青白い水晶質の嘴が、先端にチリチリと冷気の衝撃波を纏いながら、時速を超える猛スピードでティオの眉間へと突き刺さらんとしていた!
「《氷柱嘴の青雀》だ!」
後方のバルツから、鋭い警戒の声が飛ぶ。
「極寒の霊峰の急降下爆撃手だ! 嘴の内部に冷気マナを圧縮し、時速の運動エネルギーを針の先端一点に集中させて獲物の頭蓋骨を貫通させる! 受けるな、受けたら大盾ごと粉砕されるぞ!」
「時速……っ!?」
ティオの全身の産毛が逆立った。
真正面から突っ込んでくる青い矢。
音速に近い風切り音が、鼓膜をビリビリと震わせる。
だが、ティオはパニックに陥ることはなかった。
以前の毒蜘蛛や大猪との死闘、そして雪兎との攻防を経て、ティオの動体視力と体幹は驚異的な進化を遂げていた。
「受けるんじゃなくて……反らすんだ!」
ティオは大剣を真正面から構えるのではなく、斜めの角度に寝かせ、刀身の腹(平)を急降下してくる青雀の嘴の軌道へとスッと滑り込ませた。
受け流しの物理学。
嘴の先端が、大剣の鏡面のように磨かれた黒鉄の平に触れた、その瞬間――。
――キィィィィィンッッッッ!!!!
耳を劈く甲高い火花と氷の破片が四散した。
ティオは腕力で耐えるのではなく、手首の角度をわずかに外側へと捻った。
時速の猛烈な直進エネルギーが、大剣の斜面に沿って斜め上空へと弾き飛ばされる!
直撃を逸らされた一羽目の青雀は、激しい風圧に煽られて錐揉み回転を起こしながら雪面へと滑空していった。
「やった! 軌道を逸らしたわ!」
「でも、あと二羽来てるニャ! シェリル、照準を狂わせるニャ!」
「任せて! 『氷晶の乱反射』!」
シェリルが樫の木の杖を天へと掲げた。
杖の先から放たれた極小の氷の粒子が、空中で幾重もの薄い氷板を形成する。
そこへ、背後の太陽光が斜めに差し込んだ。
――カアアアアッッッ!
眩い虹色の乱反射光が、急降下中だった残る二羽の青雀の複眼を直撃した。
雪山の眩しさに慣れているとはいえ、至近距離での強烈なプリズム光の炸裂に、青雀たちは視界を奪われて悲鳴を上げた。
「キギャッ!? キキッ!?」
飛行軌道が大きく乱れ、急降下の姿勢が崩れる。
速度が時速以下へと激減し、失速した青雀たちが低空をよろめきながら通過しようとした。
そこへ、純白の新雪を蹴って天高く跳躍した影があった。
「そこニャーーッッッ!!」
ニーナだった。
猫科特有の驚異的なバネで雪面から3メートル以上飛び上がったニーナは、空中で身を翻しながら、左手に握った麻の捕獲網をバサリと展開した。
視界を奪われていた二羽の青雀が、もがきながら網の中へと絡め取られる。
そして着地と同時に、ニーナは右手の解体小刀を逆手に閃かせ、網の上から二羽の急所――後頭部の延髄へと電光石火の精密刺突を放った。
――スッ、スッ。
吸い込まれるような完璧な二撃。
暴れていた青雀たちの翼がパタリと脱力し、嘴の先端に宿っていた青い冷気がスゥッと消え失せた。
さらに、先ほどティオが受け流して雪だまりに不時着していた一羽も、ティオの大剣の平で首を軽く叩かれ、気絶したところを無傷で確保された。
「……ふう! 三羽とも、完全捕獲完了だニャ!」
ニーナがゴーグルを押し上げ、尻尾を誇らしげにピンと立てて笑った。
戦闘開始から、わずか十秒足らず。
雪山の恐怖の爆撃手を相手に、無駄な損傷を一切与えず、完璧な役割分担で仕留めてみせたのだ。
バルツがゆっくりと歩み寄り、青く美しい羽毛を纏った鳥たちを見下ろして、感心したように細い目を細めた。
「たいしたもんだ。大剣の受け流し、光の乱反射による視覚妨害、空中捕獲と延髄締め。出会ったばかりの頃の時のお前らなら、嘴で腹を串刺しにされて雪に埋まってたところだぞ」
「へへっ……おっちゃんに毎日仕込まれてますからね!」
「それに、お肉と素材を傷つけないように捕獲するっていう約束、ちゃんと守りましたわ!」
ティオとシェリルが胸を張る。
バルツはパイプを咥え直すと、雪の上に広げられた《氷柱嘴の青雀》の美しい青い嘴を指先で弾いた。
キン、と澄んだ氷の音が響く。
「よし、褒美に極上の解体講義と雪山燻製料理を教えてやる。この青雀、ただの鳥じゃねえぞ。時速の急降下に耐えるために、胸骨が船の竜骨のように頑丈に発達し、そこへ極上の赤身肉がみっしりと詰まっている。だが、嘴の根元にある『冷気袋』の切除と、雪山ならではの『砂嚢』の処理を間違えると、冷気が肉全体に回って凍結焼けを起こし、パサパサのゴミ肉になっちまうんだ。――小刀を出せ、ニーナ。繊細なピンセット手術の始まりだ!」
「はいニャ! 極上の鳥料理のために、みっちり解体するニャ!」
白銀の尾根道に、若き狩人たちの元気な返事が響き渡った。
過酷な雪山の魔物すら、正しい知識と技術をもってすれば、最高の糧と学びの教材になる。
未知の食材との出会いが、また一つ彼らの腕と知識を研ぎ澄ましていくのだった。




