第126話:【実食】地熱源泉鰻の白焼き&源泉蒸し蒲焼き重(天然山椒添え)
ジュワァァァァァァァッッッ!!!!
黒曜石の熾火の上で、竹串を打たれた《地熱源泉鰻》の極厚の白身肉が、香ばしい煙を立ち上らせながら激しく身悶えするように焼き縮んでいた。
体長2メートル半の怪魚から切り分けられた、幅15センチ、厚さ3センチを超える巨大なフィレ。
通常のウナギであれば、これほどの厚みがあれば中心まで火が通る前に表面が炭化してしまう。
だが、バルツが構築した炭火床は、黒曜石の平板が放つ均一な遠赤外線によって、肉の深部まで穏やかに熱を浸透させていた。
「いいか、ウナギの焼きの極意は『白焼き、源泉蒸し、そして三度ダレ』だ」
バルツが竹串の端を器用に操り、リズミカルに身を裏返していく。
まずはタレをつけずにじっくりと火を通す『白焼き』。
皮下に蓄えられていたオレイン酸豊富な純白ラードが、熱によって透明な脂となって表面へ滲み出し、自らの脂で皮目を揚げ焼きにしていく。
パチパチと小さな気泡が弾け、皮目はまるで黄金色の薄氷のようにサクサクのキツネ色へと色づいていく。
「よし、表面が焼けたら一度スチームを噛ませるぞ。ティオ、蒸し網をセットしろ」
「了解だ、おっちゃん!」
ティオが白焼きにしたウナギの串を、湯神池から立ち上る摂氏の純白の源泉スチームの上へと移し、濡らした白樺樹皮を被せて軽く5分間蒸し上げた。
大自然の温泉スチームが、ウナギの強靭な筋繊維のコラーゲンを完璧にゼラチン化させ、余分な脂を適度に落としながら、身を極限までふっくらと柔らかく膨らませるのだ。
そして樹皮を外した瞬間――。
「……あ……あぁ……! 何とふくよかで、瑞々しい身の膨らみだ……!」
宮廷料理長のジャンが、息を呑んで感嘆の声を漏らした。
蒸し上がったウナギの身は、まるで焼きたてのスフレや羽二重餅のようにプルプルと揺れ、箸で触れただけで解けてしまいそうなほどの究極の柔軟性を獲得していた。
「さあ、料理長先生。お前が煮詰めた骨出汁ダレの出番だぞ」
「はいっ……! 全身全霊を込めて煮詰めました!」
ジャンが掲げた黒曜石の壺の中には、香ばしく素焼きにしたウナギの頭と中骨、火炎唐辛子の果糖シロップ、王都の大豆醤油、そして野生柑橘のエキスをじっくりと煮詰めた、極上の秘伝タレが満たされていた。
その漆黒と琥珀色のタレの中へ、バルツが熱々のウナギの串を一気にドブ漬けにする!
ジュワワワワッッッ!!
タレをたっぷりと吸い込ませたウナギを、再び赤熱する黒曜石の炭火の上へ!
その瞬間、洞窟の入口一帯に、暴力的なまでの甘辛い香気が爆発した。
炭火の熱で醤油のアミノ酸とウナギのタンパク質が結合し、激しいメイラード反応を引き起こす。
さらに火炎唐辛子の果糖が焦げて香ばしいカラメルアロマとなって立ち昇り、炭火の煙がウナギの皮目を燻煙のように包み込んでいく。
タレをつけては炭火で炙り、再びタレにくぐらせて余分な脂を落とす――三度の重ね焼きを経て、ウナギの表面は濃密な照りと黄金の輝きを纏い、もはや神話の至宝と呼ぶにふさわしい完全なる『蒲焼き』へと昇華を遂げた!
