第022話:【実食】香草蔦蛇の皮パリパリ塩焼き串
炭火の熾火が、パチ……と小さな音を立てて熱波を放射していた。
その赤々とした炭の上に、四本の平らな竹串が並べられている。
串に刺さっているのは、先ほど裏返し剥ぎで解体されたばかりの《香草蔦蛇》の筒切り肉と、一口大に巻かれた蛇皮だ。
塩を振る前から、すでに自生ハーブの爽快なアロマが立ち込めていたが、熱が通るにつれて、その香気は別次元の芳醇さへと進化していた。
チリチリチリ……ッ!
皮が熱を浴びて、ギュッと縮み上がっていく。
蛇皮に含まれる豊富なコラーゲンが熱でゼラチン化し、さらに余分な水分が飛ぶことで、まるで鳥皮のように薄く、黄金色のクリスピーな衣へと変貌していく。
そして、皮の内側の薄い脂肪層から、透明なハーブオイルがプツプツと滲み出てきた。
その雫が、ポタリ……と真っ赤な炭火の上へと落ちる。
ジュワッッッッ!
一瞬にして立ち上る、青白い煙。
焦げたハーブオイルの芳香が、煙となって串全体を包み込み、天然のスモークとなって肉の表面を香ばしく燻し上げていく。
「ひゃあ……! 炭に落ちた油の煙まで、すっごくいい匂いニャ……!」
ニーナが串の真横にかがみ込み、立ち上る煙を両手でパタパタと自分の顔に扇ぎ寄せた。
大きなフェネックの耳が幸せそうにペタンと倒れ、尻尾がフルフルと震えている。
「ニーナ、煙を吸いすぎるなよ。……ティオ、塩だ」
「はいッ、おっちゃん!」
ティオが木鉢から、小刀の背で粗く砕いた天然の岩塩の粒をひとつかみ取った。
バルツの指示通り、串の30センチ上から、パラパラと均一に振りかける。
白い塩の結晶が、ジュワジュワと脂の浮いた肉の表面に吸い込まれ、パチッと小さな快音を立てて溶けていく。
「強火の遠火、返すのは三回だけだ。回しすぎると身の水分が逃げてパサつく。皮目がキツネ色にカリッと焼き上がり、身の骨の隙間から透明な肉汁がフツフツと湧いてきたら……そこが上げ時だ」
バルツが平串の柄を指先でクイと返し、裏面を炙る。
両面が完璧な黄金色に染まり、立ち上るハーブの香りが頂点に達した、その瞬間――。
「よし……食え! 熱いうちに、串から直接ガブリといけ!」
「「「いただきまーーーーーーすっっっっ!!!!」」」
三人は手にした熱々の竹串を、一斉に口元へと運んだ。
ティオが大口を開け、串の先端に刺さった皮巻き肉にかぶりつく。
パリッ! サクッ! ジュワワワッッッッ!!!!
その瞬間、軽やかな快音が口いっぱいに響き渡った。
「――っっっ!?!?!?!??!?!」
ティオの目が飛び出そうになった。
なんだ、この食感は……!?
最初に前歯を突き抜けたのは、まるで極上のポテトチップスか、あるいは最高に香ばしく揚げた焼き鳥の皮のような、サックサクでパリッパリの快音。
そして、その香ばしい皮を噛み破った刹那――
ドバッ!と溢れ出してきたのは、驚くほどジューシーで弾力のある、極上の白身の肉汁だった!
パサつきなど、微塵もない。
筋肉の繊維は驚くほどキメが細かく、噛むたびにプリッ、プリッと弾力のある歯ごたえを返してくる。
鶏のササミを10倍上品にし、そこにトラフグの引き締まった弾力と、上質な白身魚の淡白な旨味を掛け合わせたような、奇跡の肉質!
