第130話:大剣の獅子紋章が光る時! ルキウスによるティオへの告発と裏切り
ズドォォォォォォンッッ!!
体長20メートルの神話巨竜《火口竜》が、激しい溶岩津波を掻き分け、一行の立つ黒曜石の断崖へとその巨大な両前脚を叩きつけた。
激甚な震動が大地を揺らし、吹き荒れる火砕流の熱風がシェリルの『常温冷気ドーム』の外皮を激しく打ち据える。
巨竜の胸元では、あの禍々しい3メートル大の『黒い結晶』がドス黒く脈動し、竜の心臓部へ耐え難い激痛を送り込み続けていた。
「よし、陣形を組むぞ! ティオ、前脚の衝撃を面でいなせ! ニーナ、胸骨の筋膜を剥離する足場を確保しろ!」
バルツの一喝に、ティオが黒鉄の大剣を引き抜き、両足の母指球を大地へ食い込ませた――まさにその刹那であった。
カチリ……ッ。
背後から響いたのは、硬質な金属の撃鉄が起こされる冷たい音であった。
「――動くな、反逆者の小倅め」
氷のように冷徹な、毒を含んだ声。
ティオが息を呑んで振り返った瞬間、その視界に飛び込んできたのは――。
冷気ドームの内側、わずか3メートルの至近距離から、小型魔導銃の銃口をまっすぐにティオの眉間へと突きつける特務監査官ルキウスの姿であった。
「ル、ルキウス……!? てめえ、何をしやがる!!」
「ルキウス、貴様正気か!? 今すぐにその銃を下ろせ!!」
ティオが激昂し、新弟子のジャンが怒りに顔を真っ赤にして叫んだ。
だが、ルキウスは嘲笑を浮かべ、銀縁の眼鏡の奥から冷たい蛇のような視線をティオの大剣へと注ぎ込んだ。
「正気ですよ、ジャン筆頭料理長殿。狂っているのは、そんな田舎の泥臭い狩人共に魂を売り渡した貴方の方だ。……おい、新米冒険者ティオ。貴様、自分が背負っているその大剣の鍔元に、一体何が刻まれているのか知っているのか?」
ルキウスの視線の先。
ティオの大剣の鍔元――使い込まれて傷だらけになった黒鉄の表面に、薄っすらと刻まれていたのは、王都の最高位騎士団を象徴する、誇り高き『獅子の紋章』であった。
「10年前に王都で国家反逆の大罪に問われ、一族もろとも処刑された元近衛騎士団長兼王国防衛将軍――レオンハート将軍の愛剣『神鉄の獅子大剣』だ。……その大剣を手に持ち、生体力学の連動を完璧に使いこなすその体躯、その面構え。貴様が、あの時死んだはずのレオンハート将軍の幼き遺児であることは明白だ!」
「な……なんですって……!?」
シェリルが息を呑み、ティオの顔を見つめた。
ティオの全身が、金縛りに遭ったように硬直していた。
幼き日の記憶。
燃え盛る王都の屋敷、泣き叫ぶ母、そして「逃げろ、ティオ! どんなに泥水を啜っても生き延びろ! お前の大剣は、民を守るために振るうんだ!」と自らを逃がしてくれた、誇り高き父の背中。
「父さんは……父さんは反逆者なんかじゃない……!!」
ティオの口から、魂を絞り出すような叫びが漏れた。
大剣を握るティオの両手が、怒りと悔しさでギリギリと音を立てて震える。
「誰よりも民を想い、大地の命を尊んでいた! 辺境の村が困っていれば自ら足を運び、命懸けで守り抜いた! そんな父さんが、国を裏切るはずがねえええっ!!」
「ふん、世間知らずのガキが」
ルキウスが冷酷に鼻を鳴らした。
「貴様の父親はな、この死火山の莫大な魔石利権と鉱山開発を、我が中央ギルド『黄金の天秤』と王都の貴族たちへ譲渡することを頑なに拒んだのだ。『地脈を乱掘すれば大地の主が狂い、天変地異が起きて民が滅ぶ』などと愚にもつかぬ迷信を喚き散らしてな。だから――王家に背く反逆者として、冤罪を仕組んで合法的に処刑して差し上げたのだよ!」
悪びれもせず、自らの悪行と歴史の捏造を吐き捨てる官僚の醜悪な本性。
雪山の飢餓も、寒村の見捨ても、そしてティオの父の冤罪も、すべては中央の拝金主義者たちが仕組んだ強欲の産物であったのだ。
「貴様が辺境で生きていたと知った時は肝を冷やしたが……所詮は落ちこぼれの田舎者。ここで火口竜の突進に巻き込まれ、マグマの海へと転落事故死したことにすれば、過去の記録はすべて闇の中へ消え去る。……死ね、レオンハートの呪われた血筋よ!」
ルキウスの指が、魔導銃の引き金へと冷酷に力を込めた――その刹那!