ジャンの調合したタレの骨出汁ゼラチンが、熱によってウナギの身の表面に極薄の旨味コーティングを形成し、肉汁を一滴も外へ逃さない。
「ご飯が炊けましたわ!」
シェリルが満面の笑みで、地熱の蒸気で炊き上げた土鍋の蓋を開けた。
立ち上る甘い湯気。
雪山の冷たい湧き水で炊き上げられた銀シャリ(大麦と白米のブレンド米)は、一粒一粒が真珠のようにツヤツヤと輝いている。
バルツはその熱々のご飯を黒曜石を削り出した重箱にふんわりと盛り、刷毛で秘伝のタレをひと筋回しかけ、その上へ、炭火で焼き上がったばかりの極上源泉ウナギの蒲焼きを、ドスンと豪快に並べた。
重箱の白いご飯が、黄金色と飴色のウナギで完全に覆い尽くされる。
そして仕上げに――ニーナが岩陰で採取し、すり鉢で細かく挽いたばかりの『野生火山山椒』の青い粉末を、パラパラと惜しげもなく振りかけた。
「完成だ! 『地熱源泉鰻の炭火蒲焼き重』、熱いうちに喰らえ!」
「「「い、いただきまあああああああっっっっす!!!!」」」
重箱を抱えたティオとニーナが、木塗りの箸を勢いよく突き刺した。
箸先がウナギの身に触れた瞬間――。
何の抵抗もなく、スッ……と、まるで温かいバターにナイフを入れるかのように身がほぐれ、断面から透明な黄金色の肉汁がドッと染み出してきた。
二人は大きな身をご飯ごとすくい上げ、口いっぱいに放り込んだ!
そして――。
サクッ……フワァァァァァァァッッッ!!!!
「「「うっっっっっっっっっっっっまーーーーーーーーーーーーーいっっっっっっっっっっっっっ!!!!!」」」
二人の絶叫が、死火山の空へと突き抜けた。
「な、なんだこれぇぇぇっ!? 皮がパリッとしてて香ばしいのに、中の身が信じられないくらいふわっふわで、口に入れた瞬間に雪みたいに溶けて消えちまったぞ!! ウナギ特有の泥臭さなんか1ミリもねえ!! あるのは、濃厚で上品な甘みと、極上の脂のコクだけだ!!」
「ニャあああああああっっ!! タレが……タレが美味しすぎるニャーー!! 甘辛いタレが染み込んだ熱々のご飯と、ふわとろのウナギが混ざり合って、噛むたびに脳みそが痺れるニャ!! 山椒のピリッとした柑橘みたいな辛味が後味をキュッと引き締めて、いくらでも胃袋に吸い込まれていくニャ〜〜〜!!」
二人は無我夢中で重箱を抱え、掻き込むように箸を動かしていく。
シェリルも一口頬張った瞬間、箸を止めて目を見開き、両手を頬に当てて蕩けるような吐息を漏らした。
「んんっ……! あぁぁ……っ、なんて上品で気高い脂なのかしら……!」
シェリルの瞳がトロンと潤み、至福の笑みがこぼれる。
「源泉のミネラルを喰んで育ったウナギの身は、まるで最高級の白身魚のように澄み切っていて、コラーゲンが舌の上で甘いゼリーのように溶けていきますわ……! そしてジャンの作ったこのタレ……! ウナギの骨の旨味と果糖の甘みがご飯の一粒一粒を完璧にコーティングして、一口ごとに生きる歓喜が全身を駆け巡りますわ!」
そして――。
宮廷料理長ジャン・マルセルは、自らが調合したタレで焼き上げられた鰻重を一口口に入れた瞬間、大粒の涙をボロボロと重箱の中にこぼし落としていた。
「美味い……! こんな……こんな美味いものが、この世にあっていいのか……!」
ジャンは震える右手で箸を握りしめ、嗚咽しながらウナギとご飯を口へと運んだ。
火傷の後遺症で失いかけていた料理人の誇り。
それが今、バルツの教えと自らの手によって、世界で最も美味い一皿となって結実したのだ。
隣でルキウスもまた、監査官としての冷酷な仮面を完全にかなぐり捨て、無言のまま狂ったように重箱の隅についたご飯粒一つ残さず平らげていた。
巨大な重箱は、瞬く間に全員の胃袋へと吸い込まれ、綺麗に空っぽになった。
熱湯源泉鰻の圧倒的な滋養とオレイン酸、そしてビタミンが、一行の全身に灼熱の過酷な環境を物ともしない無敵の活力を満たしていた。
だが――至福の余韻が漂う中、空になった重箱を静かに置いたジャンが、意を決したように立ち上がった。
宮廷の権威を完全に捨て去り、真の料理の真理を目の当たりにした男の瞳には、一世一代の覚悟の光が宿っていたのである!
王都筆頭料理長の魂が、今まさに歴史的な決断を下そうとしていた!