さらに、噛み進めると――
ポリポリッ、と小気味よい音がした。
中心にある背骨と細い肋骨が、強火の遠火でじっくり熱を通されたことで、まるで香ばしい小魚の骨煎餅のように、何一つ引っかかることなくサクサクと噛み砕けてしまうのだ。
「う……うめえええええええええっっっ!!!」
ティオが叫んだ。
串の目、目の肉を一気に口の中に滑り込ませる。
噛むたびに、肉そのものに染み込んでいた二十種類以上の自生ハーブのエキスが、爽快なアロマとなって鼻腔を駆け抜けていく。
岩塩のストレートな塩気が、ハーブの香りと肉の甘みを完璧に引き立てていた。
「なんだこれ……!? 鶏皮より香ばしくて、フグよりプリップリで、骨までポリポリ食えちゃうよ! こんな旨い串焼き、王都のどこの屋台に行っても食えないぜ!!」
「……んんんーーーーーーーっっっっ!!!!」
シェリルもまた、両手で串を持ち、目を丸くして身悶えしていた。
一口かじるごとに、パリッ、ジュワッ、サクッという三拍子の快音が口の中で連打される。
上品な白身と、野性味あふれる香草の調和。
「な……なんて香ばしいのでしょう……! 蛇のお肉が、こんなにも気品あふれるフレンチのグリル料理のようになるなんて……! これ……これには……!」
シェリルが頬をカッと赤く染め、口元を押さえて小さく呟いた。
「……冷えた……冷えた黄金色の麦酒が……欲しくなってしまいます……!」
「ぶははは! シェリル姉ちゃん、昼間から酒飲みのセリフ吐いてるよ!」
「なっ、ティオ君、笑わないでください! この塩気と香ばしさと脂のキレの良さは、大人の飲み物と合わせるために生まれたとしか思えない完璧な味付けなのです!」
「酒の肴に最高なのは確かだな。ま、未成年のお前らには、冷たい清流の水で我慢してもらうがな」
バルツが笑いながら、自分の分の串を一本引き抜いた。
串にかぶりつき、パリポリと豪快に骨ごと噛み砕いて飲み込む。
ふう、と息を吐き出すと、口の中に残る爽やかなハーブの余韻。
「うん、焼き加減は完璧だ。ニーナ、どうだ?」
「ふみゃあぁぁぁぁぁ……! 骨が! 骨の周りのところが、一番サクサクで美味しいニャーーーッ!」
ニーナはすでに二本目の串を平らげ、串の竹肌についた塩の粒までペロペロと舐め尽くしていた。
フェネックの尻尾がピーンと立ち上がり、全身で美味しさを表現している。
あっという間に、四人が持っていた八本の竹串は、一本の骨の欠片すら残さず、綺麗さっぱり胃袋の中へと消え去っていた。
「ぷはーーーーーっ! ごちそうさまでしたニャ!」
ニーナが満足そうに息を吐き出し、川の冷水をごくごくと喉を鳴らして飲み干した。
水すらも、口の中に残ったハーブの香りと混ざり合って、まるで極上のフレーバーウォーターのように美味しく感じられた。
さらに、食べ終えて数分も経たないうちに、三人の肉体に力強い変化が現れ始めていた。
薬草の花蜜だけを食べて育った香草蔦蛇の肉には、極めて高純度の抗疲労成分と、血流を爆発的に促進するアミノ酸が豊富に含まれている。
ティオの腰の患部がポカポカと内側から温まり、午前中の歩行で溜まっていた筋肉の疲労物質が、サラサラと洗い流されていく感覚。
シェリルの体内では、魔力回路の隅々まで温かい血液が巡り、ニーナの足先のバネが再び軽やかに跳ねるような弾力を取り戻していた。
「大剣の重みで仕留めた兎に、杉板で蒸した泥魚に、パリパリの香草蛇串……。俺、こんなに美味いものばかり食って、バチが当たらないかな……?」
ティオが大剣を撫でながら、ぽつりと呟いた。
だが、そのティオの言葉を遮るように――
ズズ……ズズズズズズッ……。
遠く、湿地帯のさらに奥深くから、重く湿った地鳴りのような音が響いてきた。
川面が細かく波打ち、木々の葉がざわざわと騒ぎ始める。
風に乗って漂ってきたのは、独特の生臭い甲殻類の潮気と、鼻をツンと刺激する紫色のキノコの胞子の匂い。
バルツが静かに立ち上がり、腰の道具袋に手を当てた。
「……バチが当たるどころか、次の客のお出ましだぞ」
「えっ……客……?」
ティオとシェリルが息を呑み、ニーナが耳をピクリと動かした。
浅瀬の最奥。
黒い泥が盛り上がる、薄暗い霧の沼地――そこに君臨する「泥濘の重戦車」《鎧茸蟹》が、静かにその巨躯をもたげ始めていた。
今度の獲物は、ただ倒すだけでは済まない。
猛毒のキノコを背負い、鉄の盾をも粉砕する大鋏を持つ危険な魔物。
だが、その甲羅の内側には、誰もが息を呑む「黄金の宝」が眠っていたのである。




