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第049話:Cランク昇格の新装備と、防寒ブッシュクラフト準備

夜明け前の砦ギルドの一角、暖炉の火が赤々と燃える冒険者ラウンジ。

 無垢材の頑丈なテーブルの上には、ずっしりとした重みを持つ革袋が置かれていた。

 紐を解けば、中から現れたのは、磨き抜かれた黄金の輝き――断頭亀と突進猪の完全解体によって手に入れた、正真正銘の金貨八十枚の山だった。


「ひゃあ……! こんなにたくさんの金貨、あたし生まれて初めて見たニャ……!」


 ニーナが目を丸くし、両手で金貨の一枚をつまみ上げて、暖炉の光にかざして透かしていた。

 フェネックの大きな耳が、嬉しさのあまりピコピコと激しく揺れている。

 ティオもまた、ゴクリと唾を飲み込んでいた。

 かつてエリートパーティー「金色の暁」で荷物持ちをさせられていた頃は、丸一ヶ月泥水を啜って働いても、銅貨数十枚の小遣いしか恵まれなかった。

 それが今や、胸元にはギルド長ドノバンから授与された銀色に輝く「Cランク冒険者プレート」が揺れ、目の前には一生遊んで暮らせるほどの大金があるのだ。


「いいか、三人とも。金貨の山に見とれてる暇はねえぞ」


 向かいの丸太椅子に腰掛けたバルツが、煙草の煙をふわりと吐き出しながら言った。

 無精髭の顎を撫で、使い古された革エプロンの紐を直す。


「金なんざ、道具に換えて命を守るためにあるもんだ。特に今回の相手は、魔物だけじゃねえ。『極寒』っていう、人間の体温を容赦なく奪い去る自然の猛威そのものだ。装備を間違えた奴から真っ先に凍死するぞ」

「はいッ! バルツ先生、防寒の準備ですね!」


 シェリルが背筋を正して頷いた。

 四人は夜明け前の武具街と薬草通りへと繰り出し、金貨を使って徹底的な雪山サバイバルの装備調達を開始した。


 まずティオが選んだのは、これまでの薄汚れた鉄の肩当てに代わる、極厚の【湿原鹿革のダブルチェストアーマー】だった。

 金属の鎧は雪山では命取りになる。零下数十度の冷気で鉄が凍りつき、皮膚に張り付いて凍傷を引き起こすからだ。

 柔軟で強靭な鹿革を三層に重ね合わせ、内側に断熱性の高い羊毛を敷き詰めた鎧は、大剣を振るう肩の可動域を一切妨げず、防寒性と防御力を完璧に両立させていた。

 さらに、身の丈の大剣の柄には、雪の水分で滑らないよう、粗く削ったサメ肌革の滑り止めテープがしっかりと巻き直された。


 シェリルが手に入れたのは、北方の針葉樹林に自生する【雪白樺の紡ぎ糸で織られた耐寒魔導ローブ】だった。

 淡い青白色のこのローブは、外気からの冷気侵入を遮断し、着用者の体表から蒸発するマナの霧を内側に閉じ込めて保温層(デッドエア)を形成する特殊な術衣だ。

 杖の先には、雪山の強風で指先がかじかむのを防ぐための、純白ラードを染み込ませた鹿革のグリップカバーが装着された。


 そして斥候のニーナが選んだのは、極薄の風防レンズが嵌め込まれた【琥珀色の防雪ゴーグル】と、肉球の感覚を損なわずに凍傷を防ぐ【毛皮付きフィンガーレス革手袋】だった。

