第021話:自生ハーブを喰らう蛇と、裏返し剥ぎの技法
陽光が燦々と降り注ぐ翡翠川の岸辺。
平らな解体台の巨石の上に、2メートルに及ぶ《香草蔦蛇》の胴体が、ぐったりと横たえられていた。
その隣の小皿の上には、ニーナが一刀両断した三角形の頭部。
バルツはまず、その頭部をピンセットで固定すると、口の端を小刀の背で押し広げた。
ギチリ、と音がして、二本の鋭利な毒牙が露わになる。
「解体に入る前に、まずこの『毒牙』を根元から折って安全を確保する。蛇ってのはな、首を切り落とされた後でも、数時間は反射神経で顎がバチンと閉じる習性があるんだ。うっかり指を近づけて噛まれたら、獲物を仕留めた後に自分が死ぬ羽目になる」
「ひゃあ……! 首だけでも噛みついてくるのニャ!?」
ニーナが飛び退いて自分の指を庇った。
バルツはペンチのような平口やっとこを使い、毒牙の根元をパキリとへし折って、薬用保存用の小瓶へと収めた。
「この毒は、薄めて酒に漬ければ最高の手足の痺れ止め薬になる。ギルドに持っていけば銀貨二枚だ。……さて、胴体の解体に入るぞ」
バルツは道具差しから、先がヘラ状になった極薄の【筋引き小刀】を抜いた。
解体台の巨石の脇には、清流の冷水を満たした木桶が二つ用意されている。
「蛇の解体で素人がよくやる間違いは、包丁で腹を一文字に切り裂いて、皮を両側に開こうとすることだ。それをやると、蛇の皮は途中でブツブツ千切れるし、内臓の胆嚢を傷つけて肉が苦くなる」
「じゃあ、どうやって剥ぐのですか、先生?」
シェリルが手帳を広げて覗き込む。
バルツは蛇の首の切り口――皮と肉の境界に、指先をスーッと差し入れた。
「蛇の皮ってのはな、人間が穿くストッキングと同じ構造だ。外側から切り刻むんじゃない。首の端から『裏返し』にめくって、一気に足元まで引き抜くんだよ」
「う、裏返し……!?」
ティオが目を丸くする。
バルツは首の断面の皮を、靴下の履き口をめくるように、外側へ向かって5センチほどクルリと折り返した。
現れたのは、真っ白な皮の内側の肉面。
バルツはその折り返した皮の端を、滑り止めの布を巻いた両手でガッチリと握りしめた。
そして、胴体の肉の部分を、ティオに手渡す。
「ティオ、肉の背骨を両手でしっかり掴んでろ。絶対に手を離すなよ」
「は、はいッ!」
ティオが息を呑み、蛇の首元の肉を両手で抱え込むようにして固定する。
バルツは木桶の冷水を、折り返した皮の隙間へバシャリと注ぎ込んだ。
水が潤滑油の役割を果たし、皮と肉の間の結合組織を滑らかに濡らす。
「いくぞ。……せーのッ!」
バルツが腰を落とし、両手をグッと後方へ引いた。
ズルルルルルルッ……!
「うわああああっ!?」
ティオが叫んだ。
信じられない光景だった。
緑色の美しい鱗の皮が、まるで脱ぎ捨てられる長手袋のように、内側を外側に向けながら、スーッ、スーッと滑るように裏返りながら剥けていく!
ズルルッ、シュルルルルッ!
