第047話:ギルド帰還と査定の嵐! 「金貨80枚だと……!?」
夕暮れの茜色の光が、辺境砦ギルドの石造りの広間を温かく照らし出していた。
夕方のギルドは、一日の狩りを終えた冒険者たちでごった返し、酒と汗と鉄の匂いが立ち込めていた。
そんな中――ギルドの重厚な正面扉が、ギイィと軋んだ音を立てて押し開かれた。
「ふう……やっと着いたニャーッ!」
元気な声と共に現れたのは、落ちこぼれカルテットの四人だった。
先頭を歩くニーナは、フサフサの尻尾をご機嫌に揺らし、シェリルは樫の木の杖を肩に担いで朗らかに微笑んでいる。
そしてティオとバルツが引いてきたのは――頑丈な二輪の荷車だった。
だが、その荷車の上に山積みにされていた光景を目にした瞬間、酒場にいた数十人の屈強な冒険者たちの喧騒が、まるで魔法で時を止められたかのようにピタリと凍りついた。
「おい……見ろよ、あれ……」
「な、なんだあの黒い山は……!? 鏡みたいに光ってるぞ……!?」
「それに、あの信じられないくらい甘くていい匂いはどこから漂ってきてるんだ……!?」
荷車の上には、傷一つなく磨き上げられた巨大な黒曜石の甲羅が鎮座していた。
さらにその周囲には、琥珀色に輝く純白ラードが詰まった数十個の陶器壺、綺麗に処理された桜色のヒレ肉の燻製ブロック、そして三頭の《青首突進猪》から切り出された極上の鉄牙と分厚い毛皮が、整然と積み上げられていたのだ。
「ど、ドノバン様ァッ!! ドノバンギルド長をお呼びしろおおおッ!!」
受付窓口の若い職員が、荷車の上の獲物を確認した瞬間、椅子から転げ落ちて奥の執務室へと悲鳴を上げながら走り去った。
数秒後、ドタドタと慌ただしい足音と共に、巨漢のギルド長ドノバンが胃薬の小瓶を握りしめたまま飛び出してきた。
「な、なんだ騒々しい! また王都のエリートどもが問題でも起こしたのか……ぶっ!?」
ドノバンの視線が荷車に突き刺さった瞬間、その厳つい顔面が面白いくらいに硬直した。
手にした胃薬の小瓶が、指から滑り落ちて床で粉々に砕け散る。
「ば……バルツ……!? お前、それ……まさか……《黒曜甲羅の断頭亀》かッ!?」
「おうドノバン。ただいま戻ったぜ。……あたた、腰が痛くて適わん。早く査定してくれや」
バルツは猫背のまま腰をトントンと叩き、いつものように気の抜けた調子であくびをした。
だが、ドノバンはあくびどころではなかった。
大股で荷車に駆け寄り、鼻息荒く黒曜石の甲羅へと顔を近づける。
震える指先で甲羅の表面を撫で回し、鑑定用のルーペを目に当てて絶叫した。
「傷が……ない……!? 亀の甲羅に、ヒビ一つ、欠け一つ入っていないだと!? どうやって外したんだ!? 背甲と腹甲の橋部軟骨が、刃物で精密に切り離されている……! そしてこの壺は……まさか、甲羅の内側の天然ラードか!? 純度100パーセント、濁りゼロ……雪のように白い至高の油だ……!!」
「それだけじゃないニャ! こっちの猪の牙も、根元から綺麗に抜いてあるニャ!」
ニーナが自慢げに荷車の横をポンポンと叩いた。
ドノバンは開いた口が塞がらないまま、ギルドの専属査定士たちを全員呼び集めた。
十数人の熟練査定士が血相を変えて荷車を取り囲み、ルーペと天秤と魔力測定器を総動員して、前代未聞の査定作業が始まった。
査定士たちの手が震え、計算用の羊皮紙に次々と驚愕の数字が書き込まれていく。
「黒曜石甲羅、完全無傷……防具加工用として金貨!」
「天然純白ラード、壺分……特級滋養薬および高級化粧品原料として、金貨!」
「断頭亀の極上ヒレ肉ブロック……王都の貴族向け高級食材として、金貨!」
「さらに青首突進猪三頭分の鉄牙、無傷の毛皮、良質肉……合計、金貨!」
「総合計…………金貨、八十枚ですッッッッ!!!!」