 雪山では、白銀の世界に反射する強烈な紫外線によって網膜が灼かれ、視界が真っ白になって動けなくなる「雪目(雪盲)」が最大の脅威となる。

 琥珀色のレンズは紫外線をカットし、吹雪の中でも地形の起伏や魔物の輪郭を鮮明に浮かび上がらせる職人の逸品だった。


「よし、道具が揃ったら次はインナー(肌着)の仕込みだ」


 ギルドの解体場に戻ると、バルツはテーブルの上に山積みにされた防寒着を前に、サバイバルの核心を突く講義を始めた。


「いいか、雪山で一番やってはいけない初歩的なミスは何だと思う、ティオ?」

「えっ……? うーん、薄着をすること……か?」

「ブー、赤点だ」


 バルツはあっさりと首を横に振った。


「一番の自殺行為はな、『綿(コットン)の肌着を着ること』だ」

「えっ!? 綿の服って、肌触りもいいし汗をよく吸うから一番いいんじゃないのか!?」

「それが罠なんだよ」


 バルツは綿の布切れを水桶に浸し、ぎゅっと絞って見せた。


「綿は水分をよく吸うが、乾くのが絶望的に遅い。雪山で重い荷物を背負って歩けば、氷点下だろうが人間は必ず汗をかく。その汗を吸った綿が皮膚に張り付いたまま風に吹かれりゃあ、蒸発熱で体温を一気に奪い去られる。いわゆる『汗冷え(低体温症)』だ。冒険者が雪山で死ぬ原因の八割は、魔物に喰われることじゃなく、自分の汗で凍え死ぬことなんだよ」

「自、自分の汗で……!?」


 ティオが息を呑んだ。

 シェリルもエルフの尖った耳をピンと立てて、熱心に羊皮紙にメモを取っている。


「じゃあ、何を着ればいいんですか、先生?」

「獣の毛――特に、未脱脂の羊毛(ウール)だ」


 バルツはモコモコとした褐色のウール肌着を取り出した。


「羊毛の繊維は縮れていて、繊維の間に大量の空気を抱え込む。さらに表面が天然の油脂(ラノリン)でコーティングされているから、水分を外へ弾き出しながら、湿気だけを熱に変える『吸湿発熱』の性質を持っている。汗をかいても肌はサラサラのままだ。……肌着にウールを着て、その上に空気の層を作る中間着(フリースや薄い毛皮)を重ね、一番外側に風を遮断する革の上着を羽織る。これが『三層レイヤリング』の鉄則だ」


 さらにバルツは、昨夜の断頭亀から採取したばかりの、純白の天然ラードが入った小瓶を取り出した。

 そこに自生ミントとトウガラシに似た温感ハーブの粉末を練り込み、特製の軟膏を作り上げる。


「これを鼻の頭、耳たぶ、頬骨、指先……露出する皮膚の末端に薄く塗りたくれ。純白ラードの油膜が冷風を直接遮断し、温感ハーブが毛細血管を拡張させて血流を保つ。凍傷を防ぐ最強のスキンシールドだ」

「ふにゃ〜! 塗ったそばから、お耳の先がポカポカしてきたニャ!」


 ニーナが自分の耳を触りながら、嬉しそうに尻尾を振った。

 準備はそれだけにとどまらなかった。

 解体場の中央には、ドノバンが手配してくれた特製の【頑丈なトネリコ材の二輪そり】が据え付けられていた。

 幅広のスキー板のようなソリの底部には、摩擦を極限まで減らすために猪の油がたっぷりと塗り込まれている。

 そのそりの上へ、一行の命綱である黒塗りの巨大な鋳鉄寸胴鍋、七本の研ぎ澄まされた解体小刀、保存用の干し肉と麦粉の袋、そして予備の薪と火口が、手際よくパッキングされていく。


「ティオ、そりの引き綱は大剣の背負い帯に直接繋げ。手で引くなよ、骨盤の傾きで引くんだ」

「はいッ! 腰の母指球に乗せて、大剣の重みと一緒に前に倒れ込む感覚ですね!」

「よく覚えてるじゃねえか。……よし、荷造り完了だ」


 東の空が白み始め、砦の北門が重々しい音を立てて開かれた。

 門を警備していた衛兵たちが、「おい、あの連中……中央軍すら怖気づいた北嶺の霊峰に行く気かよ!?」「しかもあの荷車……鍋と調味料が山積みだぞ!?」と目を丸くして見送っている。

 門の向こう側には、見渡す限りの白銀の世界――雲を突き抜けて天にそびえる、巨大な白銀山脈の威容が広がっていた。

 飢えと寒さに震えるスノウベール村の領民たち。

 そして、異常寒波の奥底に潜む、神話竜の黒い影。


「行くぞ、三人とも。雪山には雪山の、極上の美味いもんが山ほど眠ってる。……腹を空かせた連中に、世界一あったかいサバイバル飯を喰わせてやるぞ!」

「「「――はいッッッ!!!!」」」


 若者たちの力強い返事が、冷え切った朝の空気を熱く震わせた。

 辺境ギルドの「魔物解体基礎教室」第二幕、白銀の霊峰への進軍が、今ここに力強く始まった!

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