一滴の血も付着しない。
2メートルの胴体の上を、冷たい水が流れながら、皮が途切れることなく一息に尾の先端まで引き抜かれていった。
ポンッ!と小気味よい音がして、尾の先から完全に皮が抜け落ちた。
パサリ。
バルツの手の中に残されたのは、長さ2メートルの完全な一本の筒状になった「裏返し蛇革」。
そして、ティオの両腕の中に残されたのは――
息を呑むほどに純白で、艶やかに透き通った、一本の長大な「肉の円柱」だった。
傷一つない。
背骨を取り囲む四本の太い筋肉の筋が、まるで引き締まったアスリートの筋肉のようにクッキリと浮かび上がっている。
しかも、皮を剥がれた瞬間、周囲の空気に爆発的な勢いで広がったのは――
清涼感あふれる、野生ハーブの芳醇極まりないアロマだった。
「にゃ……にゃああああああっっっ!?」
ニーナが両手で鼻を押さえ、驚愕の声を上げた。
「すっごく……すっごくいい匂いニャ! これ、本当にお肉なのニャ!? まるで、ハーブを束ねた花束みたいニャ……!」
「皮の内側に張り付いていた、この極薄の脂肪層を見てみな」
バルツが白身の表面を指先でなぞった。
そこには、朝露のように透明な、微細な油の膜がキラキラと光っていた。
香草蔦蛇が何年もかけて蓄積した、二十種類以上の薬草のエキスを含んだ天然のハーブオイル。
肉そのものが、自前のオリーブオイルでマリネされているような状態だったのだ。
「さて、次は内臓抜きだ。皮が剥がれたから、どこに何があるか丸見えだな」
バルツは極薄の小刀を抜き、腹の中央を走る半透明の腹壁を、スーッと撫でるように切開した。
現れたのは、驚くほど小さな一本の細い消化管。
中には、すり潰された薬草の緑色のペーストが詰まっているだけで、腐敗物や排泄物の臭みは微塵もなかった。
バルツは消化管を指先で摘むと、肛門の付け根までツルリと一息に引き抜いて石の上に除けた。
残されたのは、純度100パーセントの、骨と筋肉だけの清浄な肉の塊。
「シェリル、青竹の長串を持ってこい」
「は、はいッ!」
シェリルが駆け寄り、削りたての竹串を差し出す。
バルツはその竹串の先端を確かめると、ティオとシェリルに向き直った。
「串打ちの基本を教えてやる。丸い竹串じゃなく、少し平べったく削った『平串』を使うんだ。丸串だと、炭火の上で肉をひっくり返す時、串だけが空回りして肉が裏返らない。平串なら、刃先のように肉を二点で固定するから、自由自在に焼き面をコントロールできる」
「な、なるほど……! 串の形状にまで、そんな深い理由があったのですね!」
シェリルが感嘆の声を上げる。
バルツは2メートルの蛇肉を、小刀で一口大――幅3センチほどの筒切りにトントントンとリズミカルに切り分けていった。
蛇の背骨には無数の細い肋骨がついているが、バルツは骨の継ぎ目に正確に刃を落としていく。
「蛇の骨ってのはな、魚の骨と同じで細くて柔らかい。特に香草蔦蛇は薬草ばかり食ってるから、骨にカルシウムとミネラルが均一に染み込んでる。強火の遠火でじっくり炙ってやりゃ、骨がカリカリの煎餅みたいになって、骨ごとポリポリ丸ごと食えるんだよ。カルシウム満点で、ティオの腰の骨を治すのにも最高の食材だ」
「骨ごと食えるのか! すごいな、捨てるところが本当に何もないんだ!」
ティオが目を輝かせる。
バルツは切り分けた肉を、平串に二つ、三つと波打つように刺していった。
そして――先ほど裏返しに剥ぎ取った皮。
バルツはその皮をハサミで一口大に切り分けると、肉と肉の間に、クルリと巻き付けるようにして挟み込んだ。
「おっちゃん、皮も一緒に刺すのかい?」
「当たり前だ。この皮こそが、香草蔦蛇の真骨頂よ。炭火で炙ると、皮のコラーゲンが縮んでパリッパリのスナックみたいに香ばしくなる。身のふっくら感と、皮のパリパリ感を一口で同時に味わうのが、串焼きの極意だ」
「じゅるり……」
ティオとニーナの喉が、同時に激しく鳴った。
シェリルもまた、手帳を胸に抱きながら、恍惚の表情で串を見つめている。
肉自体が放つ清涼なハーブオイルの輝き。
塩を振る前から、原生林の空気を爽やかに満たす奇跡の串。
危険な毒蛇を、命の恵みとして完璧に仕立て上げた職人技。
秋風が吹き抜ける高台の野営地で、いよいよ、誰もが涎を垂らして待ち望んだ「極上の酒の肴」――『香草蔦蛇の皮パリパリ塩焼き串』の炭火焼きが、幕を開けようとしていた。
落ちこぼれカルテットの食欲は、止まるところを知らなかった。