査定士長の震える宣告が、静まり返ったギルドホールに爆弾のように炸裂した。
「「「き……金貨、八十枚ええええええええっっっっ!?!?!?」」」
ギルド中の冒険者たちが、一斉に目玉を飛び出させて絶叫した。
金貨八十枚といえば、中堅のBランク冒険者が半年間命を懸けて稼ぎ出す総額に匹敵する大金だ。
それを、わずか数日間のサバイバルキャンプで、しかもFランクの新米たちが手傷一つ負わずに稼ぎ出してしまったのだ。
「す……げええええええっっっ!!」
「あいつら、本当にあの落ちこぼれカルテットかよ!?」
「断頭亀を無傷で解体しただと!? どんな神技だよ!!」
どよめきは一瞬で熱狂的な歓声と拍手の嵐へと変わった。
屈強なベテラン冒険者たちがティオの肩をバシバシと叩き、シェリルとニーナには賞賛の拍手が降り注ぐ。
かつてギルドの片隅で「厄介者の落ちこぼれ」と笑われていた若者たちが、今やギルド中の羨望と畏敬を一身に集める主役に躍り出ていたのだ。
「ティオ、シェリル、ニーナ……お前たち、本当によくやったな」
ドノバンが涙ぐみながら、金貨がぎっしりと詰まった重厚な麻袋をティオの両手へと手渡した。
ずっしりと重い金貨の感触。
さらに、ドノバンは三人の冒険者プレートを受け取り、ギルドの刻印器をガチャンと押し当てる。
「ギルド規約に基づき、お前たち三人の冒険者ランクを、Fランクから――飛び級で『Cランク』へと昇格させる!! 胸を張れ、お前たちは立派な一流冒険者だ!!」
「「「やったあああああああっっっ!!!!」」」
新しく刻印された銀色に輝くCランクプレートを掲げ、三人は抱き合って歓喜の涙を流した。
バルツが弟子たちの背中をポンと叩く。
「金貨は山分けだ。武器の新調と、旨い飯の調味料を揃えるのに使え。……努力した奴が報われるのは、当たり前のことだ」
師の優しい言葉に、三人はもう一度強く頷いた。
だが――その祝福の輪のすぐ後ろ。
ギルドの入口の影から、泥まみれになり、ボロボロの雑巾のようになった人影が、這うようにして入ってきた。
エドガーたち「金色の暁」だった。
「ひ……金貨……? Cランク昇格……?」
折れた大剣の残骸を杖代わりにし、泥水と涎で顔を汚したエドガーが、信じられない目でティオたちの姿を見つめていた。
荷物袋に詰めていたはずの魔石は、途中の泥沼で転倒した際に半分以上を失い、残ったわずかな魔石も、雑にえぐり取ったせいでヒビだらけ。
査定額は、わずか銀貨数枚にしかならなかった。
かつて自分が「役立たずのゴミ」と嘲笑い、踏みつけにしたティオが、今や眩い光の中でギルド中から英雄として称えられている。
そしてエリートの自分たちは、泥まみれの乞食のように路地裏へと這い戻るしかない。
「あ……あいつ……俺の……俺の荷物持ちだったはずなのに……!」
エドガーの唇から、悔しさと恥辱で血が滲んだ。
だが、ギルドの冒険者たちから向けられたのは、賞賛ではなく、仲間を見捨てて逃げ帰ってきた臆病者への冷たい蔑みの視線だけだった。
居場所を失ったエドガーたちは、誰にも声をかけられることなく、惨めに背中を丸めて夕闇の街へと逃げ去っていったのだった。
「ふん……因果応報だな」
カウンターの片隅で、バルツはエールをあおりながら、満足そうに目を細めていた。
弟子たちの輝く笑顔と、手に入れた確かな誇り。
魔境の第一歩を刻んだ落ちこぼれたちの物語は、最高のハッピーエンドを迎えていた。
だが――老狩人の仕事は、まだ終わりではなかった。夜の解体作業が、静かに彼らを待っていた。すべての命を使い切るまでが、狩人の責任なのだから。
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