プハァァァァァァァ……ッ。
場違いなほど穏やかな紫煙が、ルキウスの顔面へと真っ向から吹きかけられた。
「ゲホッ……!? な、何だ……!?」
視界を真っ白な煙に遮られ、ルキウスが狼狽して引き金から指を緩めた瞬間。
ずいっと前に進み出てきた男がいた。
ボロボロの毛皮外套を羽織り、腰に無骨な解体包丁を下げた中年狩人――バルツであった。
バルツは煙管を指で挟み、ルキウスの銃口の前に自らの胸を平然と晒しながら、呆れたように頭を掻いた。
「ったく……人の解体教室の真っ最中に、つまらねえ昔話をペラペラと喚くんじゃねえよ、三流官僚」
「ば、バルツ……!? 退け! そいつは国家反逆人の息子だぞ! 庇えば貴様ら全員極刑――」
「うるせえよ、ハゲ」
バルツの低く冷徹な一喝が、ルキウスの言葉を容赦なく叩き折った。
バルツは振り返り、震えるティオの頭に、ドンッと大きな掌を無造作に乗せた。
「10年前の王都のドロドロした権力闘争なんざ、俺には知ったこっちゃねえ。親が将軍だろうが反逆者だろうが、どうでもいいこった」
バルツの温かい手のひらが、ティオの頭をクシャクシャと撫で回す。
「俺が見てきたのはな、この数ヶ月、飢えた仲間や寒村の民を救うために、血の滲むような思いで大剣を振り続けてきた、目の前のティオの背中だ。道具の手入れを怠らず、食い物の命に感謝し、仲間のために真っ直ぐに刃を滑らせる……こいつの剣筋には、1ミリの嘘もねえよ」
「お……おっちゃん……っ!」
ティオの瞳から、大粒の涙がボロボロと零れ落ちた。
父の無念、孤独な逃亡、落ちこぼれと嘲笑され続けた絶望の過去。
そのすべてが、バルツのこの一言によって、完全に肯定され、救い上げられたのだ。
「胸を張れ、ティオ。お前は立派な俺の教室の弟子で、仲間を守る一人前の狩人だ。……あんな薄汚ねえ官僚の寝言に、刃を鈍らせるんじゃねえぞ」
「……おうっ!! おうっ!! 俺は、おっちゃんの弟子だ!!」
ティオが涙を拭い、大剣を両手で力強く握り直した。
その瞳には、もはや迷いも恐怖も微塵もなかった。
「お、おのれぇぇぇっ! なら貴様ら全員、ここでまとめて撃ち殺して――」
狂乱したルキウスが再び銃口を持ち上げようとした――その瞬間!
背後の暗がりから、閃光のように跳躍したニーナの両足が、ルキウスの手首を電光石火の蹴りで撃ち抜いた!
バキィッッ!!
「ギャアアアアッッ!?」
魔導銃が宙を舞い、マグマの湖へとボチャンと落ちて一瞬で溶け去った。
ジャンが飛び出し、ルキウスの腕を捻り上げて黒曜石の地面へと組み伏せる!
「おとなしくしていろ、恥知らずめが!!」
「ぐあぁっ……は、離せジャン! 貴様、王都へ戻ったらただでは済まさんぞ……!」
完全に無力化されたルキウス。
そして――。
背後で耐え難い激痛に悶絶していた神話の巨竜《火口竜》が、狂乱の火炎ブレスを天へと解き放ちながら、カルテットの眼前へとその巨大な胸元を晒した!
中央の陰謀を打ち砕いた狩人たちの、神話巨竜の命を救う『神技解体』が、今まさに火蓋を切ろうとしていた!
自らの誇りを取り戻した若き大剣使いと、命を尊ぶ師弟たちの熱き刃が、激動の奇跡を刻もうとしていたのである!




